【自作ショートショート No.19】 『始まりと終わり』

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いくつもの惑星が浮かぶ銀河、その暗黒の中を一隻の宇宙船が航行している。

その周りには無数の小さな隕石が行き交っていたが、自動航行システムのおかげで航行には何の危険もなかった。

宇宙船を操縦するのは二体の宇宙人。この二体に性別はないが、ここは便宜上彼らと呼ぶことにする。

彼らはぬらりと銀色に光る身体と能面のように無表情な顔を持っている。それを顔と呼ぶのならばだが。

そのピクリとも動かない表情からは察することは困難だが、彼らはずいぶんとリラックスしている様子だった。

操縦を自動航行システムに任せ、会話を楽しんでいる。

「ふわぁーあ、それにしても退屈だなぁー」

その内、一体がいかにも気の抜けた声を上げる。

「おいおい、今パトロール中だぞ。気を抜くなよ」

もう一体がそう返事をする。声の感じからすると、こちらは真面目な性格のようだ。

彼らは銀河パトロール隊として、宇宙空間の安全を守る職務についている。

「どうせ何も起こるわけないさ。他の惑星の奴らもみんな友好的な種族ばかりだしな」

「うむ、まあ確かにな。よーし、じゃあ少しだけ休憩にするか」

「そう来なくっちゃな」

彼らは会話を終え、休憩を取ることにした。おもむろに立ち上がり、操縦席を離れた。

しばらくはそれぞれに休憩を取っていた。

狭い船内をうろうろしたり、横になったり。

と、その時、どーんという大きな音とともに船体に衝撃が走った。

何事かと慌ててモニターを確認する。そのモニターには別の宇宙船が二体の乗る船体の横にぶつかる様子が映し出されていた。

ただちに彼らは破損個所のチェックを開始する。

すると自動航行システムに小さなエラーがあることが分かった。

一瞬は慌てた彼らだったが、やがて多少の傷はあるものの、船体自体は無事だと分かり、ホッと安堵する。

自動航行システムのエラーもたいしたものではなく、真面目そうな一体が一瞬でその修理を終えた。

さて、こうなってくると、気になるのは先ほどぶつかってきた宇宙船の存在だ。

今一度、モニターを確認してみると、ちょうど相手の宇宙船から二つの影が船外に放り出される様子が映し出された。

「おい、あの二体、全然動かないぞ。まさか生命活動が停止してるんじゃないだろうな

「まさか、あんなことくらいで生命活動が停止するやわな種族がいるもんか」

「そうだよな。となると、睡眠中か、それとも冬眠中か……」

「いずれにしてもパトロール中に他の種族と事故を起こしたなんてことになったら、一大事だぞ。とにかくどの惑星の奴らか確かめよう」

そうして彼らは船外へと出たのである。

彼らは宇宙人だからして、むろん宇宙服などなくても宇宙空間で生存できる。

しかし、パトロール中に油断して宇宙船を壊してしまったとなると、上司からどんな小言を食らうか分かったもんじゃない。

いつの時代も、いや、どの惑星でも上司は口うるさく、下っ端が辛いのは同じなのだ。

彼らは宇宙空間を泳ぎ、ゆっくりと二つの影に近づいていく。彼らの目に映る影が徐々に大きくなっていく。

やがてその物体にたどり着いた彼らだったが、ビクリと身体をこわばらせたかと思うと、同時に悲鳴を上げた。

そしてせっかくたどり着いたにもかかわらず何もせず、宇宙船に引き返していく。

その慌てふためきようは無表情な能面のような顔からも十分に伝わってくる。

——そして彼らはこの時この瞬間起こった事故を、上司に報告しないことに決めたのである。

未だ宇宙空間を漂っている正体の分からない種族のことも見て見ぬふりをすることにした。

「何だったんだよ、あいつらは。あんな気持ち悪い種族見たこともないぞ」

「だよな。胴体らしきものから四本の長い棒が伸びていて、皮膚の色も我々とは違う。あんな不気味な種族がいたなんて聞いたこともないな」

「ああ、本当だよ。はあー、思い出してもおぞましい。お前、よく冷静でいられるな」

「俺だって内心、穏やかじゃないさ」

「で、どうするんだよ。生命活動も停止してたようだし……」

「俺らが油断してたせいで、他種族を死なせたなんてことになったら大問題だ」

「そうだよな。俺たちだってやばいぞ。ど、どうすんだ?」

「とにかくすぐにこの空間を離れよう」

「あ、ああ、そうだな。さっきの奴らは見なかったことにしよう」

こうして彼らが乗った宇宙船は瞬く間に暗黒の中へと消えていく。

数秒か、数時間か、数千年か、それとも数億年が経った頃、宇宙空間に漂う二体の何か、その近くに破損した宇宙船。誰にも注目されることなく、暗黒の宇宙空間に浮かぶその宇宙船には——

『アダムとイブ、神の手によってここに誕生する。行き先は青い星』とその船体に書かれていた。

ビックバンによって宇宙が出来てから百数十億年後、本来ならそろそろ人類が誕生しても良い頃だが、青い星は未だ静かなまま。

銀河パトロール隊の彼らは、人類誕生の芽を潰してしまったことをまだ知らない。

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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