アガサ・クリスティおすすめ名作20選 -まずこれを読めば間違いなし

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「ミステリーの女王」ことアガサ・クリスティ。

彼女の作品は、何十年、いや百年近くたった今でも、まるで古びない。今も世界中で読まれていて、その人気っぷりはとんでもない。

よく練られた伏線、うならされるトリック、人の心の奥をグッとつかむ描写、そして一度会ったら忘れられない名探偵――エルキュール・ポアロやミス・マープルみたいなキャラクターたち。

それらが組み合わさってるから、どの作品もやっぱり面白い。時代を飛び越えて届いてくる力がある。

とはいえ、クリスティの作品ってめちゃくちゃ数が多い。長編も短編も山ほどあって、どれから読めばいいのか迷う人も多いと思う。

だから今回は、そんな「どれから読もうかな?」という人のために、間違いなくおすすめできる20作品を選んだ。

ミステリーとしての重要さ、トリックの面白さ、登場人物の魅力、読後に残る感触……そういった要素をいろいろ考えて、「これは読んで損なし!」ってやつばかりを集めた。

それぞれの作品のあらすじと、どんなところが面白いのかもざっくり紹介してる。もちろんネタバレはナシ。

クリスティの作品は、ただの推理ゲームじゃない。当時の社会の空気、人と人との関係、文化の匂い――そういうのがちゃんとにじみ出てる。だから読むだけで、その時代のイギリスにひとっ飛び、みたいな楽しみもある。

今回紹介する20作品の中には、ポアロやマープルが活躍するシリーズものもあるし、シリーズに属さない単発の傑作もある。さらには、「これって本当にミステリーなの?」って思うような心理小説も。

とにかく、クリスティという作家がどれだけ幅広く、どれだけ挑戦し続けていたかが、よくわかるラインナップになってる。

というわけで、そろそろ準備はいいかな。

ミステリーの女王が仕掛けた、知的でスリリングな謎の世界へ――さあ、出発だ。

目次

1.『ABC殺人事件』 (The A.B.C. Murders)

名探偵エルキュール・ポアロのもとに、「ABC」と名乗る謎の人物から挑戦状めいた手紙が届いた。

その手紙はアルファベット順の連続殺人を予告するものであった。第一の犠牲者はAで始まる町アンドーヴァーのアリス・アッシャー。現場にはABC鉄道案内が残されていた。

警察は当初、これを悪質ないたずらと一蹴するが、ポアロは犯人の知的な挑戦を感じ取る。予告通り、Bのベクスヒルでベティ・バーナード、Cのチャーストンでカーマイケル・クラーク卿が殺害される。被害者に関連性はなく、犯行は劇場型様相を呈していく。

ポアロは、被害者遺族や関係者を集めた「同志会」を結成し、情報交換を通じて犯人像に迫ろうとする。ABCはなぜポアロに挑戦状を送りつけるのか、そしてアルファベット順殺人の真の目的とは何か。

第四の犯行予告が届き、ポアロの灰色の脳細胞が連続殺人犯の巧妙な罠に挑むのであった。

アルファベットの謎 劇場型犯罪の裏を読め

Aの街で、Aで始まる名前の人物が殺される。現場には「ABC鉄道案内」が丁寧に置かれている。

次にBの街で、Bの人物が犠牲になる――そんな事件が続くって聞いたら、ちょっとやりすぎに思えるかもしれない。でも、これがアガサ・クリスティの仕掛けた本気の舞台だ。

『ABC殺人事件』は、名探偵エルキュール・ポアロが手紙で予告された連続殺人に挑む話だ。ただの犯人探しでは終わらない。これは、明らかに「ポアロに向けた挑戦」として始まっている。警察じゃなくて探偵個人を狙い撃ちにするあたり、犯人の癖の強さがにじみ出ている。

事件は、アルファベットの順に進んでいくというルールがある。でもその整い方が逆に不気味だ。こんなにわかりやすいのに、なぜ誰も止められないのか。ルールがあるように見せかけて、どこかで破綻している気もする。読者の頭もずっとフル回転だ。

犯人が仕掛けた「わかりやすい構図」の裏に、もう一段深い意図が隠れている。派手な演出に気を取られていると、本当に見なきゃいけないところを見落とす。これは、名探偵が最後にその「視点のズレ」を正面から突きつけるための物語なのだ。

それにしても、クリスティはやっぱりうまい。ABC順という奇抜な舞台装置を作りながら、根っこではちゃんとクラシカルなミステリの王道をやっている。動機、人物の配置、タイミング。どれも外していない。しかも、ポアロを引っ張り出すために犯人が仕組んだ劇場型犯罪という構図自体が、トリックの一部になっている。

物語の中盤では、遺族や関係者たちが集まって情報を出し合う「同志会」みたいな場面も出てくる。これがまたいいアクセントになっていて、事件がただの知恵比べで終わらないことをちゃんと伝えてくれるのだ。

結末を知ったとき、あのアルファベット順の意味も、ポアロへの挑戦状の意味も、全部線でつながってくるのだからたまらない。そして最後には、ちゃんと「そういうことだったのか」と言わされる。

『ABC殺人事件』は、型破りなようでいて、じつはミステリのど真ん中を突いている。だからこそ、今読んでも面白い。

事件の鍵は、奇をてらったルールじゃなくて、人の動きや心の中にある。

それをちゃんと見抜いたとき、ポアロと同じ場所に立てた気がするのだ。

著:アガサ・クリスティー, 著:堀内 静子, 翻訳:堀内 静子

2.『アクロイド殺し』 (The Murder of Roger Ackroyd)

キングズ・アボット村の富豪ロジャー・アクロイドが、自宅の書斎で短剣によって刺殺されているのが発見された。事件の語り手は、村の医師ジェームズ・シェパード。

彼は警察の捜査に協力し、その克明な記録を綴ることになる。アクロイド氏は殺害される直前、自身が何者かに脅迫されていたこと、そしてその脅迫者が誰であったかを知る寸前であったという。

容疑者は、アクロイド氏の義理の息子、若く美しい姪、家政婦長、謎めいた訪問客など、アクロイド氏の親族や屋敷の滞在者たちである。彼らはそれぞれが何らかの秘密や金銭問題を抱えているように見えた。

事件は迷宮入りの様相を呈するが、村に隠棲していた風変わりなカボチャ栽培の男が、実は名探偵エルキュール・ポアロであることが判明し、事態は新たな局面を迎える。

ポアロはシェパード医師の手記を読み解きながら、関係者たちの「嘘」を一つ一つ暴いていくのであった。

ミステリー史を揺るがせた衝撃作

「これって反則じゃないの?」

読み終えたあと、思わずそう言いたくなるかもしれない。でも、読み直すと全部ちゃんと書いてある。そう、全部だ。

だからこそ『アクロイド殺し』は、今も推理小説の歴史にそびえ立つ、あまりにも鮮烈な一作として記憶されている。

舞台はイギリスの小さな田舎町。資産家のアクロイドが殺される事件が起き、引退していたポアロが、ひょんなことから調査に乗り出すことになる。今回、ワトソン役を務めるのは、隣人である医師・シェパード。彼の語りで物語は進んでいく。

登場人物は多い。誰もがちょっとした秘密を持ち、誰もがちょっとずつ嘘をついている。愛情、金銭、嫉妬、誤解。動機の種はあちこちに散らばっていて、どれも怪しく見える。でもポアロは、細かく丁寧にその裏をめくっていく。しかも、焦らず急がず、ちょっとお茶でも飲みながら、という余裕のある姿勢で。

