有栖川有栖(ありすがわ ありす)という作家は、現代本格ミステリ界ではもう鉄板の存在だ。
ガチガチの論理派でありながら、読み手をぐいぐい引き込むストーリーテリングもうまいから、昔から根強いファンが多い。
「論理って美しいんだぞ!」って声が聞こえてきそうなくらい、一本筋の通った書きっぷりで、まさに知の迷宮を手作業で組み上げてる感じだ。
中でも、新本格ってムーブメントのど真ん中で、キッチリ作り込んだ構成とパキッと決まるラストをセットで届けてくるスタイルは、本当に見事だと思う。
ここでは、そんな有栖川作品の中でもとくに人気が高く、長年にわたって読み継がれている【国名シリーズ】にスポットを当てて、その魅力をネタバレなしでじっくり掘り下げてみようと思う。
「国名シリーズ」っていう呼び方は、言わずと知れた巨匠エラリー・クイーンのシリーズに敬意を払ったもの。でも有栖川は、そこにとどまらず、自分なりの感性や知的な遊び心をたっぷり注ぎ込んできた。
その結果として生まれた作品群は、ただのオマージュに終わらず、「やっぱり謎解きって面白いよな」と思わせてくれる、現代本格ミステリのキラ星みたいな存在になっている。
この記事では、シリーズならではの世界観やキャラクターの個性、代表作の見どころ、そしてこれから読み始めたい人へのちょっとした手引きまで、まるっと紹介していく予定だ。
知と謎が美しく絡み合うその舞台に、どうぞ気負わず踏み込んでみてほしい。
「国名シリーズ」作品一覧 (刊行順):読む順番
シリーズの全体像をざっくり掴みたい人や、「次にどれを読もうかな」と迷っている人のために、「国名シリーズ」を刊行順にまとめてみた。
それぞれの作品が長編なのか短編集なのか、どんな特徴があるのか、ざっくりひと言ずつ添えてある。
このリストが、ミステリを読むときの道しるべになればうれしい。
No. | タイトル | 刊行年・形式 | 特徴 |
---|---|---|---|
1 | ロシア紅茶の謎 | 1994 短編集 | シリーズ第1作。多彩な本格ミステリ要素満載。 |
2 | スウェーデン館の謎 | 1995 長編 | 雪の山荘クローズドサークル/足跡トリック。 |
3 | ブラジル蝶の謎 | 1996 短編集 | 鮮烈な蝶のイメージ。火村の捜査動機に迫る。 |
4 | 英国庭園の謎 | 1997 短編集 | 暗号解読や言葉遊びが楽しい。倒叙も収録。 |
5 | ペルシャ猫の謎 | 1999 短編集 | 火村とアリスの日常・関係性に焦点。 |
6 | マレー鉄道の謎 | 2002 長編 | 初の海外(マレーシア)舞台。日本推理作家協会賞受賞。 |
7 | スイス時計の謎 | 2003 短編集 | 表題作は論理美が際立つ傑作。 |
8 | モロッコ水晶の謎 | 2005 短編集 | ABC殺人へのオマージュや誘拐など多彩。 |
9 | インド倶楽部の謎 | 2018 長編 | 13年ぶり長編。アガスティアの葉と予言殺人。 |
10 | カナダ金貨の謎 | 2019 作品集 | 倒叙ミステリとアリス視点が交錯。 |
11 | 日本扇の謎 | 2024 長編 | 記憶喪失の青年と扇が鍵。架空クイーン作品へのオマージュ。 |
「国名シリーズ」の揺るぎない魅力
有栖川有栖の「国名シリーズ」が、ずっと多くのミステリ好きから支持され続けてる理由って、実はけっこういろいろある。
でも中でもとびきり目立つのが、あの魅力的な探偵コンビの存在と、本格ミステリのいろんな楽しみがぎゅっと詰まった作品群そのもののクオリティの高さだ。
名探偵コンビ:臨床犯罪学者・火村英生と推理作家・有栖川有栖
このシリーズの真ん中にいるのは、なんといっても二人の魅力的な男たちだ。
性格も立場もまるで違うこのコンビが、それぞれのやり方で事件に向き合っていく過程が、物語にいい感じの深みと色を加えてくれている。
火村英生(ひむら ひでお)の人物像と推理スタイル
探偵役を務めるのは、京都にある英都大学で社会学を教えている臨床犯罪学者、火村英生だ。
