マンションの一室で、女性が手に藍の花を強く握りしめた状態で毒死していた。
そして彼女の恋人も、死を聞かされた後、後を追うように自殺してしまった。
なぜ彼女は、藍の花を持って亡くなっていたのだろうか。
そもそも彼女は自殺したのか、それとも何者かに殺されたのか。
この事件の謎を解くために、刑事の百鬼と烏丸は大学生の現のもとに足を運ぶ。
現のところには、実体のない名探偵(アリス・シュレディンガー)がいるからだ。
彼女の姿は百鬼たちの目には映らず、現にしか見ることができない。
しかし存在は不確かでも、彼女には抜群の推理力があり、百鬼は幾度となく助けられてきた。
今回の事件を、この不実在探偵はどう推理するのか。
空前絶後の水平思考で答えを導く、謎解きミステリー!
名探偵の推理をダイスで探る
『不実在探偵の推理』は、タイトルが表す通り、実在していない探偵アリス・シュレディンガーによる推理を描いたミステリー小説です。
なにしろ実体がないので、普通の人には触れることはもちろん、話をすることも、見ることさえもできません。
そんな幻のような存在の名探偵が、どうやって人に推理を伝えるかというと、鍵となるのは大学生の現(うつつ)。
現だけは、アリスの姿を見ることができるのです。(ちなみにアリスの見た目は、黒髪に白いワンピースの美女だそうです)
ただし姿は見えても声を聞くことまではできないので、現はアリスとの意思の疎通にダイスを使います。
こちらから質問をし、それに対して出されたダイスの目で、彼女の返答を確認するという形です。
ダイスの目が1なら「ハイ」、2なら「イイエ」、3なら「ワカラナイ」という具合で、ダイスの目を見れば、彼女がどう考えたのかを汲み取ることができるのです。
そしてそれをもとに推理することで、事件の謎を解き明かしていくわけですね。
知的ゲームや水平思考クイズとして知られる「ウミガメのスープ」に似ていますね。
もちろん、アリスに質問すれば何でも答えてもらえるわけではありません。
アリスだって知らないことに関しては答えようがないので、現たちは彼女に必要な情報を渡しつつ、事件解決に直結するような的を得た質問をしなければなりません。
つまり質問する側もすご~く頭を使うわけです。
この駆け引きめいたやり取りが、『不実在探偵の推理』の最大の見どころ!
絶妙な質問と回答とをつなぎ合わせ、事件の核心へとどんどん近づいていく過程は、パズルを完成させていく感覚に似ていて気持ちがいいです。
不可解すぎる二つの事件
『不実在探偵の推理』では主に二つの事件が描かれているのですが、これがまたどちらも面白くて、ミステリー好きなら興味津々になること間違いなし!
ひとつは、藍の花を手に握ったまま部屋で亡くなった女性の事件で、「なぜ藍の花を?」という疑問がまず浮かびますよね。
それだけでなく、台所になぜかメスシリンダーやビーカーなどの実験器具があり、テーブルにはカプセル剤がありました。
カプセルの中身はアコニチンで、これはかの有名なトリカブトの根から精製される猛毒です。
しかもトリカブトは花屋でも購入可能だそうで、道具さえあれば素人でもアコニチンを精製できるのだとか。
だとすると、亡くなった女性は自ら猛毒を作り、自分に使ったということでしょうか?
あるいは別の人に使うために作ったけれど、何かの間違いで自分に……?
いずれにしても、藍の花を握って死ぬ理由にはなりません。
このように、状況の不可思議さゆえに、読者としては色々なパターンを想像せずいはいられない事件なのです。
もうひとつの事件は、ある宗教団体の施設にある巨大な眼球のオブジェから、大量の血が流れ出ているという、ちょっとグロ寄りの事件。
宗教団体絡みということで何やら胡散臭いですし、大きな目玉のオブジェとか血液ダラダラとか、派手でインパクトありまくりなので、やはり想像を掻き立てられます。
人知を超えたオカルト的な現象なのか、それに見せかけた教団側の演出なのか、はたまた信者や金銭などのトラブルから起こった事件なのか、これまた色々なパターンがありそうですよね。
そのため百鬼たち刑事コンビは、調査で情報収集をしては、予想したパターンをアリスにあれこれ投げかけていきます。
ほとんどの場合はアリスにクールに否定されるので、そのやり取りもいちいち面白いです(笑)
さて、これらの事件にはどのような真相が隠されているのか。
終盤には、想像の遥か斜め上を行く驚きの展開が待っています!
◎姿も声もないけど存在感が抜群!
実体のない探偵にダイスでお伺いを立てながら推理を構築していくという、斬新なミステリーでした。
古今東西のどのミステリー小説にもなかった謎解き方法なので、それだけでもワクワクドキドキと楽しめます。
しかもこの物語、キャラクターもとても魅力的なのです。
現や刑事コンビもイキイキしていて、会話が掛け合い漫才みたいでズッコケもあって面白いのですが、やはり特筆すべきはアリス!
実体がない上、声もないので、影が薄そうなイメージですが、そんなことは全くありません。
姿が見えなくても喋れなくても、頭の回転がズバ抜けて速いところや、やけにドライで手厳しいところが、行間からしっかりと伝わってきます。
仕草にどこか茶目っ気があり、おもしろ可愛いところもポイント。
不実在なのに、物語の中や読者の心の中での存在が大きく、愛着を持たずにいられないキャラクターなのです。
嬉しいことに、ラストの現のセリフから、おそらく続編が出ると思われます。
アリスたちの活躍がこの一冊で終わってしまうのはあまりにも惜しいので(そのくらい、設定も物語も人物も、魅力的!)、作者の井上悠宇先生にはぜひ執筆を頑張ってほしいです。
興味を持たれた方はぜひ読んで、現たちと一緒に水平思考を楽しんでください!