箕輪尊文『弾丸とヒマワリ』 一枚の国連メダルが、東京と戦地をつなぐ【読書日記】

17歳の女子高校生が、自宅で銃殺される。
右手には、PKO派遣部隊員へ授与される国連名誉メダル。事件直前、彼女の家へピザを届けていたのは、元陸上自衛官の本庄恵梨香だった。
この導入だけでも十分に不穏だ。被害者と自衛隊に何の関係があったのか。なぜメダルを握っていたのか。そして、恵梨香はなぜ事件の直前にそこへいたのか。
第72回江戸川乱歩賞を受賞した箕輪尊文『弾丸とヒマワリ』は、東京で起きた一件の殺人から、かつてアフリカの紛争地域へ派遣された自衛官たちの過去へ踏み込んでいく。
もう一人の中心人物は、元自衛官の野島武だ。PKO任務を経験した彼は、帰国後も現地で起きた出来事に苦しみ、薬物へ依存した末、裏社会の売人まで落ちていた。そんな野島の前に現れるのが、元地下アイドルの南川杏子。彼女は人を殺せる薬を求めていた。
女子高校生の死を追う恵梨香と、犯罪の側へ沈んだ野島。離れた場所を進む二人の物語の背後に横たわるのは、東キアノス共和国でのPKO任務の記憶だ。
箕輪は現在の事件だけを追わせず、帰国してからも消えない戦地の記憶を重ね、過去が人間の人生へどれほど長く食い込むのかまで描き出す。
国連メダル一枚から、戦地の記憶が開いていく
本作でまず惹かれるのは、女子高校生の手に残された国連メダルだ。
自衛隊とも海外任務とも無縁に見える少女が、なぜそんな物を持っていたのか。この一点から恵梨香は事件へ引き戻され、自分が離れたはずの自衛隊時代まで掘り返すことになる。
舞台となる東キアノス共和国は架空の国家だが、現地へ派遣された隊員の生活や任務は細部まで具体的だ。道路整備や復旧支援、装備、部隊内の規律に加え、新人教育で洗濯やアイロンがけを徹底されるような日常にも筆が及ぶ。
銃撃や戦闘だけを並べた軍事サスペンスにはせず、制服を整え、命令を受け、仲間と暮らす生活の積み重ねが先にあるからこそ、現地情勢が崩れたあとの恐怖にも現実味が宿る。
選考でも高く評価されたのが、この生活描写の確かさだった。箕輪自身に自衛隊勤務歴はない。それでも衣食住や訓練、任務上の制約を丁寧に積み上げたことで、戦地で下される判断が机上の議論から離れ、一人の隊員の身体感覚として迫ってくる。資料量の誇示を離れ、人物の選択へ現実の重みを与えるための取材だ。
自衛官たちは人を助けるために現地へ赴く。ところが任務の範囲、武器使用の制約、部隊全体の安全、組織の判断が同時にのしかかり、目の前の命だけを見て動くことは許されない。
正しいと思った行動が別の危険を招き、命令へ従えば後悔を抱える。野島が背負う傷は、そんな選択の積み重ねから始まった。
ここで焦点となるのは、戦地から帰った瞬間に日常へ戻れるはずだとの楽観を疑う視線だ。身体は東京へ帰っても、記憶だけは現地へ置き去りにできない。野島のPTSDや薬物依存には、個人の弱さだけで説明できない痛みがある。
国家や組織が任務を終えたあとも、現場にいた一人ひとりには、その後の人生が続くのだ。
人を守るための力が、人を傷つける
野島が自衛隊へ入った根には、人を助けたいとの願いがあった。
災害や紛争の場で誰かを守る。そのために訓練を受け、武器も扱う。しかし、守る力として与えられた銃は、状況次第で他者の命を奪う道具にもなる。
『弾丸とヒマワリ』が重くなるのは、この矛盾を理念だけで片づけないところだ。武器を使う必要がある現実と、実際に引き金へ指をかけた人間の感情。その間には大きな隔たりが横たわる。
現場では数秒で判断を迫られても、その数秒が何年たっても消えない。野島の転落が示すのは、その時間の長さだ。
さらに厳しいのは、個人の良心と組織の都合が衝突する局面だ。PKO活動には国際的な立場があり、自衛隊には国内の政治判断があり、現地部隊には撤退や任務継続を左右する事情まで重なる。
その中で不都合な出来事が処理されれば、表向きの記録と当事者の記憶は一致しない。公式には存在しない痛みを抱えた人間は、どこへその傷を持っていけばいいのか。
この問題は、東京側の物語にも響く。学校で孤立する少女、夜の街で搾取される女性、薬物に取り込まれる男。戦地と東京は遠く離れているのに、弱い立場の人間が声を上げにくく、周囲の都合によって苦しみを押し込められる点は共通している。
巨大な制度から小さな共同体まで、守るはずの場所が誰かを追い詰める瞬間を、箕輪尊文は複数の人物から描き出す。
弾丸の隣に、なぜヒマワリがあるのか
弾丸は誰かの身体を傷つけ、一度放たれれば元へ戻せない。作中では銃だけでなく、薬物や言葉、集団の無関心まで、人間を壊す力として広がっている。
その隣に置かれるのがヒマワリだ。暴力とは正反対の明るさを持ち、過酷な土地でも太陽へ向かって咲く花。本作では、人を助けたいと思った自衛官たちの原点や、傷ついた者同士が差し出す小さな助けと重なっている。
この小説には、正しさだけで動ける人物がほとんどいない。恵梨香にも野島にも過去があり、杏子も自分なりの理由を抱えて危うい場所へ足を踏み入れた。
誰かを守ろうとした行動が別の人を傷つけることもあれば、罪を抱えた人間が誰かのために動く場面もある。善悪を簡単に分けないため、人物たちの選択は一つひとつが重い。
一方で、物語は社会問題の説明だけに寄りかからない。恵梨香がメダルの由来を追う捜査と、野島が裏社会で杏子と関わる危うい流れが並び、二つがどこで接続するのかが大きな推進力になっている。
女子高校生はなぜ殺されたのか。国連メダルはどこから来たのか。東キアノスで何が起き、それが現在へどう続いているのか。謎を追う勢いを保ったまま、自衛隊、PTSD、薬物、いじめ、搾取へ視野を広げていく。
本書は、応募を始めてから約10年、二度の最終候補を経て乱歩賞へ届いた箕輪尊文のデビュー作だ。その年月は、題材の多さに加え、人物の配置や事件の運びにも染み込んでいる。
異なる場所にいる人物たちを一つの事件へ集めながら、最後まで中心に置かれるのは、人を守りたいと願った者が傷ついたあと、何を支えに再び立とうとするのか。その一点だ。
弾丸は撃たれた瞬間を取り消せない。過去の判断も、失われた命も同じである。
それでも人は、その先の時間まで手放す必要はない。
本作の題名にヒマワリが残されている理由は、暴力に傷ついた人間が、それでも誰かへ向けて差し出せるものを最後まで見失っていないからだ。


