アビール・ムカジー『カルカッタの殺人』- その殺人は政治絡みか、それとも暴動の前触れか

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1919年、大英帝国の統治下にあるインドのカルカッタで、白人の高級官僚が何者かに殺害された。

しかも喉を掻き切られ、片目をえぐられ、手足を折られ、指を切り取られ、さらに口に血まみれのメモを詰め込まれるという凄惨な殺され方だった。

メモにはベンガル語で、「最後通告だ、インドから出て行け!」と記されていた。

この事件を捜査するのは、かつてイギリスで敏腕刑事として活躍していたウィンダム。

第一次世界大戦での負傷と愛債との死別によってふさぎ込んでいたが、このたび上司からの誘いでインドに赴任し、最初に出会った事件がこれだった。

ウインダムは、相棒となったインド人のバネルジー刑事と共に捜査を開始する。

一見、統治するイギリスに対する政治絡みの事件に思えたが、事態はそう簡単ではなく、二人はやがて不可解な事件の数々に遭遇することになり―。

目次

暴動寸前の町で起こった猟奇殺人

『カルカッタの殺人』は、第一次世界大戦後のインドを舞台とした歴史ミステリー長編です。

当時のインドはイギリスの支配下にあり、民衆はかなり不当な扱いを受けて、不満を抱えていました。

たとえば、ケシ(アヘンの原料)の栽培を強制され、それまで民衆の生活を支えていた小麦畑がすっかり減ってしまったこと。

また、怪しいとみなされると令状がないのに逮捕されたり、裁判をせずに投獄されたりすること。

その他にも、不平等な関税や高級レストランへの入店拒否などなど、数々の弾圧や差別にインド人は怒りを募らせていました。

カルカッタの町は、もはやいつ暴動が起こってもおかしくないギリギリの状態であり、そのような中で、イギリスの高級官僚が殺されたのです。

それも、手指を切り取ったり目玉をえぐったりといった、きわめて猟奇的な方法で……。

ということで、この事件は弾圧に対する報復のために起こったように思われるのですが、そうは問屋が卸しません。

これは氷山の一角に過ぎず、その後列車襲撃事件が起こったり、軍の情報部や革命組織が絡んできたりと、スケールがどんどん大きくなるのです。

さらには警察内での昇進争い、インド人同士の権利争いといった私的な問題も絡んできて、物語はみるみる複雑になっていきます。

真相は一体どこにあるのか、人々の不満や国の行く末はどうなるのか。

読者は、植民地時代ならではの不穏で不安定なムードの中で、かつてない謎解きに挑戦することになります。

アヘン中毒の警部とシャイな刑事

歴史的背景に絡んだ事件に面白味がある『カルカッタの殺人』ですが、主人公たちのキャラクター性も見どころです。

ウィンダム警部とバネルジー刑事はそれぞれに個性的で、バックボーンも入り組んでおり、深みのあるドラマを形成しているのです。

まずウィンダムですが、彼は元々はスコットランド・ヤードの敏腕刑事でした。

ところが第一次世界大戦に従軍し、味方が次々に命を落としていく中、なんとか戦い続けたものの、終戦間際になって重傷を負ってしまいます。

体はモルヒネ漬けとなり、しかも愛する妻を病で失って心まで病み、絶望の淵に陥ったウィンダムは、アヘンに手を出し中毒状態に。

そこで祖国を離れ、インドのカルカッタで働くことにしたのです。

しかしカルカッタはカルカッタで鬱屈としており、そんな中でアヘン中毒のウィンダムが、刑事としての正義をどう貫くのか。

また、支配する側であるイギリス人として、目の前で広がる差別に対し、何を思いどう行動するのか。

こういった複雑な立場や心境が、物語をさらに味わい深くしています。

一方バネルジーですが、彼はインド人の中では特権階級と言えるバラモン出身です。

しかも頭が抜群に良く、ケンブリッジ大学を出て、警察の採用試験に上位で合格するという優秀っぷり。

優しくて真面目で正義感もある非の打ち所のない好青年なのですが、なぜか異常にシャイで、女性が大の苦手。

話もまともにできないレベルなので、そのギャップが可愛いのなんの(笑)

でもそんな彼にも深刻な葛藤があります。

祖国インドのために尽くしたいと思いつつも、イギリス人である相棒にとってマイナスとなりかねないため、板挟みになっているのです。

このようにウィンダムにもバネルジーにも抱えるものがあり、彼らの心の機微を追っていくことも、本書の大きな醍醐味です。

数々の賞を受賞した話題の歴史ミステリー

『カルカッタの殺人』の作者アビール・ムカジーさんは、ロンドンで暮らすインド系の移民二世です。

長く会計士として活躍されていましたが、40代に入る直前、自らのルーツを学ぶためにも、イギリス統治時代のインドを舞台とした小説を書こうと思い立ったそうです。

こうして執筆された『カルカッタの殺人』ですが、イギリスの日刊紙デイリー・テレグラフに応募してみたところ、なんと数百という応募作品の中で見事にハーヴィル・セッカー犯罪小説賞を受賞!

その後すぐに書籍として刊行され、さらに英国推理作家協会賞のヒストリカル・ダガー賞を受賞し、エドガー賞最優秀長篇賞にもノミネートされました。

デビュー作でこの評価は、かなりすごいですよね。

実際『カルカッタの殺人』は、ミステリーとしても歴史小説としても面白く、ヒューマンドラマとしても奥が深く、読み応えは抜群!

そもそもインドを舞台としていること自体がミステリーとしては珍しく、異国情緒たっぷりな中での謎解きは、読者の知的好奇心を心地よく刺激してくれます。

またアクションシーンもあって、たとえばウィンダムが一人で革命組織のアジトに乗り込み、バネルジーに救出されるシーンなどはかなり迫力があるので、手に汗握る緊迫感を楽しめますよ。

話題の作品を読みたい方、重厚な歴史ミステリーをお探しの方は、ぜひ!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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