この話のすごさは、やっぱりあのトリックに尽きる。あの「やられた感」は、まさにクリスティの罠にハマった瞬間だ。途中までは「よくある本格ミステリ」として読んでいたはずなのに、ラストの数ページで地面がひっくり返る。

でも冷静になって読み返すと、ヒントは最初からちゃんと配置されている。そこがズルくもあり、見事でもある。

語り手という立場、情報の取捨選択、先入観の裏をかく構成。そのすべてが、この物語の仕掛けを支えている。読んでいる間ずっと「正しい情報」を受け取っていたつもりなのに、最後にそれが「正しすぎた」と気づかされる。この構造の巧さが、本作をただのトリック勝負では終わらせていない理由だ。

それにしても、クリスティはルールの使い方がうまい。「ルールを破る」のではなく、「ルールのすき間を突く」スタイル。それでいて、物語の重心はあくまで人間にある。犯人の動機には悲哀もあって、ただの悪人という単純な描き方では終わらない。

『アクロイド殺し』は、名探偵と謎解きの構図を土台からゆさぶってくる物語だ。

しかもそれを、ちゃんと“フェア”の範囲内でやってしまう。

ずるい。でも、すごい。

だから今でも語られ続けている。

だから、忘れられない。

著:アガサ・クリスティー, 著:羽田 詩津子, 翻訳:詩津子, 羽田

3.『オリエント急行の殺人』 (Murder on the Orient Express)

名探偵エルキュール・ポアロは、シリアでの事件を解決後、英国への帰途につくため、イスタンブールからカレー行きの豪華寝台列車オリエント急行に乗り込む。

季節外れの真冬にも関わらず列車は満席であったが、ポアロは旧知の仲である国際寝台車会社の重役ブーク氏の計らいで、辛くも一等寝台のコンパートメントを確保する。

その車内で、ポアロは見るからに悪人面のアメリカ人、サミュエル・ラチェットから、脅迫を受けているため身辺警護をしてほしいと高額な報酬で依頼される。

しかし、ポアロはラチェットの醸し出す邪悪な雰囲気を生理的に嫌悪し、依頼を即座に断る。その夜、列車はユーゴスラビア国内のヴィンコヴツィとブロドの間で、大雪による雪崩のため立ち往生してしまう。

翌朝、ラチェットが自室の寝台で、鍵のかかったコンパートメント内で惨殺死体となって発見される。

検死の結果、刺し傷は12箇所にも及び、深さも凶器もバラバラであった。外部からの犯人の侵入・脱出は雪のため不可能。乗客乗員13人の中に犯人はいるはずだが、全員に完璧なアリバイがあるように思われた。

ポアロはブーク氏に捜査を依頼され、国籍も職業も階級も様々な乗客たちへの聞き取りを開始するが…。

雪に閉ざされた列車の謎 前代未聞の解決と正義の天秤

密室の中で人が死んだ――と聞けば、ミステリ好きならワクワクするものだけど、その密室が「世界一豪華な国際列車」だったら、もう舞台設定だけで心が躍る。『オリエント急行の殺人』は、その理想をそのまま形にしたような一作だ。

トルコ発の長距離列車オリエント急行が、雪のために立ち往生。閉ざされた空間、逃げ場のない状況、そしてその中で起きた殺人。完全におあつらえ向きの「クローズド・サークル」が出来上がる。

しかも、乗客たちは全員がどこか怪しい。アリバイはあるようで、証言は微妙に噛み合わない。なのに、それが意図的なのか偶然なのか、ポアロでさえ一瞬迷うレベルの緻密さで仕組まれている。

殺されたのはラチェットというアメリカ人の実業家だ。しかし調べていくと、彼の過去には「アームストロング家事件」という忌まわしい出来事があったことがわかる。この過去が現在の殺人とつながり、舞台は完全に“謎解き”だけでは終わらない方向へ向かっていく。

ポアロは、全員に話を聞き、証言を照らし合わせ、表情の揺れや言葉のひっかかりを拾っていく。冷静沈着で、やや理屈っぽいそのスタイルは健在。だが、今回ばかりは感情の入り混じる複雑な事件だ。

登場人物たちは出身も立場もバラバラ。けれど、どうにも隠しきれない何かを背負っていて、それが見え隠れするやり取りがたまらない。

そしてクライマックス、ポアロが提示する「二つの解決」。これがまさに、この作品のすべてを象徴している。法に基づく冷静な結論と、心に寄り添ったもう一つの決断。どちらも正しいように思えるし、どちらも完璧じゃない。だけど、どちらも理解できてしまう。

ここで問われているのは、「誰が犯人か」ではなく、「裁くということを、誰が決めていいのか」だ。

ラチェットの過去は、現実のリンドバーグ事件を下敷きにしているとも言われていて、そこからは単なる作り話では済まされない重さが伝わってくる。パズル的なトリックの精巧さも文句なしだが、その裏側にある苦しみや怒り、そして迷いが、とても濃い。

事件そのものの派手さよりも、登場人物たちが抱える感情の交差点として、この列車は機能している。だからこそ、最後にポアロがどんな答えを出すのかが、普通の犯人当て以上の意味を持ってくる。

完全な正解はない。けれど、誰かが決断しなければならない。

『オリエント急行の殺人』は、その決断がどれほど重いものかを、見事な形で描いている。

そして一度その重さを知ってしまえば、もうただのミステリには戻れなくなる。

著:アガサ・クリスティー, 著:山本 やよい, 翻訳:山本 やよい

4.『そして誰もいなくなった』 (And Then There Were None)

イギリス南西部のデヴォン州沖に浮かぶ孤島「兵隊島」。

ここに、互いに面識のない職業も年齢も様々な男女8人の招待客と、召使いの夫婦、合わせて10人が、U・N・オーエン(Unknown=未知の人物をもじった名前)と名乗る謎の人物から招待される。しかし、島の主であるオーエン夫妻の姿はなく、召使いのロジャーズ夫妻が出迎えるのみであった。

到着した日の夕食後、どこからか響いてきた謎の声によって、招待客一人一人の過去に犯したとされる、法では裁かれなかった殺人などの罪状が暴露される。

そしてその直後から、部屋の暖炉の上に飾られていた10体の兵隊の人形と、壁にかけられた不気味な童謡「十人の小さな兵隊さん」の歌詞通りに、招待客が一人、また一人と奇怪な死を遂げていく。

嵐によって島は本土と完全に連絡を絶たれ、外部からの侵入も脱出も不可能。残された者たちは疑心暗鬼に陥り、犯人は自分たちの中にいると確信するが、一人ずつ確実に命を落としていく。

果たして、この陰惨な連続殺人の犯人は誰なのか、そしてその真の目的とは。

孤島の童謡殺人 サスペンスと絶望の極致

人間が10人、孤島に集められた。理由は謎の人物からの招待。だけど始まったのはパーティじゃない。童謡になぞらえて、全員を順番に殺していく、地獄のゲームだった。

アガサ・クリスティの代表作であり、ミステリー界の王様みたいな存在、それがこの『そして誰もいなくなった』だ。

舞台は孤島。しかも、10人の招待客には共通点がない。名前も職業もバラバラ。なのに、なぜか全員がそこに集められる。そして童謡の歌詞通りに、一人、また一人と命を落としていく。謎の主催者は姿を見せない。脱出はできない。警察も来ない。なのに犯人はどこかにいる。

この設定だけで、神ミステリ決定だ。

クリスティが書いた数々の作品の中でも、とびきり異様で、やたらと完成度が高い。とくに「クローズド・サークル」の極限っぷりは、ほかのどんなミステリーにもない緊張感を生んでいる。