普段は准教授として教壇に立ち、まじめに授業をしているのに、ひとたび事件が起これば「フィールドワークだ」と言いながら現場に出向き、しれっと警察の捜査に加わる。そういうスタイルの人間である。
見た目も中身も知的で落ち着いていて、どこか冷たく感じることすらある。でも、ときどき見せる人間らしい優しさや、言葉にしない苦しみがふっと顔を出す瞬間があって、そこがまた火村という人物を面白くしている。
彼の推理はひたすら論理的。奇抜な発想で派手にひっくり返すタイプじゃない。現場に残されたほんの小さな痕跡や、関係者のちょっとした言い回しなんかを見逃さずに拾い集めて、丁寧に積み上げていく。そして最後には、しっかり真相に辿り着く。
その過程には、どこか職人の手仕事みたいな美しさと緊張感がある。まるで織物のように、細かい糸を一本一本織り込んでいくような精緻さだ。
そして火村がたまに言う「この犯罪は美しいか?」っていう一言。あれはただの感想じゃない。犯罪の構造や動機にどれだけ純粋さがあるか、自分なりの美学で測ってるのだ。
そんな彼が、犯罪者に対してときに見せる激しい怒り。その奥には、「自分もかつて人を殺したいと思ったことがある」という、どうしようもない内面の葛藤がくすぶっている。
火村英生は、論理と感情、冷静と激情、善と悪。そのあいだで常に揺れ動いている。簡単に語りきれない複雑さを抱えながら、それでもなお真実に向かって進み続ける探偵なのだ。
語り手・有栖川有栖(ありすがわ ありす)の役割と読者との架け橋
そしてこの物語で語り手を務めるのが、火村の大学時代からの親友であり、推理作家として活動している有栖川有栖――通称アリスだ。
彼は、探偵である火村に寄り添いながら事件を目撃し、そのすべてを記録していく立場にいる。言ってみれば、読者の視点を代わりに担ってくれている存在だ。
アリスはいわば現代のワトソン役。火村の捜査に付き添い、その鮮やかな推理に驚きながら、自分の戸惑いや気づきを率直に言葉にしてくれる。その様子がちょっとおかしかったり、逆に妙に鋭かったりすることで、事件の流れに人間味や温度が加わってくるのだ。
彼の疑問は、読みながらこちらの胸にも自然と浮かぶものであり、彼の混乱やすれ違いは、こっちの勘違いや先入観をそのまま映し出してくる。だからこそ、火村の導き出す答えがより一層シャープに際立つのだ。
アリスは、ただの語り部ではない。火村という天才をそっと照らす柔らかな光であり、このシリーズ全体に豊かさとリズムをもたらす、大事なもうひとりの主役なのである。
二人の絶妙な掛け合いと関係性
火村とアリスの魅力って、単にそれぞれのキャラが立ってるってだけじゃない。
一番大きいのは、二人のあいだに流れている空気感だ。
事件の合間に交わされる軽妙で知的なやりとり、そこに時おり混ざる柔らかなユーモア、そして何よりも、互いを深く理解して信頼し合っている感じ。そういった細かな要素が組み合わさって、このシリーズ全体に確かな温もりと奥行きを与えているのだ。
彼らが学生時代からの旧友って設定も効いている。自然体の距離感というか、気の置けないやりとりが続いていて、読んでいるこっちも、まるで長年の親友同士の会話をこっそり聞いているような心地よさがある。
それから忘れちゃいけないのが、有栖川先生がこの二人をずーっと“34歳”のまま描き続けているという点だ。
現実の時間は流れて、時代背景も少しずつ変わっていく。けど、火村とアリスはいつも変わらぬ年齢で、変わらぬテンションで、変わらぬ関係性のまま、淡々と事件に向き合っていく。その姿に、ちょっとした象徴性というか、変わらないものが持つ安心感がある。
この変わらなさは、ただの演出ってだけじゃない。世の中がざわついていても、あの二人があのテンポで会話している――それだけでなんだかホッとする読者も多いはずだし、また彼らに会いたくなる理由だ。
時代が進んでも、火村とアリスは、いつも“今日の物語”を生きている。
たぶんそこに、読んでいる側の心をすっと軽くしてくれるような、優しい魔法があるのだと思う。
