平山夢明『俺が公園でペリカンにした話』- 笑えるのに地獄、地獄なのに読める【読書日記】

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四季しおり
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書する人です。
特にミステリー小説が大好きです。

平山夢明という人は、正直ホラーとかバイオレンスとか、そういう棚に雑に押し込むと怒られそうな作家だ。

というか、棚ごと蹴り倒してくる。社会の端っこ、倫理の縁、身体感覚のギリギリ。そこに転がっている見ないことにされがちなものを、真正面から掴んで、こっちの顔に近づけてくるタイプだ。

『俺が公園でペリカンにした話』は、その平山夢明が十二年ぶんの執念を、584ページの塊にして投げてきたやつである。著者が「ナリも中身も武器」と言ったらしいけれど、読んでみるとその意味が分かる。

手に持つだけで重いし、読み始めると文章がわりと容赦なく殴ってくる。なのに、読み終わった後に残るのが悪い気分だけじゃないのが、また厄介で面白い。

一人のミステリ好きとして、こういう本に当たると勝手に構造チェックが始まってしまう。連作の作り、語りの倫理、視点の装置、モチーフの反復。そういうのを追いながら読めるのが、この本の変な強みだ。

犯罪小説っぽい顔もするし、怪談っぽくもなるし、社会派っぽい怒りもある。でも、どれにもきれいに収まらない。収まらないから、読んでいる間ずっと落ち着かない。

落ち着かないのに、ページが進む。気持ち悪い、と笑いながら進む。

目次

物理で殴る本、584ページという反抗

まず言いたいのは、これは分厚いのではなくて、凶器に近いということだ。

584ページのハードカバー。今までもたくさん鈍器本を読んできたけれど、やっぱりハードカバーは重いし大きい。

今どき、情報は軽くて速くて切り分けて食べるものになっている、と勝手に思っている。が、そこに「はいよく噛んで。飲み込むな。咀嚼しろ」みたいな顔で、でかい塊を渡される感じがする。

しかも通常版だけじゃなく、規格外の特別巨大版ボックスまで作っている。ここまで来ると半分ギャグで半分ガチの宣戦布告だ。

平山夢明『俺が公園でペリカンにした話』特設サイトより引用

そして私はこのノリが好きだ!平山夢明の文章は、読解より先に身体に来るからである。

目で意味を追ってるうちに、臭気とか粘度とか、舌の奥に残る変な苦味みたいなものまで一緒に流れ込んでくる。紙の重みと読書体力を要求してくる仕様というのは、実はかなりと作品と相性がいいのではないか。

巨大版に『日々狂々、怪談日和。』の復刊が同梱されてるという話も面白い。平山作品は日常と虚構の境目が薄い。怪談みたいな出来事が日々のニュースみたいに転がっていて、ニュースが怪談みたいに読めてしまう。その地続き感が、『ペリカン』の連作を支える血管になっているのだろう。

「おれ」という羅針盤、まっとうさの逆説

この本の基本形はわりとシンプルだ。ヒッチハイクを続ける「おれ」が、旅先で妙な人間や事件に巻き込まれ、なんとか抜け出し、また次へ行く。二十篇、ほぼこれで押し切る。

普通こんな濃度の地獄エピソードを連発されたら、読む側が麻痺してくると思う。しかし不思議と麻痺しない。理由は「おれ」だ。彼が、すごくいい意味でまっとうなのである。

無一文の風来坊で、社会的な肩書きはゼロに等しい。なのに芯が折れない。暴力も不条理も、生理的に無理なものも出てくるのに、「おれ」は自分の足場を失わない。金にも権力にも媚びないし、弱い者いじめが嫌いだし、目の前の相手を雑に扱わない。断罪もしないけど迎合もしない。この距離感が絶妙で、こっちもギリギリ正気で読める。

ここが逆説的で面白いところで、作品世界は善悪が溶けた混沌なのに、「おれ」だけは大崩れしない。だから私も踏ん張れる。救いが約束されてない場所で、最低限の足場があるというのは、こういう本ではめちゃくちゃ大事だ。

「おれ」は行く先々で、社会の底にいる人たちに出会い続ける。でも彼は、それを処理しない。目を逸らさず受け止め、時に巻き込まれ、また去っていく。

その旅は、出口のない巡礼だ。現代版の「聖なる愚者」っぽい匂いすらする。いや、愚者というより、殴られても踏ん張る人、という方が近いか。

言葉が汚物を彫刻に変える、文体の暴力と笑い

絵:四季しおり

平山夢明の文章は、下品だとか乱暴だとかグロいだとか言われがちだ。分かる。もちろん分かるけれど、それで終わらせたくない。

むしろ私は、あの汚れの語彙の精度の高さに毎回びびる。比喩が跳ねる。造語が暴れる。五感を殴る描写が容赦なく続く。でも雑ではない。ちゃんと設計されている。

汚物や腐敗のメタファーも、ショック狙いで置いてるだけではない。登場人物の空虚さだったり、社会の歪みだったり、尊厳が削られていく感覚を、観念じゃなく身体で分からせるための道具だ。だから嫌悪が生理的に立ち上がって、現実の嫌さも遠い話で済まなくなる。読ませるというより、浴びせてくる。