この物語には、名探偵ポアロもミス・マープルも出てこない。だからこそスリルが倍増するわけだ。登場人物たちは、自分たちで解決しなければならない。けれど、全員に疑わしい過去がある。そして、自分が生き延びるためには、他人を疑うしかない。

そうして信頼がボロボロに崩れていくさまが、やたらリアルで怖い。童謡に合わせて兵隊の人形が減っていく演出も、地味に効いてくる。じっと見てるだけで変な汗が出る。

ラストまで犯人の姿が見えないという構造は、革命的といっていい。これは犯人探しだけじゃない。「誰が助かるのか?」という生存ゲームになってる。しかも犯人の動機がまたやっかいで、「世間の法じゃ裁かれなかった奴らを、自分が裁く」って話だ。この歪んだ正義感がすごく気味が悪い。でも、少しだけ納得させられてしまうところが、さらに怖い。

戦争の後で、正義や秩序がグラついていた時代背景も、この物語にはにじんでいる。法が万能じゃないとき、人は何を信じて罰を下すのか。

ラストに明かされる真相は、きれいに理詰めで構成されているけれど、それ以上に感情を揺さぶってくる。きっちり終わるのに、どこかざらついたものが胸に残る。

クリスティが「いちばん書くのが大変だった」と言った理由がよくわかる。完成度が尋常じゃない。

時代を越えて、今なお無敵感がある。

名探偵なんて、いらなかったんだ。

著:アガサ・クリスティー, 著:青木 久惠, 翻訳:青木久惠

5.『ナイルに死す』 (Death on the Nile)

美貌と莫大な財産を受け継いだリネット・リッジウェイは、親友であったジャクリーヌ・ド・ベルフォールの婚約者サイモン・ドイルを略奪同然に射止め、結婚する。

二人はエジプトへ豪華な新婚旅行に出かけるが、行く先々で復讐心に燃えるジャクリーヌが執拗につきまとうのであった。不穏な空気が漂う中、一行はアスワンからワジ・ハルファへとナイル川を遡る豪華客船カルナック号でのクルーズに参加する。

偶然にも同じ船に乗り合わせていた名探偵エルキュール・ポアロは、リネットに身辺への注意を促すが、若く自信に満ちた彼女はそれを意に介さない。

やがて、船という密室空間でリネットが額を撃ち抜かれた射殺体となって発見される。最も強い動機を持つジャクリーンには、事件発生時にサイモンを誤って撃ってしまった騒ぎを起こし、看護師に付き添われていたという鉄壁のアリバイが存在した。

さらに、事件の真相を知る可能性のあった乗客や、口封じをしようとした者が次々と殺害され、事態は混迷を深めていく。エジプトの神秘的な風景を背景に、愛憎渦巻く人間ドラマと連続殺人の謎にポアロが挑む。

愛憎渦巻くナイルの船上 エキゾチックな舞台と巧妙な三重殺

見渡すかぎりの砂漠と、どこまでも流れるナイル川。そんなエジプトの風景を舞台にして、アガサ・クリスティはなんとも贅沢な殺人事件を描いてみせた。

『ナイルに死す』は、クルーズ船という閉ざされた空間で愛と嫉妬と復讐が渦巻く、旅行ミステリーの大本命だ。

中心人物は、財産も美貌も持ち合わせたリネット。そのリネットが親友ジャクリーヌの婚約者サイモンを略奪したことで、泥沼の三角関係が生まれる。しかもこの三人だけじゃない。船には何やら訳ありな連中がゴロゴロ乗っている。遺産狙い、過去の恨み、嫉妬や野心。だれが殺してもおかしくない顔ぶれだ。

そしてもちろん、ポアロもいる。観光気分だったのに、休暇なんて吹き飛ぶ展開が待っている。今回のポアロは、少し感傷的で人間くさい。ジャクリーヌに向けた言葉に、過去の痛みがにじむシーンもあって、単なる名探偵じゃない一面が垣間見える。

物語は第一の殺人から急展開。証言の矛盾、消される証人、完璧すぎるアリバイ。疑念が船中に立ちこめて、誰もが疑わしく見えてくる。犯人はすぐそこにいるのに、真実には届かない。そんなもどかしさがたまらない。

驚かされるのは、ラストに至るまでに張り巡らされた伏線たちだ。あのセリフ、あの動き、あの視線――すべてが意味を持っていたのだとわかる瞬間、まんまと術中にはまったことを笑うしかなくなる。

ちなみにこの作品、クリスティ自身の経験が反映されているとも言われている。失恋や再婚、旅先での高揚と不安。そのリアルな感情が、キャラクターたちの行動に生々しさを与えている。

ミステリーと旅は相性抜群。閉ざされた異国の船の上で、人の本音が顔を出す。

『ナイルに死す』は、そんなシチュエーションの醍醐味を濃厚に味わえる名作だ。

6.『メソポタミヤの殺人』 (Murder in Mesopotamia)

中東イラク、チグリス川のほとりにあるテル・ヤリミア遺跡の発掘現場。

著名な考古学者エリック・ライドナー博士の若く美しい妻ルイーズは、魅力的である一方、自己中心的で周囲を振り回す言動が絶えなかった。彼女は、15年前に死別したはずの最初の夫から脅迫状が届くと言い、夜な夜な窓の外に浮かぶ奇怪な顔に怯える日々を送っていた。

彼女の精神状態を案じたライドナー博士は、看護婦エイミー・レザランを付き添いとして雇い入れる。レザラン看護婦が到着した発掘隊の宿舎は、ルイーズの存在によって、隊員たちの間に複雑な愛憎や嫉妬、緊張感が渦巻く異様な雰囲気に包まれていた。

やがてルイーズは、日中の昼寝の時間に、中庭に面した自室で頭部を鈍器で殴られ、密室状態の中で殺害されているのが発見される。

偶然シリアでの事件を解決しバグダッドへ向かう途中で近くの町ハッサニーに滞在していたエルキュール・ポアロが、ライドナー博士の依頼を受け、この不可解な殺人事件の捜査に乗り出すことになった。

ポアロは、ルイーズの複雑な過去と彼女の特異な人格こそが事件の鍵を握ると看破し、発掘隊員たちの証言と心理を深く掘り下げていくのであった。

砂漠の遺跡に潜む過去の亡霊 心理描写が織りなす異色ミステリー

砂漠にポツンと建つ発掘現場。考古学者たちが古代の遺物を掘ってる中で、まさか現代の殺人事件まで掘り当ててしまうとは誰が想像しただろうか――というのが『メソポタミヤの殺人』である。

舞台はイラクの遺跡調査隊。暑さと退屈にやられそうなこの閉鎖空間で、妙に存在感を放っているのが、隊長の妻ルイーズ・ライドナー。美人でミステリアスで、男たちの視線をことごとく吸い寄せる。こういう人物が中心にいると、人間関係はあっという間に火薬庫になるわけで。

語り手は看護婦のエイミー・レザラン。この人がまた良くて、理性的でツッコミも冷静。彼女の視点で、徐々に「なんかおかしいぞ」という気配が濃くなっていくのが心地いい。発掘現場のうさんくさい男たちと、妙に演劇じみたルイーズの言動。その組み合わせだけでも不穏な香りがする。

で、事件が起きる。人が死ぬ。そしてポアロ登場。おなじみのひげを整えつつ、今回はいつも以上に「心理」に踏み込むスタイル。物証? 少ない。証言? バラバラ。なのにこのベルギー人、じりじりと核心に近づいていく。その過程がたまらなく面白い。