作品紹介
1.『ロシア紅茶の謎』
- 形式:短編集
- 刊行年:1994年
- 収録作品:「動物園の暗号」「屋根裏の散歩者」「赤い稲妻」「ルーンの導き」「ロシア紅茶の謎」「八角形の罠」
あらすじと見どころ
シリーズ第1作目。パーティーの最中、作詞家が飲んだロシア紅茶にのみ毒が混入していたという表題作をはじめ、ダイイング・メッセージ、暗号、密室など、本格ミステリの王道要素が詰まった6編を収録。
火村とアリスのコンビの魅力が初期から確立されており、短編ならではのキレの良い論理展開が楽しめる。
2.『スウェーデン館の謎』
- 形式:長編
- 刊行年:1995年
あらすじと見どころ
雪に閉ざされたログハウス「スウェーデン館」で起こる殺人事件。
雪上に残された不可解な足跡の謎が中心となる、クラシカルなクローズド・サークルもの。美しい自然描写と、その中で繰り広げられる人間ドラマ、そして火村の怜悧な推理が光る。
3.『ブラジル蝶の謎』
- 形式:短編集
- 刊行年:1996年
- 収録作品:「ブラジル蝶の謎」「妄想日記」「彼女か彼か」「鍵」「人喰いの滝」「蝶々がはばたく」
あらすじと見どころ
19年ぶりに離島から戻った男が、天井に無数の蝶の標本が飾られた部屋で殺害される表題作など、鮮烈なイメージの事件が揃う。
火村がなぜ犯罪捜査に身を投じるのか、その一端が垣間見えるエピソードも収録されており、ファン必読の一冊。
4.『英国庭園の謎』
- 形式:短編集
- 刊行年:1997年
- 収録作品:「雨天決行」「竜胆紅一の疑惑」「三つの日付」「完璧な遺書」「ジャバウォッキー」「英国庭園の謎」
あらすじと見どころ
資産家の私邸の英国庭園で行われた宝探しゲームの最中に起こる殺人事件を描いた表題作をはじめ、言葉遊びや暗号解読が楽しい作品が収録されている。倒叙ミステリも含まれており、バラエティに富んだ内容。
5.『ペルシャ猫の謎』
- 形式:短編集
- 刊行年:1999年
- 収録作品:「切り裂きジャックを待ちながら」「わらう月」「暗号を撒く男」「赤い帽子」「悲劇的」「ペルシャ猫の謎」「猫と雨と助教授と」
あらすじと見どころ
ミステリとしての面白さもさることながら、火村とアリスの日常や関係性に焦点が当てられた作品が多く、二人のファンにとっては特に楽しめる一冊。心温まるエピソードも含まれている。
6.『マレー鉄道の謎』
- 形式:長編
- 刊行年:2002年
あらすじと見どころ
シリーズ初の海外、マレーシアが舞台。異国情緒あふれる雰囲気の中、密室殺人をはじめとする難事件に火村とアリスが挑む。
帰国までのタイムリミットという緊迫感も加わり、読み応えのある作品。第56回日本推理作家協会賞受賞作。
7.『スイス時計の謎』
- 形式:短編集
- 刊行年:2003年
- 収録作品:「あるYの悲劇」「女彫刻家の首」「シャイロックな密室」「スイス時計の謎」
あらすじと見どころ
コンサルタント会社の経営者が殺害され、現金ではなく腕時計だけが盗まれたという不可解な表題作は、シリーズ最高傑作との呼び声も高い名品。
緻密な論理展開で犯人を追い詰めていく様は圧巻で、有栖川ミステリの真骨頂を味わえる。
8.『モロッコ水晶の謎』
- 形式:短編集
- 刊行年:2005年
- 収録作品:「助教授の身代金」「ABCキラー」「推理合戦」「モロッコ水晶の謎」
あらすじと見どころ
大学助教授が誘拐される「助教授の身代金」や、アガサ・クリスティの「ABC殺人事件」を彷彿とさせる「ABCキラー」など、バラエティに富んだ4編を収録。火村とアリスの軽妙なやり取りも楽しめる。
9.『インド倶楽部の謎』
- 形式:長編
- 刊行年:2018年
あらすじと見どころ
前作から13年ぶりとなる長編作品。
神戸の異人館街にある屋敷に集った「インド倶楽部」のメンバーたちが、インド古来の「アガスティアの葉」による予言を受け、その後、予言通りかのように殺人事件が発生する。
オカルト的な要素と本格ミステリが融合した意欲作。
