矢樹純『マザー・マーダー』- 全方位に仕掛けられた罠に、あなたは何度も騙される

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ある日、中古住宅に引っ越してきた瑞希は、来月で1歳半になる陽菜の育児で忙しい日々を送っていた。

瑞季が住んでいる地域には高齢者の住人が多かったため、時間帯によっては車通りも少なく、静かな空間を作り出していた。

そんなとき、隣の家に住んでいる梶原美里から「子供の声がうるさい」という注意を受けることになる。

話によると、美里は成人した息子の恭介と一緒に住んでおり、繰り返される陽菜の泣き声に恭介は我慢の限界に達しているらしい。

まだ1歳半の子供ということもあり、泣くこともやむを得ないことを伝えると、突如豹変し感情をぶつけてくる美里。

周辺の住人の協力もあってなんとかことなきを得たが、このトラブル以降、事態はさらに急変していくことになる……。

どんでん返し有り、魅力的なトリック満載の「ホラーミステリー小説」、ここに登場。

目次

全5話の短編構成でありながら、繋がり合う物語

この本は全5章の短編構成になっており、それぞれのストーリーには、様々な人物が登場します。

1話完結型の一般的な短編小説と同様、1話ごとの主人公は異なりますが、「梶原家の美里・恭介」のように、各章に共通して登場する人物が存在するのが本書の特徴です。

それぞれの物語は一見異なるテーマでありながら、読み進めていくにつれて梶原家の過去と真実に少しずつ迫っていく構成になっています。

短編構成になっているストーリーは、各章ごとに繰り広げられる展開や登場人物の人間性などをじっくりと味わい、余韻に浸れるのが醍醐味の1つです。

「マザー・マーダー」ではこうした短編小説特有の魅力にくわえて、ホラーミステリーの描写が豊富に用意されているため、じんわりと手に汗を握る展開を最後まで楽しむことができます。

フラッシュバックのように過去の物語が繋がることで突如生み出される恐怖感を楽しめる方や、ミステリー小説が好きな方にはたまらない1冊です。

じわじわと浸透してくる不気味な怖さが癖になりますが、寝る前に読むと眠れなくなってしまうので注意が必要です。

 歪んだ愛情を持つ母親が繰り広げる、不気味な世界観

この本では、梶原美里が最近引っ越してきた瑞季に対して「子供の声がうるさいから静かにしてほしい」と注意をするところから物語が始まります。

途中から態度を急変させて感情をぶつける美里の姿は読者に相当な恐怖感を与えますが、冒頭を読んだうちは、「美里は、ちょっと感情的で嫌な人」という印象だけで終わってしまうかもしれません。

しかし、梶原美里の息子に対する歪んだ愛情や不気味な過去を知っていくにつれて、まだまだ序の口であることに気付かされることになります。

度々登場する梶原家のどのシーンを切り取っても、自分の子供に対する異常な愛情や執着心が生々しく描写されているため、本作を読めば生暖かい汗がじんわりと滲み出るほどの不気味な世界観を体験することができます。

ホラーといえば心霊現象などの霊的なものを連想する方も多いかと思いますが、「マザー・マーダー」のストーリーで気付かされるのは「生きている人間が一番怖い」ということです。

母親が自分の子供を守ることは、本能的に備わった母性から生まれる自然な行動といえますが、常軌を逸すると狂気的な人物に変貌を遂げ、事件を引き起こすトリガーにもなり得ます。

こうした歪な愛情や母性が生み出す不気味な世界観の中で、どんでん返しなストーリー展開を存分に楽しめるのが、本書の魅力といえるでしょう。

あなたは何度でも騙される。

矢樹さんは、第10回「このミステリーがすごい!」大賞への長編ミステリー作品応募で小説家デビューを果たし、その後、2019年に執筆した短編集『夫の骨』で日本推理作家協会賞短編部門を受賞するなど、数多くの功績を残しています。

また、ミステリー小説を出版する前は漫画原作者としての作品も残しており、ビッグコミックや週刊ヤングマガジンなどで連載をしていた経歴もあります。

作品の形式を問わず、ホラーミステリー要素を絡めた創作経験が実績となり、結果的に多くの読者から注目を集めることになったのでしょう。

そんな実力者が出版した短編小説『マザー・マーダー』は、ミステリー短編集『夫の骨』に続く期待の作品に仕上がっています。

短編小説と聞くと、シンプルでサクッと理解できるストーリーをイメージする方も多いかと思いますが、本作には、二転三転するストーリー展開や謎解きなどのミステリー要素が豊富に含まれています。

そのため、最初のうちから登場人物や物語の背景を整理して読み進めていかなければ、途中で物語についていけなくなってしまう可能性もあります。

「1周目はサラッと読んでみて、2周目以降で登場人物の心情や過去の出来事などの詳細を理解していく」といった形で、何度も読み返しながら物語を楽しむスタイルも良いでしょう。

気軽に読める短編小説の特徴を活かしながらも、不気味な空気感やボリューミーな物語を味わえる本作は、「短時間でもじっくり楽しみたい」という方にはぜひおすすめしたい1冊です。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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