トリックの仕掛けも見事だけど、それ以上に印象に残るのは「人が人を殺す理由」の説得力だ。犯人の動機を聞いた瞬間、ああこれは逃げられないやつだ、とゾッとする。

この話には、アガサ・クリスティ自身の中東体験が色濃く滲んでるらしい。なるほど、風景や空気感がやけにリアルだし、異国情緒のなかにひっそり毒が仕込まれてる。

遺跡から掘り出されるのは石だけじゃない。恨みや執着もまた、丁寧に積み重ねられているのだ。

7.『五匹の子豚』 (Five Little Pigs)

16年前、高名な画家アミアス・クレイルが自宅で毒殺され、妻のキャロライン・クレイルが犯人として裁判にかけられ有罪判決を受け、その後獄中で死亡した。

しかし、二人の娘であるカーラ・ルマルシャン(旧姓クレイル)は、母が獄中から送ってきた「私は無実だ」と綴られた手紙を信じ続けていた。自身の結婚を目前に控え、過去の事件の真相を知りたいと強く願ったカーラは、名探偵エルキュール・ポアロに事件の再調査を依頼する。

ポアロは、16年前の事件当時、現場となった屋敷にいた5人の主要な関係者――フィリップ・ブレイク(アミアスの親友)、メレディス・ブレイク(フィリップの兄、薬草研究家)、エルサ・グリア(アミアスの若い愛人でありモデル)、セシリア・ウィリアムズ(カーラの家庭教師)、アンジェラ・ウォレン(キャロラインの異母妹)――に接触し、それぞれに当時の記憶を詳細に記した手記の提出を求め、さらに個別に聞き取り調査を行う。

16年という長い歳月が経過し、物的証券はほとんど残されていない。

ポアロは、彼らの記憶、証言の食い違いや一致点、そして語られなかった感情の機微から、過去の悲劇の真相を再構築しようと試みる。

16年の時を超えた真相 証言と心理で描く過去の悲劇

『五匹の子豚』は、いわゆる「過去再訪型」のミステリーだ。事件はすでに16年前に起きていて、犯人もとっくに特定されている。

でも、本当の真相はまだ土の下――そう思ったポアロが、自らスコップを手に取り、過去を掘り返しに行く。古びた記憶と矛盾だらけの証言を手がかりに、彼は静かに、けれど執念深く、核心へと近づいていく。

登場するのは、事件当時の関係者5人。ポアロは彼らの証言を丹念に聞き、それぞれの視点から事件を再構成していく。これがすこぶる面白い。誰も嘘をついていないようでいて、どこか話が合わない。

それもそのはず、16年も経てば、人の記憶なんてすっかり曖昧になる。都合よく忘れたり、美化したり、自分を守るために塗り替えたり。記憶って、案外あてにならないのだ。

けれどポアロは、そんな脆い記憶の断片から、きっちり一本の線を引いてみせる。その過程は、パズルを解くというより、風化した壁画を丁寧に復元していくような地道な作業。焦らず、急がず、それでも確実に真実へたどり着くのが彼の流儀だ。

事件の中心にいるのは、天才肌の画家、その妻、若き愛人。三人の関係は、もつれすぎて、もはや絵にも描けないほど複雑だ。芸術、嫉妬、献身、裏切り。それぞれの感情がぶつかり合い、最後には悲劇として形をなす。だがそこにあるのは単なる愛憎劇ではなく、人間の業そのものだ。

「五匹の子豚」という童謡も、ただの可愛い飾りじゃない。それぞれの人物の役割や心情を、童謡になぞらえて浮かび上がらせている。リズムに乗って進んでいた物語が、気づけば地の底にまで潜っていく。その落差がまたたまらない。

記憶の奥には、知られたくない真実が潜んでいる。そして、それをすくい上げるのは、名探偵ではなく、過去と真剣に向き合う覚悟だ。

そんな風に思わせてくれる、ちょっとビターで、かなり骨太なミステリーだ。

著:アガサ・クリスティー, 著:山本 やよい, 翻訳:山本やよい

8.『葬儀を終えて』 (After the Funeral / Funerals are Fatal)

コーニッシュ地方のエンダビー荘の当主、富豪リチャード・アバネシーが急逝した。彼の葬儀と遺言書公開のために、弟妹や甥姪といった一族が館に集まった。

遺産は血縁者に公平に分配される内容で、大きな不満は出なかったものの、リチャードの末妹で、思ったことをすぐ口にする少し風変わりなコーラ・ランスクネが、昼食後の席で「でも、よかったわね、すべて終わって。だって、リチャードは殺されたんでしょう?」と無邪気に発言し、その場にいた一族の心にさざ波を立てる。

彼女の突飛な言動はいつものことと、その場では誰も真剣に取り合わなかった。しかしその翌日、コーラ自身がリドシェットの自宅で、斧によって惨殺された無残な死体となって発見される。

さらに、コーラの屋敷に長年仕えていた家政婦のミス・ギルクリストも、ヒ素入りのウェディングケーキを食べさせられ毒殺されそうになる事件が起こる。

一連の事件は、リチャードの死が本当に病死ではなく殺人であり、その真相を知った(あるいは知っていると疑われた)コーラが口封じのために殺されたことを示唆しているのか。

アバネシー家の顧問弁護士であるエントウィッスル氏は、旧友であるエルキュール・ポアロに、一族の安全と事件の真相解明のため、内密の調査を依頼する。

ポアロはアバネシー一族の複雑な人間関係と、それぞれの隠された動機、そして葬儀の日にあったかもしれない「何か奇妙なこと」を探り始めるのであった。

葬儀後の囁きが生んだ連続殺人 遺産相続と偽装の迷宮

「だって、彼は殺されたんでしょう?」

その何気ないひと言で、親族たちの胃袋は一斉にキュッとなったはずだ。

クリスティの『葬儀を終えて』は、そんな空気の読めない一言からはじまる。しかも言った当人は、後日ちゃんと殺されてしまうあたり、これはもう完全に事件の幕が上がった合図だった。

舞台は、富豪リチャード・アバネシーの死と、それに続く遺産争いのドロドロ劇。集まってくる親族たちがまた見事に金に目がくらんでる系の人間で、誰が犯人でもおかしくない。欲と猜疑心が同居する中、ポアロがひとり冷静に、でもちょっと楽しそうに推理していく姿が実にいい。

ミステリ好きにとってたまらないのは、クリスティお得意の〈ミスリード地雷〉だ。登場人物の台詞も行動も、まるで「どうぞ私を疑ってください」と言わんばかりに配置されている。読みながら何度「うわ、やられた」と思わされることか。

しかも本作、よく見るとシェイクスピアの引用なんかもちゃっかり混ざっていて、ちょっと文学ぶった雰囲気まで漂わせてくる。謎解きだけじゃなく、言葉の力や仮面の裏の顔まで暴いてくるから油断できない。

そして何より効いてくるのが、「なりすまし」と「偽装」というキーワードだ。遺産をめぐる物語にこれを絡めてくるあたり、クリスティはやっぱり人間の弱さの描き方が抜群にうまい。欲望の前では、立場も名前もいとも簡単にすり替えられるって話だ。

コーラの不用意なひと言は、真実を突くカミソリみたいなものだった。

それが事件の引き金になるのも怖いけど、それ以上に怖いのは、誰もがその「真実」に気づかないふりをしていたことかもしれない。

9.『ビッグ4』 (The Big Four)

静かな夜、エルキュール・ポアロのアパートに、煙突から転がり落ちるようにして一人の男が現れた。

やつれ果て、明らかに追われている様子のその男、ジョン・イングリッシュは、断片的な言葉で国際的な犯罪組織「ビッグ4」の存在を告げ、リーダー格の「ナンバー1」は中国人リー・チャン・イェンであると言い残し、ポアロの目の前で息絶える。