10.『カナダ金貨の謎』
- 形式:作品集(中短編集)
- 刊行年:2019年
- 収録作品:「船長が死んだ夜」「エア・キャット」「カナダ金貨の謎」「あるトリックの蹉跌」「トロッコの行方」
あらすじと見どころ
表題作「カナダ金貨の謎」はシリーズ初の倒叙ミステリで、犯人視点とアリス側の視点が交錯し、物語に深みを与えている。
思考実験「トロッコ問題」を下敷きにした作品など、趣向を凝らした5編を収録。
11.『日本扇の謎』
- 形式:長編
- 刊行年:2024年
あらすじと見どころ
舞鶴の海辺で記憶喪失の青年が発見された。彼が唯一持っていた一本の「扇」を手がかりに身元が判明するが、その後、京都市内の彼の実家で密室殺人事件が発生し、青年は再び姿を消す。
動機も犯行方法も不明な難事件に火村とアリスが挑む。実在しないエラリー・クイーンの作品名をタイトルに冠するなど、遊び心も感じられる一作。
作者が語るシリーズのコンセプト 「本格ミステリの演芸場」
有栖川先生自身が「国名シリーズにはコンセプトなんてない」「本格ミステリの幅を見せる場なんです」と語っているように、このシリーズには、あらゆるタイプの本格ミステリが詰め込まれている。
たとえば、手に汗握る密室殺人もあれば、読み解くのが難解すぎる暗号ネタもあるし、鉄壁のアリバイを論理でガンガン崩していくタイプの話もある。犯人視点から描かれる倒叙形式や、日常のちょっとした違和感をめぐる小さな謎なんかもちゃんとある。
どの作品もそれぞれ違う曲を奏でてるみたいな感じで、読むたびに新しい推理のかたちと出会える。だからこそ、新鮮さがずっと続いていて、読み重ねてもまったく飽きがこない。
国名というゆるい共通テーマの下で、物語はじつに自由に展開していく。その自由さこそが、このシリーズのいちばんの魅力かもしれない。「枠にはまらないことこそがスタイル」みたいな、作家としての精神がそこにちゃんと息づいているのだ。
そしてその自由さが、読んでる側にとっては「さて次はどんな謎で攻めてくるんだ?」っていうワクワクにつながっていくわけだ。
シリーズを追いかける楽しみが尽きないのは、きっとそのせいである。
ロジックの妙と多彩な謎解き
このシリーズを通して一貫して流れているのは、「提示された手がかりから論理で真実にたどり着く」という、本格ミステリのど真ん中にある精神だ。
突飛なトリックに頼ったり、天才的なひらめきで強引に突破したりはしない。ちゃんと現場に落ちている事実をひとつずつ拾い上げて、丁寧に読み解いていく。その積み重ねのなかにこそ、知的な興奮と読後の満足感がしっかり詰まっているのだ。
物語の進み方も、まるで精密に組まれたパズルを一片ずつ分解し、またきれいに組み直していくような感触がある。
そこには、論理というものが持つ静かな美しさがあって、読む側はまるで推理という芸術にじっくり向き合っているような気持ちになるわけだ。
読者への挑戦状
エラリー・クイーンへのオマージュとして、「国名シリーズ」の初期作品には「読者への挑戦状」が挿入されていることがある。
これは、作中に出てきた手がかりをもとに、読者が火村と同じタイミングで真相を推理してみてくださいね、というもの。いわば参加型の本格ミステリだからこそ成立する特別な仕掛けだ。
この「挑戦状」は、作者と読者のあいだで交わされる「フェアプレイしますよ」という合図でもある。つまり「ちゃんとヒントは出してます、あとはそっちで考えてみてね」という、公正なルールの下で行われる知的な勝負だ。
たとえば『ロシア紅茶の謎』なんかでは、かなりはっきりした形でこの挑戦状が出てくる。ちょっと遊び心のある演出としても楽しい部分だ。でもシリーズが進むにつれて、その形式は少しずつ変わっていく。挑戦状をあえて明文化しないまま、物語の中に自然とフェアな情報が溶け込んでいくようになっているのだ。
その変化には、有栖川先生自身のミステリ観の成熟がにじんでいる気がする。読者との対話のしかたが、少しずつ洗練されていった結果なのかもしれない。
