精神科医の象山晴太は、女優の妻や愛娘二人と一緒に、幸せな日々を過ごしていた。
何不自由ない充実した暮らしだが、象山は不安に感じていた。
どれほど盤石な幸福でも、小さな亀裂からあっけなく崩れ去ってしまうことを、子供の頃の不幸な体験によって知っていたからだ。
そして不安は的中し、ある薬剤を手に入れたことで、象山の日々は一変する。
現実では絶対にありえないような不可解すぎる殺人事件に巻き込まれ、家族を失ってしまったのだ。
あれだけ幸せだった日々を破滅へと追いやったのは一体誰で、象山はどう対峙していくのか。
鬼才・白井智之氏が生み出した、エグさ全開の多重解決ミステリー!
出版社がネタバレを全面禁止
『エレファントヘッド』は紹介するのが極めて難しい作品です。
なぜならネタバレが許されず、帯にまでわざわざ出版社からの「ストーリーもトリックもロジックもすべてネタバレ厳禁です」という注意書きが記されているくらいなのです。
それほどまでに『エレファントヘッド』は、前情報を何ひとつ頭に入れずに読むべき作品なのですよね。
なので、ここでは『エレファントヘッド』の本筋については一切明かしません。
そうは言っても、読もうかどうしようか迷っている方の背中を何が何でも絶対に押したいくらいオススメの作品なので、序盤の展開だけでもご紹介しておきますね。
ネタバレにならないギリギリのラインを突いていこうと思います。
ページをめくるごとに高まる異常性
物語は、大学病院の精神科での、ちょっとしたミステリーから始まります。
精神科独特のどこか薄暗い不気味な雰囲気が漂う中、医師が若い女性患者に性的なイタズラをしているという疑惑が浮上します。
その件は比較的アッサリと真相がわかるのですが、問題はその直後。
被害者だと思われていた少女の体が突然風船のように膨らみ始め、そのまま膨らんで、膨らんで、膨らんで、巨大な球になりそうなところまで膨らみきって、パンッと弾けるのです。
少女だった全てが弾け跳んで、細かな切れ端となって地面に降り注いできます……。
ここまでが、プロローグ。
この少女は実は主人公・象山の次女で、持病を抱えていながらもバイトに精を出す健気な高校生です。
象山は娘の超常現象的な死にひどくショックを受けるのですが、彼のショックはこの程度では済みません。
彼自身が様々な超常現象に次から次へと見舞われ、まるで迷宮や異次元とでも言うべき歪みに翻弄されることになるのです。
具体的に何が起こるのかは、ネタバレになるのでお話しできないのですが、もうページをめくるごとに、ありえない異常な出来事が起こっていきます。
しかも描写のひとつひとつがグロくて、冒頭の風船少女の爆発なんてまだ可愛らしい方で、目を覆いたくなるようなショッキングな死がわんさか出てきます。
突然心臓を素手で直接つかまれるくらいの衝撃を、読者は何度も味わわされることになるのです。
前代未聞の多重解決に驚愕
『エレファントヘッド』は、グロ展開だけでなく、ミステリーとしての展開もかなり凄まじいです。
緻密なロジックがみちみちに詰まっており、中でも驚異的なのが、多重解決におけるロジック!
多重解決とは、ひとつの事件や謎に対して複数の推理が提示され、それぞれが解として成立していることです。
一言でいうと「答えが複数あるミステリー」ですね。
『エレファントヘッド』は、なんとその多重解決を、古今東西のどのミステリーでもなしえなかった方法で完成させているのです!
多重解決はその性質上、複数の探偵や組織などがそれぞれの目的に合わせて推理をし、答えを出すことが一般的です。
でも『エレファントヘッド』では、その前提からして大胆に覆されています。
解を出すのが一体「どんな人々」なのか、これこそが『エレファントヘッド』最大のテーマと言っても過言ではありません。
きっと多くの読者が、その真実を知った時に絶叫するほど驚愕し、異なる解を持つ「彼ら」がどう決着をつけるのか気になって、ますます没頭して読みふけることになることでしょう。
圧巻の異常性とロジックを味わえる作品
白井さんはグロテスクな世界観や異常性で定評のある作家さんで、デビュー作の『人間の顔は食べづらい』は、横溝正史ミステリ大賞を受賞した時に「横溝賞史上最大の問題作」と言われたほどです。
その後も『東京結合人間』や『おやすみ人面瘡』など、続々と作品を発表していきましたが、いずれもタイトルから禍々しさが滲み出ていますし、実際に内容も顔を背けたくなるくらいにグログロです。
それでいて白井作品は、ロジックが実に細やかで完成度が高いところも特徴です。
どの作品も異常性に溢れているのに、あらゆる伏線がきれいに回収され、最終的には全てのピースが揃い、美しすぎるほど完璧なパズルの絵が完成します。
この異常性×ロジックこそが、白井作品の最大の魅力でしょう。
そして本書『エレファントヘッド』も、その魅力がふんだんに詰め込まれた作品となっています。
とにかく異常な世界観に圧倒されるし、凄まじい論理展開にも圧倒されるし、最後には着地の美しさに圧倒されます。
どのパートも密度が高いので、読むにはかなりの精神力を要しますし、頭の芯が痺れるほど考えに考えさせられます。
でもだからこそ類まれな面白味を感じ、大きな達成感や満足感をもって読み終えることができるのです。
漠然とした紹介しかできず申し訳ないのですが、もし興味を持たれたなら、ぜひぜひ読んでみてください。
2023年のうちに読むべき本として、自信をもっておすすめできる一冊です。