ポアロは、南米から一時帰国していた旧友ヘイスティングズ大尉と共に、この巨大な陰謀に立ち向かうことを決意する。「ビッグ4」とは、世界征服すら企む国際的な犯罪組織であり、その首領格は4人。

ナンバー1は中国の黒幕リー・チャン・イェン、ナンバー2はアメリカの億万長者エイブ・ライランド、ナンバー3はフランスの著名な女性科学者マダム・オリヴィエ、そしてナンバー4は「破壊者」の異名を持つ、変装の名人である俳優クロード・ダレルであった。

ビッグ4は、世界各地で不可解な事件、誘拐、要人暗殺などを画策し、その魔手はポアロとヘイスティングズにも迫る。

本作は、個々の殺人事件の謎解きというよりも、壮大なスケールで展開されるスパイ小説風の冒険活劇であり、ポアロの知略とビッグ4の陰謀がヨーロッパを舞台に激しく衝突する。

ポアロは双子の兄弟アシル・ポアロ(?)を登場させる奇策を用いながら、この強大な敵との最終決戦に挑むのであった。

ポアロ対国際犯罪組織 スリルと冒険に満ちた異色作

ポアロが立ち向かうのは、殺人犯ではない。今回の敵は、世界規模の陰謀を企む巨大組織。その名も「ビッグ4」だ。

この設定だけで、もういつものポアロじゃない。館も密室もない。あるのは逃走、爆発、変装、そして陰謀。いつもより足取りは軽く、やたらと走ってる。

物語は、謎の男がポアロのもとに現れて息絶えるところから始まる。遺されたキーワードは「ビッグ4」。ここから、ポアロとヘイスティングズの世界を股にかけた冒険がスタートする。敵は4人。科学者、大富豪、女スパイ、そして変装の天才。それぞれが強烈な個性を持ち、しかもタッグを組んで悪だくみ中。ポアロの知恵と髭が、どこまで通用するか。

この作品は、もともと短編として書かれたエピソードを長編に再構成している。そのせいか、構成は少し不思議な味わいになっている。ひとつひとつの事件がポンポンとテンポよく起こりながら、全体としては一つの謎に収束していく仕組み。展開が早くて退屈しない。

なにせ、ポアロが変装したり、変な薬を飲まされたり、ヘイスティングズが突っ込んだりと、休む暇がない。

特に注目したいのは、ポアロがいつになく身体を張っていることだ。頭脳だけでなく、行動力でも勝負する。危険な現場にも自ら足を運ぶし、妙な衣装も厭わない。その姿は、普段の「安楽椅子名探偵」像とはだいぶ違って見える。こんなテンション高めのポアロが見られるのは、かなり貴重な機会だ。

完成度でいえば、いつもの本格ミステリーとは方向性が違う。でも、勢いとサービス精神で押し切る強さがある。

まじめな顔をしたエンタメ回。ポアロの別の一面を覗いてみたいときにぴったりだ。

著:アガサ・クリスティー, 著:中村 妙子, 翻訳:中村 妙子

10.『もの言えぬ証人』 (Dumb Witness / Poirot Loses a Client)

バークシャー州の田舎町マーケット・ベイジングに住む裕福な老婦人エミリー・アランデルは、復活祭の週末に親族たちを自宅リトルグリーン荘に招いた後、階段から転落する事故を起こす。

彼女は親族の誰かが自分を殺そうとしているのではないかと疑念を抱き、名探偵エルキュール・ポアロに助けを求める手紙を秘密裏に投函。しかし、その手紙がポアロのもとに届いたのは、エミリーが肝臓の疾患で亡くなってから実に2ヶ月後の6月28日のことであった。

エミリーの死は担当医によって自然死として処理されていたが、彼女が生前に作成した新しい遺言状により、莫大な遺産が全て、長年同居していた話し相手のウィルミーナ・ローソンに遺贈されることが判明し、遺産を期待していた甥や姪たちの間に不満と強い疑惑が生じる。

ポアロは、時宜を逸した「死者からの依頼」に興味を惹かれ、友人のヘイスティングズ大尉と共にマーケット・ベイジングへ赴き、調査を開始。

エミリーの死は本当に病死だったのか、それとも巧妙に偽装された殺人だったのか。そして、彼女が溺愛していたフォックステリアのボブが、事件に関して何か重要なことを見たかもしれない「もの言えぬ証人」なのか。

ポアロは、欲深い親族たちと、謎めいた受益者ウィルミーナ、そしてエミリーの周囲の人々から話を聞き、巧妙に隠された殺意と真相を暴き出そうとする。

死者からの依頼と吠えぬ犬 湖水地方の遺産相続殺人

ポアロのもとに、一通の手紙が舞い込む。書いたのは、裕福な老婦人エミリー・アランデル。自分の身に危険が迫っている、と警告するような文面だ。

しかし、ポアロが彼女のもとへ向かったとき、すでに彼女は亡くなっていた。タイミングを逃したその出だしが、この物語に妙な温度を与えている。

事件の鍵を握るのは、言葉を持たない「証人」。そう、エミリーが可愛がっていた犬のボブだ。彼だけが、最後の夜に何が起きたのかを知っている。とはいえ吠えたり吠えなかったりするだけのボブの行動を、どうやって事件に結びつけていくか。ここでポアロの観察眼と推理が冴える。

舞台はのどかな地方都市。家には気品があり、庭には手入れの行き届いた花が咲く。けれど、そんな外見とは裏腹に、エミリーの親族たちは全員が金に困っている。莫大な遺産をめぐって、それぞれが内心で牽制し合いながら笑顔を作っているあたりが、なかなかに怖い。

ポアロは、死因の裏に潜んだ細かな違和感を拾いながら、ひとつひとつ証言を検証していく。目立ったトリックはない。でも、アリバイ、視線、発言の端々から、人間関係の歪みが炙り出されていく流れはかなりスリリングだ。やがて明かされる犯人の動機には、思わず唸らされるものがある。

何より本作の魅力は、犬という異色の「証人」が物語の芯にいることだ。ボブの存在が、ポアロの推理の核心――観察と解釈――を際立たせる。しかも、ボブとヘイスティングズの関係が妙に和む。そのバランスがいい。

事件は冷たく、舞台は穏やかで、証人は犬。そんな組み合わせの妙が、不思議な味わいを生み出している。

派手さはなくとも、じっくりと沁みてくる一作だ。

著:アガサ・クリスティー, 著:加島 祥造, 翻訳:祥造, 加島

11.『杉の柩』 (Sad Cypress)

若く美しく、誇り高い女性エリノア・カーライルは、幼馴染で従兄弟でもあるロディ・ウェルマンと婚約し、幸せな未来を目前にしていた。

二人は、病床にある裕福な叔母ローラ・ウェルマン夫人を見舞うため、彼女の邸宅ハンターベリーを訪れる。そこでエリノアは、叔母の世話をしている門番の娘、メアリイ・ジェラードの無邪気な美しさにロディが心惹かれていることに気づき、嫉妬と不安を覚える。

やがてウェルマン夫人は亡くなるが、遺言書は作成されておらず、莫大な遺産は最近親であるエリノアが相続することになった。しかし、メアリイへの想いを断ち切れないロディはエリノアとの婚約を破棄する。

