『霊魂の足』- 戦後の時代背景のもとで起きた事件に迫るミステリ短編集

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本作は、昭和21年に起きた事件をもとに、終戦後まもなくの複数の出来事を描いた物語です。

隣客の古いトランクを入れ替える男を尾行して、行動の動機を探る謎解き物語『怪奇を抱く壁』や、読者のミスリードへと繋げる巧妙なトリックが仕掛けられた『緑亭の首吊男』。

そして、暗闇の中で被害者を射殺した犯人の行方に迫るミステリー『霊魂の足』も、同じ年に起きた出来事です。

終戦直後の貧しく混乱した地域を舞台にしており、戦争の悲惨さに遭遇したことで運命が変転してしまった人々を取り巻く数々の難題。

事件に巻き込まれた人々の人生は、今後どのように進展していくのか。

そして、1年間という短い期間で度々巻き起こる事件は、どのような結末を迎えていくのだろうか……..。

戦後の仄暗い時代を生きる人々の苦悩や人間臭さを描く、ミステリー短編集!

目次

時系列を追って描かれる7つの短編ミステリー

本書には「緑亭の首吊男」「怪奇を抱く壁」「霊魂の足」「Yの悲劇」「髭を描く鬼」「黄髪の女」「五人の子供」の全7種の短編ストーリーが収録されています。

いずれの章にも戦後直後の人々の間に巻き起こる数々の事件が登場しますが、章が進んでいくにつれて時代も進んでいく構成になっています。

それぞれの物語は別々のお話になっているためどの章からでも楽しめること間違いなしですが、時系列を追って時代の変化や空気感をじっくりと味わいたい方は最初から読み進めていくことをおすすめします。

また、各章には当時の舞台背景ならではの巧妙なトリックや謎解き描写がふんだんに盛り込まれており、読者の推理力を存分に発揮できる作品に仕上がっている点も本作の見所の1つです。

1章あたり100ページにも満たないコンパクトな短編集でありながら、読者が予想した結末の斜め上を行く展開が盛り沢山なので、お気に入りのストーリーが見つかる可能性は高いといえるでしょう。

こうした理由から長い文章を読み進めていくのが苦手な方だけでなく、短編集でも重厚なストーリーを楽しみたいという方にもぜひおすすめしたい1冊です。

人情味あふれた存在感のある登場人物

全7話の物語が収録された本作には、警視庁捜査一課長・加賀美敬介が探偵役となって登場します。

加賀美は警視庁捜査官としての任務を果たすべく事件の真相に迫っていきますが、酌量の余地のある犯罪は見逃すなど、人情味あふれる意外な一面も持ち合わせています。

一般的な事件モノ小説では犯人の手掛かりを探り出し、軽快に事件を解決していくシーンに焦点が当てられることが多いように感じますが、本作ではこうした登場人物の魅力や人間臭さにもしっかりと目を向けているのも興味深い点といえます。

読者自身が推理を存分に働かせて事件の真相に迫っていく臨場感を味わえるだけでなく、登場人物の細かな感情変化にも触れられるため、1人1人の人間性に感情移入してしまうことでしょう。

また、物語の舞台は戦後直後の時代設定で、本作が初めて刊行されたのも同じ時代であることから「現代の小説に慣れている方にとっては読みにくいのでは?」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、探偵・加賀美を主軸とする個性的な登場人物達の存在もあってか、不思議と物語の世界観に入り込んでいけます。

そのうえ現代人にとっても馴染みやすい文章で綴られているため、空いた時間にサクッと楽しみたい方にとってはピッタリの1冊といえるでしょう。

短編集でありながら、本格的な推理要素を楽しめる名作

著者の角田さんは1906年に神奈川県の横須賀市で生まれ、現在の千葉大学工学部の印刷科を卒業後、海軍関連の業務からキャリアをスタートしました。

この頃からすでに小説の執筆活動を並行して進めていたそうですが、1939年に本職を退職した後に、専業の作家として本格的に活動を始めることになります。

作家になってからは数々の作品を以って、探偵小説募集入選、大衆文芸懸賞入選、直木三十五賞候補などの偉業な功績を修め、人気作家として注目を集めました。

そんな探偵小説の名手である角田さんが刊行した本作『霊魂の足』は、戦後間もない時代を舞台背景にした、全7話のミステリー短編集です。

各章では名探偵の加賀美敬介捜査一課長がメインで登場し、数々の難題へと立ち向かっていきます。

複雑な事件に対してキレのある推理を働かせることにより解決へと導いていく過程は、冒頭から読者の臨場感を高めワクワク感を呼び覚まします。

それぞれの物語を手軽に楽しめる短編集といえどその内容はかなり洗練されており、本格推理小説と呼ばれるのも頷けるほどの重厚なストーリーが盛り込まれている点は、本作の魅力といっても良いでしょう。

また、名探偵としての任務を遂行する中でさりげなく描かれる加賀美の人間臭いキャラクターにも注目です。

頭をフル回転させて、物語の結末を推理するのが好きな方はもちろん、魅力的な登場人物達が描く人情ドラマのような世界観に感情移入したい方も楽しめる作品に仕上がっていますので、ぜひ読んでみていただきたいです。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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