この「挑戦状」は単なる仕掛けじゃない。本格ミステリというジャンルの中核にある「公正さ」や「一緒に謎を解く楽しさ」を、どれだけ誠実に、どれだけ美しく届けられるか。そういう終わりなき挑戦の証でもあるのだ。
シリーズをこれから楽しむ方へ
「国名シリーズ」に興味を持たれた方へ、いくつかのささやかなアドバイスをお送りしたい。
おすすめの読む順番と各作品の独立性について
このシリーズをじっくり楽しむなら、できれば「刊行順」に読むのがおすすめだ。
というのも、火村とアリスの関係性の微妙な変化とか、シリーズ全体に流れる空気感のグラデーションみたいなものが、刊行順で追っていくとより自然に感じ取れるからだ。
初期の少し硬めな空気から、少しずつ柔らかく、親密さがにじんでくる感じ――そういう育ち方を一緒に味わえるのも、シリーズものの醍醐味だと思う。
とはいえ、各巻の事件は基本的に独立しているので、どこから読んでもしっかり楽しめる。気になる国名があったり、あらすじを読んで「これだ」と思うものがあれば、そこから入ってもまったく問題ない。むしろ、そういう出会い方もアリだ。
ちなみに、火村英生と有栖川アリスが最初に登場する物語は『46番目の密室』。
こちらは「国名シリーズ」ではなく「作家アリスシリーズ」の第1作にあたる。
別シリーズとはいえ、あの二人のはじまりを知っておきたい人にはおすすめだ。
どこから読み始めるかのアドバイス
短編集から気軽に触れたい方へ
『ロシア紅茶の謎』や『ブラジル蝶の謎』は、いろんなタイプの事件が詰め込まれていて、有栖川ミステリの多彩な魅力をざっくり味わうにはぴったりだ。
どれも短編だから、ちょっとした空き時間にも読みやすいし、「とりあえず一編だけ読んでみたい」って人にも向いている。
私がにとくに推したいのは『スイス時計の謎』。とくに表題作がとんでもなく良くて、「ああ、これぞ有栖川有栖!」ってなる一編だ。
じっくりと長編の世界に浸りたい方へ
『スウェーデン館の謎』は、雪に閉ざされた山荘を舞台にした王道のクローズド・サークルもの。孤立した空間でじわじわ迫る緊張感と、火村の推理が光る一作だ。
『マレー鉄道の謎』は、日本推理作家協会賞を受賞していることからもわかるとおり、評価も高く、読み応えはかなりある。旅情ミステリ的な風味もあって、シリーズの中でも少し異色な位置づけになっている。
とはいえ、最終的にどれを選ぶかは、もう直感でOKだ。「これ、気になるな」と思ったタイトルから手に取ってみればいい。
どの扉を開いたとしても、そこには火村英生と有栖川アリスが待っている。
おわりに トリックと論理の極致へ
有栖川有栖の「国名シリーズ」が、これだけ長く、多くの人に愛され続けている理由はシンプルだ。
それは、本格ミステリというジャンルに対する深い情熱と、「読者を楽しませたい」という真っ直ぐな思いが、作品のすみずみにまでしっかり詰まっているからである。
細部まで計算された論理の迷宮、多種多様な謎のバリエーション、そして火村英生と有栖川アリスという最高のコンビ。この三本柱が、時代を超えてシリーズを支え続けてきた。
有栖川先生がこのシリーズを「本格ミステリの幅を見せる場」と呼んでいるのも納得だ。そこにはただの娯楽を超えた、“ジャンルそのものと向き合う意思”みたいなものが感じられる。
密室やアリバイトリックといった王道から、倒叙や日常の謎まで。古典を大切にしつつ、そこに必ず新しい切り口や驚きを持ち込んでくる。まさに挑戦の連続だ。
その筆からは、「本格ミステリは過去の遺産じゃない。今この時代にもまだまだ面白くできるんだ」という強い確信が伝わってくる。
まだ「国名シリーズ」を読んだことがない人も、どうか気負わず、気になる作品の扉を開いてみてほしい。
そこには、知的好奇心をくすぐる謎解きの楽しさと、火村英生と有栖川アリスというかけがえのない二人との出会いが待っている。
本格ミステリの面白さを、今の時代にもちゃんと届けてくれるこのシリーズ。
まずは一冊、気になったところから味わってみてほしい。