失意と激しい憎悪に駆られるエリノア。その後、ハンターベリーのロッジで、エリノアが用意したとされるサンドイッチを食べたメアリイが、モルヒネ中毒で死亡する。

状況証拠は圧倒的にエリノアに不利であり、彼女はメアリイ殺害容疑で逮捕され、裁判を待つ身となる。エリノアの無実を信じるウェルマン夫人の主治医であったピーター・ロード医師は、旧知の名探偵エルキュール・ポアロに事件の再調査とエリノアの弁護を依頼する。

ポアロは、法廷という舞台で、嫉妬と愛憎が渦巻く人間関係、そして巧妙に仕組まれた毒殺の罠の真相に迫るのであった。

法廷に立つヒロイン 嫉妬と陰謀、悲恋のミステリー

愛した人の隣に、別の女が立っていた。その瞬間、エリノア・カーライルの中で、何かが音を立てて崩れた。

アガサ・クリスティの『杉の柩』は、失恋と嫉妬と殺意が絡まり合う、メロドラマ的な幕開けから始まる。冒頭でいきなりエリノアは逮捕されており、状況証拠は山ほどある。被害者は彼女の恋敵。動機もタイミングも完璧だ。これで無実だというほうが難しい。

でもおかしい。エリノアの視点から語られる物語は、淡々としているのに、どこか釈然としない。彼女は犯人なのか? それとも、誰かが見事なまでに罠を仕掛けたのか?

物語の前半では、エリノアがどれだけ不利な立場に立たされているかを、これでもかと見せつけられる。だけど彼女を信じる人もいる。若い医師、そしてもちろん名探偵ポアロだ。

ポアロの登場は遅めだけど、その分インパクトは強い。彼はあらゆる証言と、ほんのかすかな違和感を手がかりに、人間関係の裏をかき分けて真相へ迫っていく。まるで水底から引き上げるように、ある感情の断片が浮かび上がる。

終盤の法廷シーンは、息も詰まるような展開だ。ポアロが明かす真実は、推理の妙だけでなく、人間の哀しみにも触れている。

本作の魅力は、恋愛と犯罪の境界線が曖昧になっていくところだ。そこには感情の深い渦があって、どこからが罪で、どこまでが愛なのか、簡単には見分けがつかない。

『杉の柩』というタイトルが象徴するのは、恋に破れた者のための永遠の安息。だけどそこには、かすかな光も差している。

報われない想いと、ひと筋の希望。その狭間に、この物語は立っている。

著:アガサ・クリスティー, 著:恩地 三保子, 翻訳:恩地 三保子

12.『ホロー荘の殺人』 (The Hollow)

週末、サー・ヘンリー・アンカテル卿夫妻が所有する田舎の屋敷「ホロー荘」に、いつものように親族や友人たちが招かれた。

その中には、才能豊かで魅力的な医師ジョン・クリストゥとその献身的だが少し鈍感な妻ガーダ、ジョンの従姉妹で彼を深く愛する彫刻家のヘンリエッタ・サヴァナク、ジョンのかつての婚約者で今はハリウッド女優のヴェロニカ・クレイ、アンカテル家の遠縁でホロー荘に複雑な想いを抱くエドワード・アンカテル、そして自立心の強いミッジ・ハードカースルなどがいた。

近くの貸別荘「カッコウの巣」に滞在していたエルキュール・ポアロも、風変わりなアンカテル夫人ルーシーの招待で、日曜日の昼食に招かれることになった。

しかし、ポアロがホロー荘のプールサイドに到着したとき、彼が目にしたのは、胸から血を流して倒れているジョン・クリストゥと、その傍らでピストルを手に虚ろな表情で立ち尽くす妻ガーダ、そしてそれを取り囲むアンカテル家の人々の姿であった。

一見、単純な痴情のもつれによる衝動的な犯行に見えたが、ポアロはそのあまりにも芝居がかった状況に強い違和感を覚える。

複雑に絡み合う愛憎関係、登場人物たちの秘めたる想い、そして巧妙に仕組まれた偽装工作。ポアロは、この一族が抱える闇と、ホロー荘で起きた悲劇の真実に挑むのであった。

仕組まれた殺人現場? 愛憎渦巻くホロー荘の悲劇

芝居がかった週末って、たいていは退屈なパーティとセットになってる。でもこの週末、ポアロが訪れたホロー荘では話が違った。目の前で殺人が起きたのだ。それも、まるで舞台の幕が上がるかのように、完璧な演出付きで。

犯人は誰か、という興味より先に、「これって現実?」と戸惑う感覚が押し寄せてくる。クリスティはここで、単なるトリックの妙ではなく、人の心がどこまで現実を作り替えられるか、という危うい領域に足を踏み入れている。

事件の中心にいるのは、医師ジョン・クリストゥと、彼を取り巻く3人の女性たち。真面目で尽くす妻、芸術家肌で自立した女性、自由奔放な元恋人。恋心と恨み、誇りと迷いがぐるぐる混ざり合って、誰の感情もひと筋縄ではいかない。

ポアロはいつも通り冷静だけど、今回は少し背景に引っ込んでる感じ。というのも、クリスティ本人があとで「この話にポアロは要らなかった」と漏らしているくらい、人物描写がメインディッシュなのだ。殺人事件はむしろ、登場人物たちの内面を浮かび上がらせる鏡のような存在かもしれない。

ガーダの自己犠牲、ヘンリエッタの葛藤、ヴェロニカの自己演出――誰の中にも嘘と真実が入り混じっていて、それぞれが自分だけの劇を演じている。そう考えると、あの芝居がかった殺人現場も、ただの偶然じゃない気がしてくる。

派手などんでん返しがあるわけじゃない。でも、この物語が放つのは、心の底をひっかくような生々しさだ。真相にたどり着く頃には、事件そのものよりも、「人間ってめんどくさいけど面白いな」と感じてしまう。

そんな複雑で愛おしい感情が、いつまでも胸に残る。

著:アガサ・クリスティー, 著:中村 能三, 翻訳:能三, 中村

13.『白昼の悪魔』 (Evil Under the Sun)

英国デヴォンシャーの海岸、本土から隔絶された島にある高級リゾートホテル「陽気なロジャー亭(スマグラーズ・レスト)」。

医師の勧めで休暇を取り、この地を訪れていた名探偵エルキュール・ポアロは、他の多彩な宿泊客たちと共に、太陽が降り注ぐ避暑地の穏やかな日々を過ごしていた。

しかし、その平和は突如として破られる。宿泊客の一人で、元女優の美貌と奔放な振る舞いで多くの男性を魅了し、同時に女性たちの嫉妬と反感を買っていたアリーナ・スチュアート・マーシャルが、人目につかない入り江「ピクシー・コーブ」の浜辺で絞殺死体となって発見されたのだ。

アリーナは夫ケネス・マーシャルがいるにも関わらず、若い男性パトリック・レッドファンと見え透いた不倫関係にあり、他にも彼女に恨みを持つ人物は少なくなかった。

夫ケネス、その連れ子でアリーナを嫌う少女リンダ、アリーナに侮辱された女性ロザモンド・ダーナリー、パトリックの妻クリスチン、アリーナに言い寄られていた牧師など、容疑者となり得る人物には、それぞれ犯行時刻には完璧と思われる鉄壁のアリバイが存在した。

ポアロは、「太陽の下にも悪魔はいる」という言葉を胸に、陽光降り注ぐ明るいリゾート地で起きたこの巧妙な殺人事件の真相、特に完璧に見えるアリバイトリックの解明に挑むのであった。

太陽の下の完全犯罪? 華麗なるアリバイトリックを見破れ

南国の陽射しが照りつけるリゾート地。潮風と日焼け止めの匂いが混ざる中、ゆったりと休暇を楽しむ人々のなかに、ひときわ鋭い視線を投げかける男がいる。そう、エルキュール・ポアロだ。

