櫻田智也『六色の蛹』- 優しさが胸に沁み入る、昆虫好きの探偵の温かなミステリー

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昆虫を愛し、調査のために全国を旅している青年・魞沢泉。

心優しい彼は、旅の道中で事件に遭遇した時には、傷ついた人の心に寄り添いつつ、持ち前の洞察力で謎を解き明かしてきた。

今回も魞沢は、向かう先々で様々な出来事に巡り会う。

狩猟中のハンターが何者かに射殺された事件。

一年前に花屋でポインセチアを予約したまま現れない客。

工事現場で土器と一緒に発見された謎の白骨。

なぜか1枚だけ失われていた、亡きピアニストの楽譜、etc…。

魞沢は、まるで物言わぬ昆虫と心を通わせるかのように、事件の奥底に潜む真相や思いに優しく触れていく。

その先に見えるのは残酷な現実か、それとも救いある未来か。

全6編を収録した、「魞沢泉シリーズ」第三弾。

目次

心を汲み取りながら謎を解く名探偵

『六色の蛹』は、昆虫好きの青年・魞沢泉が、全国を旅しながら各地で出会った事件を解決していく連作短編集です。

魞沢はとても優しくて穏やかで、おっとりしている分ドジを踏んでしまうこともあるけれど、人にも物事にも誠実に向き合います。

だから起こった事件に対しても、被害状況だけでなく、関係者一人一人の心情を丁寧に汲み取りながらアプローチ。

真相が明かされればそれでよしという考えでは決してなく、事件のきっかけとなった悲しみや寂しさなどの感情も大切に受け止めるのです。

まるで割れて散らばった欠片を拾い集めるように、それぞれの思いを繋げながら事件の全体像を掴み、解決へと導く魞沢の姿は、見ていて胸がジンワリ熱くなってきます。

心優しい名探偵による、心温まるミステリードラマと言えます。

各話のあらすじと見どころ

『白が揺れた』

魞沢が山中で蜂を追っている時、近くで狩猟中のハンターが撃たれます。

被害者はなぜか白いタオルを持っており、鹿の白いお腹と見間違われた可能性があります。

実はこの地では、25年前にも誤射事件が起こっており―。

血生臭い事件なのに、魞沢が関わると心に沁み入る物語になるから不思議。

タイトル通り「白」がキーとなっていて、タオルだけでなく心情にも絡めてあるところが素敵です。

『赤の追憶』

フラワーショップに置かれた季節外れのポインセチアを巡る物語。

一年前、この花を欲しがった女の子がいて、魞沢が真意を探ります。

「赤」をテーマに、母娘の葛藤や思いやりが描かれています。

短いけれどインパクトがあり、ラストは涙をこらえきれなくなるほどの感動作!

『黒いレプリカ』

魞沢が北海道で発掘作業をしていた時、土器と人骨が掘り起こされます。

調べてみると、埋没文化センターの元課長が、過去に土器を盗んで失踪していたらしく―?

この物語も切なく、読んでいて胸が詰まります。

白骨が誰のものなのか、そこにはどんな思いが秘められていたのか。

繊細な魞沢は、わずかな心の揺らぎもキャッチします。

『青い音』

コンサートが始まるまでの空き時間、魞沢はたまたま出会った青年とカフェに行くのですが、そこで不思議な話を聞きます。

青年の亡き父はピアニストだったのですが、遺品の楽譜がなぜか1枚だけ消えたらしいのです。

家族関係をテーマとした、これまた胸を締め付けるような物語。

楽譜に込められていた思いや情景が、悲しくも美しいです。

『黄色い山』

第一話『白が揺れた』の後日譚で、久しぶりに訪れた魞沢と、若いハンターが語り合います。

28年前の誤射事件には、実はもっと深い真相があったらしく…?

今までに出会ってきた一人一人を大切にする魞沢の人となりが伝わってくる物語です。

負の連鎖を断ち切るために本当に必要なことは何なのか、魞沢の嘆きが印象的。

『緑の再会』

第二話『赤の追憶』の後日譚。

3年ぶりにあのフラワーショップを訪れた魞沢は、店主と話をして、涙を流します。

今まで誤解していたことと、真実は別のところにあったことに、気付いたからです。

感動の最終話!

魞沢の「ぼくは関わった人たちみんなを不幸にしている気がする」という悲痛な思いには、読者まで一緒に泣けてきます。

彼の優しさが愛おしくて、胸がいっぱいになる物語ですよ。

優しさで心が洗われるような傑作

これほどまでに主人公が優しく、読者の心を震わせてくれるミステリーが、他にあったでしょうか?

櫻田智也さんの『六色の蛹』は、そう言えるくらい稀有な作品です。

もともと「魞沢泉シリーズ」は、魞沢が事件を解決へと導きながら、関係者の心をも温かく解きほぐしていく物語です。

そのしみじみとした味わいが評価され、第一弾『蝉かえる』は、日本推理作家協会賞と本格ミステリ大賞とをダブル受賞しました。

そして第三弾に当たる本書『六色の蛹』は、それに勝るとも劣らない傑作だと思います。

ストーリーとしての面白味があるのはもちろんですが、何より素晴らしいのは、「心の痛み」をクローズアップしているところ。

どんな事件も、よくよく考えてみたら、起因となっているのは心の痛みですよね。

いくらトリックを暴いたり、犯人を逮捕して裁いたりしても、事件の元となっている傷がそのままでは、本当の解決とは言えないかもしれません。

でも魞沢は、そこに着目して、事件で苦しんだ者はもちろん、事件を起こした側の思いをも汲もうとします。

今作では魞沢のそんな思いやりが一層強く描かれており、だからこそ読者は心を揺さぶられ、大きな感動と納得感とを覚えるのです。

個人的に特に印象的だったのは、魞沢の語る蛹の話。

幼虫は、蛹の時期を経て、それまでとは全く違う姿に生まれ変わりますよね。

それと同じように、「人間も過去の罪や後悔を全て忘れることができたら、この世はもっと生きやすくなるかもしれない」と魞沢は言います。

でも実際には忘れることはできないし、だからこの世は生きづらい。

そしてだからこそ、魞沢のように寄り添ってくれる人がとても貴重だし、愛おしく思わずにいられないのです。

とにかく心が洗われる素敵な物語ですので、ぜひ味わいながら読んでみてください。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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