シヴォーン・ダウド『ロンドン・アイの謎』- 乗っていた観覧車から消えた少年の謎

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人とは違った物の見方をする「症候群」の少年テッドは、ある日家族や従兄弟のサリムたちと一緒に大型観覧車ロンドン・アイに乗ることになった。

チケットを先に手に入れたサリムが最初に乗り、テッドは姉のカットと一緒に地上から見上げながら待っていた。

しかし30分後に降りてきたカプセルの中に、サリムはいなかった。

彼は確かにカプセルに入ったはずだった。

一周して戻ってくるまでの30分の間に、サリムはどこへ消えてしまったのか。

誘拐かもしれないと大人たちは慌てるが、「症候群」の特性を持つテッドの見解は違っていた。

テッドは独自の発想で仮説を立て、サリムの捜査を始めるが―。

目次

「症候群」ならではの分析と推理

著:シヴォーン・ダウド, 翻訳:越前 敏弥

『ロンドン・アイの謎』は、観覧車の中から忽然と姿を消したサリムの謎を、「症候群」の少年テッドが解き明かすというミステリーです。

ティーンエイジャー向けですが、大人が読んでも胸に迫るものがあり、むしろ大人にこそ読んでもらいたい作品です。

子供がどのような思いや願いを抱えて日々を過ごしているのか、大人は子供とどう向き合うべきなのかが、ひしひしと伝わってくる作品だからです。

物語としては、密室での人間消失という比較的よくあるネタではあるものの、探偵役のテッドの着眼点については非常に斬新です。

たとえば消失の原因ですが、こういうミステリーで一般的にまず思いつくのは、誘拐や家出の可能性ですよね。

でも「症候群」のテッドは、自然発火現象やタイプワープといった突拍子のない考えをどんどん出してきます。

しかも子供じみた冗談や戯言ではなく、とても真剣に。

ちなみに「症候群」ですが、作中では具体的な名称は述べられておらず、おそらくは「アスペルガー症候群」だろうと思われます。

この特性を持つ人は、コミュニケーションは苦手なものの、特定分野における思考力や洞察力がずば抜けて高いことが多いです。

これはテッドにも当てはまっていて、彼は弱冠12歳でありながら気象学に関しては専門家レベル。

テッドはこの頭脳を駆使して、サリムの消失について、科学的・論理的な推理を展開していくのです。

荒唐無稽な推理でありながらも説得力があり、読みながら「本当にそうかも」と思えてくるところが面白い!

最終的にテッドはこの風変りで専門的な物の考え方から、見事に謎を解き明かします。

日本ではマイナスイメージを持たれがちな「症候群」ですが、特性ゆえの成功も世の中には確かにあるのだと『ロンドン・アイの謎』は感じさせてくれるのです。

子供と向き合うことの意味

『ロンドン・アイの謎』には本筋となるミステリー以外に、もうひとつ大きなテーマがあります。

「子供とのコミュニケーションの大切さ」です。

作中ではテッドの周囲の大人たちは、テッドの喋ることをあまり聞いてあげません。

決して無視するわけではなく頭ごなしに否定するわけでもなく、ある程度は聞くのですが、なんとなくそっけないというか、適当にあしらっている感があるのです。

「症候群」のテッドはコミュニケーションが苦手で、人にとっては「別にどうでもいい」と思えるような内容の話を続けがちなので、周りの大人たちはつい「その話はまた今度にしよう」と途中で打ち切ってしまうのですね。

テッドにしてみれば大切な内容だったり重大な発見だったりするのに、きちんと聞いてもらえず、可哀想に彼の心には、寂しさややるせなさ、大人に対する諦めが募っていきます。

『ロンドン・アイの謎』はこのあたりの描写が実に秀逸で、読み手の心をたびたび抉ってきます。

見たこと、知ったこと、考えたことを一生懸命に大人に伝えようとするたびに軽んじられるテッドの姿は、読み手がティーンエイジャーなら共感を覚え、大人なら身につまされるのではないでしょうか。

もしかしたら子供の可能性の芽は、こういった大人の心無い対応の積み重ねによって潰されてしまうのかもしれません。

子供の言葉に、もっと耳を傾けてあげてほしい。

これこそが、『ロンドン・アイの謎』の作者シヴォーン・ダウドさんが、作品を通して社会に発したかったメッセージだと思います。

伝えることの大切さが身に染みる作品

シヴォーン・ダウドさんは、作家になる前は人権活動家として活躍されていたそうです。

特に作家の言論や表現の自由について熱心に活動されており、その信念は『ロンドン・アイの謎』からも伝わってきます。

もしも作家が表現の自由を奪われたら、人の心を打つ名作は生まれにくいと思いますし、実際にそれによって封印された作品も、おそらくは多く存在しているのでしょう。

テッドも同様で、彼の頭の中には言いたくても聞いてもらえなかった意見や発見がたくさんあったはずです。

そしてその中には、消えたサリムの謎を解き明かしたのと同じように、人々の役に立つ画期的なアイデアもあったかもしれません。

そう考えると、ますます「表現すること、誰かに伝えること」が、いかに大事なことであるかがわかる気がしますね。

このように『ロンドン・アイの謎』は、とてもメッセージ性のある作品です。

とはいえ基本的にはヤングアダルト文学であり、決してシリアス一辺倒ではなく、語り口も明るく軽快。

またテッドの姉カットは活発な行動派で、臆さずにスパスパと状況を切り拓いていく彼女によって、物語のテンポも非常に良いものとなっています。

テッドの独特の推理も相まって、ワクワクしながら一気に読める作品です。

ぜひ楽しんで読みつつ、作者からの熱いメッセージを受け取ってください。

著:シヴォーン・ダウド, 翻訳:越前 敏弥
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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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