『白昼の悪魔』は、そんな陽光の楽園を舞台に展開するミステリーだ。けれど、そのまぶしさは決して安心を約束しない。むしろその逆。誰の影も濃く落ちることなく、すべてがむき出しになる場所だからこそ、心の奥に潜む感情が暴れ出す。

中心にいるのは、元女優のアリーナ・マーシャル。美しく、傲慢で、場を支配するような存在感を放つ女性だ。彼女が殺される。それも、大勢の目があるはずの昼下がりに。そして当然のように、現場にいた誰もがアリバイを主張する。

この事件の妙味は、人の記憶と感覚のズレを巧みに利用したトリックにある。ほんの数分、ほんの数歩の誤差が、殺人を不可能に見せかける。誰もが「見た」と思っているものが、実は何ひとつ証明になっていない。そんな錯覚に満ちた構図の中で、ポアロだけがゆっくりと本質へ迫っていく。

キャラクターも充実している。アリーナの家族、宿泊客、リゾートで働く人々、それぞれが過去や感情を抱えながら、その場にとどまっている。とくに義理の娘リンダの描写には胸が詰まるものがある。彼女の中で渦巻く不安や葛藤が、事件を思わぬ方向へと引き寄せる。

そしてクライマックス。ポアロが、砂の上に描かれた足跡のようなかすかな手がかりを拾い集めて、ひとつの結論にたどり着く瞬間には、たしかな知性と冷徹な優しさが滲んでいる。

太陽の下でこそ、真実は際立つ。光はすべてを明るく照らすわけじゃない。

そのことを、この作品はしっかり教えてくれる。

著:アガサ・クリスティー, 著:鳴海 四郎, 翻訳:四郎, 鳴海

14.『火曜クラブ』 (The Tuesday Club Murders / The Thirteen Problems)

本作は、後にクリスティが生み出したもう一人の偉大な探偵として活躍する、セント・メアリ・ミード村に住む老婦人、ミス・ジェーン・マープルが初めて登場する13編の短編を収録した作品集。

物語は、ミス・マープルの甥で現代的な作家であるレイモンド・ウェストとその友人たちが、毎週火曜日の夜にマープルの家に集まり「火曜クラブ」と称して、メンバーが過去に個人的に遭遇したり、伝え聞いたりした未解決の謎や不可解な事件について語り合い、その真相を他のメンバーが推理するという形式で進行する。

クラブのメンバーには、レイモンドの他に、彼の婚約者で芸術家のジョイス・ランプリエール、元ロンドン警視庁警視総監のサー・ヘンリー・クリザリング、牧師のペンダー博士、弁護士のペザリック氏などがおり、それぞれが自信を持って難事件を提示する。

片田舎で編み物をしながら静かに暮らす老嬢マープルは、当初は都会的で知的なクラブの面々からやや見くびられているが、彼らが頭を悩ませる様々な迷宮入り事件を、自身の住む村での長年の人間観察や、日常の些細な出来事との驚くべき類推から、次々と鮮やかに解き明かしていくのであった。

安楽椅子探偵マープル登場 日常に潜む謎を解き明かす13の事件簿

『火曜クラブ』は、ミス・マープルが初登場する記念すべき短編集だ。

英国の田舎町に住む控えめなおばあちゃんが、実はとんでもない名探偵だった――という、そのギャップこそが魅力のすべてと言っていい。

舞台は、マープルの甥である作家・レイモンドの屋敷。彼とその知人たちが、火曜の夜に集まっては、それぞれが持ち寄った「解き明かしがいのある事件」を披露していく。

形式としてはいわゆる「安楽椅子探偵」スタイルだ。推理はするけれど現場には行かない。だからこそ、話し手の語りと論理だけで勝負する、知恵比べの場になる。

マープルがすごいのは、そんな知恵比べで、元警視総監や医師、作家といった面々を相手にポンポン正解を出してしまうところだ。彼女にとって人間の裏の顔なんて朝飯前なのだ。田舎の人付き合いで鍛えた観察眼と、「人間のやることはどこでだって似たり寄ったり」という確信。この2つが、彼女の推理の武器になっている。

全13編、それぞれ事件のタイプも語り手もバラバラで、テンポも構成もよく練られている。殺人から盗難、詐欺に不可解な謎まで、バリエーションの幅が広いのも嬉しい。語り手が事件を語り、それをみんなで推理していく――そんなシンプルなやりとりの中に、クリスティらしいどんでん返しがきっちり仕込まれているから侮れない。

読み進めるにつれて、マープルの評価も上がっていく。最初は「お年寄りの戯れ言」扱いだったのに、気づけば全員が頼る存在に変わっている。この「舐められてた人が実は最強」展開が痛快でたまらない。

マープルというキャラクターが、どこから生まれて、どう育っていったのか。そのルーツを知るには、これ以上の入り口はない。

涼しい顔で真相を言い当てる老婦人の背後に、クリスティのしたたかな企みがにじんでいるのがまた面白い。

著:アガサ・クリスティー, 著:中村 妙子, 翻訳:妙子, 中村

15.『パディントン発4時50分』 (4.50 from Paddington)

スコットランドに住むエルスペス・マギリカディ夫人は、クリスマスの買い物を終え、ロンドンのパディントン駅から故郷へ帰る列車に乗り込んだ。

列車が発車してしばらく経ち、うたた寝からふと目を覚ました彼女は、自席の窓から衝撃的な光景を目にする。並走していた別の列車のコンパートメント内で、窓に背を向けた大柄な男が、金髪の女性の首を絞めて殺害する瞬間を目撃してしまったのだ。

マギリカディ夫人はすぐさま車掌に報告し、到着駅でも警察に届け出るが、死体も発見されず、目撃者も他にいないことから、鉄道当局も警察も彼女の話を白昼夢か見間違いとして真剣に取り合わない。

困り果てた彼女は、長年の友人であるセント・メアリ・ミード村に住む老婦人ジェーン・マープルに相談する。マープルは、マギリカディ夫人の証言を疑わず、独自の調査を開始。

列車の走行経路や速度、地形などを考慮し、死体は線路沿いにある古い屋敷「ラザフォード・ホール」の広大な敷地内に遺棄された可能性が高いと推理する。

高齢のため自ら動けないマープルは、信頼する若く有能な家政婦ルーシー・アイルズバロウに事情を話し、ラザフォード・ホールに家政婦として潜入させ、死体と犯人の手がかりを探させることにする。

ルーシーは屋敷の当主である偏屈な老人ルーサー・クラッケンソープとその一族に仕えながら、マープルの指示のもと、屋敷内を探る。

やがて敷地内の納屋にある古い石棺の中から女性の死体が発見され、さらに屋敷内でクラッケンソープ家の人間が次々と毒殺される事件が発生し、列車内の殺人と屋敷で起こる事件の関連が疑われていく。

列車から目撃された殺人! マープルと敏腕家政婦の潜入捜査

列車に揺られているとき、隣を走る車両の窓越しに殺人を目撃したら、どうするか。

慌てる、通報する、それとも見なかったことにする? 本作の発端は、まさにそんな出来事から始まる。しかも目撃者は、ミス・マープルの親しい友人。警察が真剣に取り合わないなら、自分たちでやるしかない――こうして物語のスイッチが入る。

とはいえマープルは高齢で、元気とはいえ現場を走り回るタイプではない。そこで登場するのが、家政婦のルーシー・アイルズバロウ。若くて賢く、変装もお手のもの。マープルの目となり耳となって、殺人現場と思しき屋敷に潜入する。地味に見えて、これが本作の肝になっている。