しかも普通に笑わせにくるのが厄介だ。爆笑系の回、たとえば『わがままはわがままぱぱのんきだね』みたいな、タイトルからして脳が崩れるやつがある。くだらないのに笑ってしまう。でも、その笑いが明るくならない。笑えば笑うほど底が見える。平山夢明のユーモアは、絶望と手を繋いでるタイプだ。

表現規制が強まる時代に、あえて使いにくい言葉や不快な表現を使う姿勢も、私は炎上狙いというより抵抗に見える。整えられた言葉って安心をくれるけれど、安心は麻酔にもなる。

平山夢明は、その麻酔を剥がしに来る。外科手術みたいに、痛み込みで現実に触れさせるのだ。

不条理を飲み込む器と、十二年の地層

特に好きだったのは『円周率と狂帽子』だ。少女まかろにの言動は、一見するとただの異常さに見える。でも読み進めると、その背後に生への渇望みたいなものが浮かぶ。

散々拭き倒したおかげで生地も繊維もべろんべろんのあふんあふんになった、ウェス中のウェスにしかみえない。更に気分の悪いのは、ダッシュボードに掛けている毛皮みたいなものから猛烈な悪臭がするのと、奴の真っ白な太股が丸出しなことだ。睾丸の辺りにしか生地がないようなズボンを穿いていて、厭なところに黒々とした染みができていた。小便して間がないらしい。

「ガン見しても、こいつはやらないぜ。俺はあっちの業界じゃない。あっちの業界じゃないんだ」

『円周率と狂帽子』46ページより引用

「円周率」という無限に続く数字が、割り切れない世界の象徴として効いていて、読み終わったあと胸糞だけじゃないものが残る。あれは平山夢明の残酷な優しさの代表例だと思う。

現代の空気をそのまま突っ込んでくるのは『チンワクとアイロニックラブンずの巻』だろう。パンデミック以降の他者攻撃、正義の名の下で増幅される暴力、魂が摩耗する感じだ。物理より言葉と視線の暴力の方が怖い、という感覚がきれいに物語化されている。

お金と偽善なら『五十億円貯めずに何が人間か? だってさの巻』と『乞食爺と黄金パンツ』などが露骨だ。運と確率が勝者を作り、生命の価値が数字に換算される社会の病理を、下卑た象徴で笑えない形にする。読んでいて腹が立つのに、ページが止まらないのが最悪だ。

そして表題作『俺が公園でペリカンにした話』。ここでのペリカンは、日常と非日常を繋ぐ裂け目みたいな存在だ。どこかユーモラスなのに、嘴の大きさが不気味で、何でも飲み込んでしまいそうな感じがある。

男は沼のほうを向いて──つまりおれのほうに尻を向けるとしゃがみこんだ。尻毛に囲まれた肛門がフジツボのように尖りだしたので、おれはわっと叫んで跳ね起きた。

びびでばびでぶぅみたいな音がして、ねりねりと男は始めた。おれはいろいろ辛くなっていた。

なにかもういろんなことがお腹いっぱいで、もうたくさんだった。

『俺が公園でペリカンにした話』577ページより引用

タイトルの「ペリカンにした」も絶妙で、達成というより立ち会ってしまった側のどうしようもなさが滲んでいる。このどうしようもなさこそ、平山夢明の核だと思う。

主人公「おれ」は老けないし悟らない。ただ移動し続ける。その停滞した時間感覚が、閉塞した社会のメタファーみたいに見えてくるのも地味に怖い。

『小説宝石』で連載中の新シリーズ『あたいが公園でペリカンから聴いたお話』まで含めると、ペリカンは単なるモチーフじゃなく、平山文学の神話装置になりつつあるのかもしれない。語り手が変わっても、地獄の円環は回る。誰かが見て、誰かが聞いて、誰かが飲み込まれる。

結局この本は、気分よくなれる本ではない。役にも立たない。軽くもない。でも私は確かに効いた。社会の底を見せられながら、それでもまっとうさを捨てない「おれ」がいるからだ。

毒を投げつけてくるのに、最後に残るのが「それでも生きろ」みたいな雑な肯定だったりする。平山夢明の悪戯は、たぶん救済に近い。

この分厚い武器を閉じて、また日常に戻る。口の中に嫌な味が残ったまま、それでも歩ける感じがする。

たぶんそれが、この本のいちばんねじれた贈り物なのだと思う。

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四季しおり

あの傑作ミステリを「聴ける」という奇跡!

私も利用しているけれど、「読む」とはまた違った良さがあります。

何より、寝ながら聴いたり、散歩中に聴いたりと便利すぎる。

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