【自作ショートショート No.29】『幸せテレビ』

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テレビ局に勤めるアス氏が、しばらくぶりの休日に街をぶらぶらしていた時のこと。

道行く人々の顔が揃いも揃って元気のないことに気づいた。

誰もがみんな疲れた顔で下を向いて歩いているのだ。

大人も子供もおじいさんもおばあさんも。

元気なのは赤ちゃんくらいじゃないかとアス氏は思った。

「そうだよなぁ、ずっと不景気が続いているし失業率は増えてるし、物価は高くなる一方だし」

実際、ここ数年は明るい話題などほとんどなく、事件や事故などの暗いニュースばかり。

アス氏は自身が勤める局の番組をいくつか思い浮かべ、しかめっ面になった。

そのままアス氏はしばらく考え込んでいたかと思うと、不意に顔を上げ「よし!」と声を上げた。

「よし、決めたぞ!俺が世の中を明るくする番組を作ってやるんだ!」

こうしてアス氏は、人々に元気を与えられる番組を作ることを決意したのである。

それからというものアス氏は、周囲の人から見たい番組をリサーチしたり、世界各地を旅していろんな人々にインタビューしたりして、とにかく面白く、そして元気になる番組を作るために奮闘した。

どうやったらみんなに元気を与えられるのか、どんな時にみんなは笑顔になるのか、何を見たら面白いと感じるのかなどなど、毎日朝から晩までそのことだけを考え続けた。

そしてついに目指していた番組は完成した。

苦節5年、その間にアス氏のふさふさだった髪はずいぶん薄くなってしまったが、とにかく誰もが面白いと思える番組はできあがったのである。

その番組は初回の放送から大反響だった。

番組を見ていた誰もが笑顔になり、翌日にはその話題でみんなが盛り上がった。

アス氏は想像以上の反響に、頑張った甲斐があったと胸をなでおろした。

おまけにあまりの人気っぷりに、翌週には週に一度だった放送が3日に一度になり、さらに翌週には2日に一度になった。

そして1か月後には毎日放送されるようになったのである。

この頃には全国民が番組を見るようになっていた。

こうなってくると放送時間は2時間じゃ足りない。

多くの国民がもっと時間を増やせと言い始めたのもあって、3か月後には24時間ぶっ通しで放送されるようになった。

アス氏は番組の成功で日々大忙し。

何しろ24時間分の番組を毎日作り続けなくてはいけないからである。

それこそ食事をする暇も寝る暇もないくらいだった。

ただそれでも人々が元気になって笑顔を取り戻していくのを見ていると、作って良かったと思うのであった。

そんな成功に気を良くしたアス氏は、さらに番組作りに精を出すようになった。

その合間、休憩がてらテレビ局から外へ散歩に出かけた時のこと。

道行く人々の笑顔を見たいというのもあって、人の多そうな場所に足を運んでみたのだが、そこは閑散としていた。

というより人っ子一人いないではないか。

アス氏はさらにその辺りを散策してみたが、見事に誰もいない、誰にも出会わない。

それどころかえらく静かだった。

なんとなく胸騒ぎを感じたアス氏は辺りを見渡してみて、すべての店がシャッターを閉めていることに気づいた。

何の気なしにアス氏が閉まったシャッターの一つに近づいてみると、中からは自分が作った番組の音声と共に大きな笑い声が聞こえてくる。

「そうか。みんな俺の作った番組を見ているのか。それにしても……」

アス氏の胸にふと不安がよぎった。が、その不安をかき消すようにアス氏は頭を振るとテレビ局へと戻った。

ところがアス氏の不安は現実のものになってしまった。

番組が24時間放送されるようになって以来、人々はみんな家から一歩も出なくなってしまったのである。

子供たちは学校に行かず、大人たちは会社を休み、そもそも教師も社長もみんな家から出ないのだから登校、出社したところでどうしようもない。

そんなわけであっという間に社会は機能しなくなってしまった。

アス氏が作った番組のせいで社会が破綻してしまったのである。

それでも人々はみんなアス氏の作った番組を見て、幸せそうな顔で笑っている。

「こんなはずじゃなかったのになぁ」

とアス氏はすっかり髪の薄くなってしまった頭をぽりぽりとかいた。

かつての賑わいがなくなった繁華街は、今やゴーストタウンだ。

その静まり返った街の中心にぽつんと立ったアス氏は、ふぅーと大きくため息をつく。

「どうしてこんなことになってしまったんだろうなぁ。俺が望んだのはこんなんじゃなかったはずなんだけど……」

そう呟いて腕時計を確認した。

「おっとこんなことしてる場合じゃない。番組を作らないと」

アス氏は急いでテレビ局へ戻った。

そして無人のテレビ局内を急ぎ足で制作室へと向かう。

もはやアス氏以外に働いている者はいない。

それでもアス氏にはひたすら番組を作り続けるしかないのであった。

人々にはもう、この番組以外何も残されていないのだから。

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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