舞台となるラザフォード・ホールには、変わり者の当主と、くせ者だらけの家族たちがそろっている。古い屋敷、相続問題、隠された過去――とくれば、疑わしい人物が山ほどいるのも当然。ルーシーは表情ひとつ見逃さず、鋭く観察を続ける。

一方、マープルは自宅にいながら鋭い勘と人間理解で真相に迫っていく。ルーシーとの連携プレーが絶妙で、情報と直感が手を取り合う。おまけにこの二人、どちらもただの善人ではない。したたかさと遊び心を兼ね備えていて、そのやりとりも見ているだけで楽しい。

クリスティの中でも、ミステリとしての完成度とキャラクターの魅力がバランスよく詰め込まれた一作だ。列車で始まり、屋敷で謎が深まり、やがてすべてが一気に解き明かされる。

最後に用意された見事なひっくり返しは、これぞマープルものの真骨頂、と言いたくなる内容だ。

名探偵が現場にいなくても、知恵と工夫があれば事件は解ける。その爽快さが、この物語の醍醐味だ。

16.『鏡は横にひび割れて』 (The Mirror Crack’d from Side to Side)

ミス・マープルの住むのどかなセント・メアリ・ミード村にも、時代の変化の波が押し寄せ、新しい住宅地「ディベロップメント」が開発された。

かつてマープルの友人バントリー夫人が住んでいたゴシントン・ホールも、アメリカの有名な映画女優マリーナ・グレッグとその夫で映画監督のジェイスン・ラッドに買い取られ、改装される。

マリーナは過去に精神的な問題を抱え、待望の子供が重度の障害を持って生まれたことで深く傷ついていたが、女優業に復帰し、ゴシントン・ホールでの新生活を始めていた。

ある日、マリーナは地域住民との交流のため、屋敷で盛大なパーティーを催す。多くの招待客で賑わう中、地元ディベロップメントの住人でマリーナの大ファンであるヘザー・バドコック夫人が、マリーナと談笑した直後にカクテルを飲んで急死するという事件が発生する。

当初は事故死かと思われたが、ヘザーが飲んだカクテルは元々マリーナのために用意されたものであったことから、マリーナを狙った殺人未遂が誤ってヘザーを殺害したのではないかとの疑惑が浮上。

マープルは、パーティーの直前に転倒した際にヘザーに親切に介抱されており、その時の彼女の様子や会話を思い出していた。やがて第二、第三の死者が出て、事件は複雑な様相を呈していく。

マープルは、マリーナの過去の悲劇と現在の事件を結びつけるある「言葉」と「表情」を手がかりに、鏡のひびに隠された真実に迫っていくが……。

スター女優の悲劇と呪い? マープルが解く心の鏡

村が変わりつつある。セント・メアリ・ミードにも舗装道路が通り、新しい住宅が建ち始めた。いつもの八百屋がスーパーに変わり、人も景色も少しずつ変わっていく。

だが、ミス・マープルだけは変わらない。変化を受け入れながらも、昔からそこにあった「空気」のひずみに、ひとり耳を澄ませている。

そんな村に、ある日、大スターがやってきた。マリーナ・グレッグ。映画界の伝説とも言える女優が、かつての邸宅を買い取って住み始めたのだ。お披露目として開かれた慈善パーティーには、村人たちも大勢招かれた。だがその最中、ひとりの女性が毒で命を落とす。

狙われたのは、マリーナだったのか。それとも別の誰かだったのか。誰もが動揺する中、マープルは見ていた。事件の直前、マリーナの顔に浮かんだ、ある「表情」を。

この物語の震源は、遠い昔にある。たった一言。何気なく交わされた言葉。それが何年もかけて膨らみ、歪んで、ある日、感情の塊となって噴き出す。善意だったのか、偶然だったのか。その境界線さえ曖昧なまま、ひとつの命が失われていく。

マープルは誰よりも、人の記憶に潜む影を知っている。言葉が時間を越えて人を縛ることも、優しさがときに凶器になることも。今回の事件には、ただの犯行理由では片づけられない、深い断層がある。

犯人の動機にあるのは、怒りよりも痛みだ。悔しさ、愛情、取り戻せない過去。それらが積もり、崩れ、事件へとつながってしまった。マープルの目は、ただ謎を追うのではなく、そこにある感情の残響にそっと触れていく。

『鏡は横にひび割れて』は、名探偵の手による解決譚であると同時に、「なぜこんなことが起きてしまったのか」という感情の連なりを丁寧にたどる物語だ。

あの日、マリーナの顔に浮かんだあの表情が、すべての鍵だった。

その顔の奥に、どれほどの痛みが眠っていたのか――マープルは、それを見逃さない。

17.『ポケットにライ麦を』 (A Pocket Full of Rye)

ロンドンのシティで成功を収めた投資信託会社の社長レックス・フォテスキューが、事務所で紅茶を飲んだ直後に急死した。

検死の結果、死因はタキシンという毒物によるものであり、さらに奇妙なことに、彼のズボンのポケットからは数粒のライ麦が発見された。事件の捜査を担当することになったニール警部は、フォテスキュー家の屋敷「ユー・ツリー荘」へ赴く。

屋敷には、レックスの若く美しい後妻アデール、先妻との間の長男パーシヴァルとその妻、次男ランスロットとその妻、そして末娘のエレインなどが住んでいた。強欲で冷酷な家長レックスの死を喜ぶ者はいても、悲しむ者は少ないように見えた。

やがて、マザーグースの童謡「六ペンスの唄をうたえ」の一節になぞらえるように、第二、第三の殺人が屋敷内で発生する。

朝食の席で後妻アデールが毒殺され(唄では女王が蜂蜜を食べていた)、庭でメイドのグラディス・マーティンが首を絞められ、鼻に洗濯ばさみをつけられた姿で発見されたのだ(唄ではメイドが鼻をついばまれる)。

グラディスは、かつてミス・マープルが家事訓練学校で面倒を見ていた娘であった。彼女の死を知ったミス・マープルは、義憤に駆られ、事件の真相を突き止めるためにユー・ツリー荘に乗り込む。

マープルは、童謡に見立てられた奇妙な連続殺人の裏に隠された、現実的な動機と犯人を突き止めるべく、その鋭い観察眼を光らせるのだった。

童謡見立て殺人の謎 マープル、義憤に燃ゆ

社長のポケットから、なぜライ麦が出てきたのか。

メイドの鼻には、なぜ洗濯ばさみが挟まれていたのか。

意味不明なその違和感は、しかし確実に恐怖の始まりだった。

舞台は、財閥一家フォテスキュー家。重役たちが頭を下げるような強欲な家長が、砒素入りの紅茶で毒殺される。続いて起きるのは、屋敷の中でのさらなる殺人。童謡「六ペンスの唄をうたえ」をなぞるような死の連鎖が始まると、家族全員の顔が疑わしく見えてくる。

ここに乗り込んでくるのが、ミス・マープル。優雅な編み物のイメージとは裏腹に、事件への関わり方はまるで戦う人のようだ。

なぜ彼女がわざわざ都会まで出てきたかといえば、それは「個人的な理由」があったから。殺されたメイド・グラディスは、かつて彼女が面倒を見ていた子だったのだ。ひたむきで、少し不器用で、それでも懸命に働いていたあの子が、みじめな姿で発見されたと聞いたとき、マープルの中に強い怒りが芽生えた。

見立て殺人は、幻想に包まれているようでいて、実はとんでもなく生々しい。金銭欲、嫉妬、プライド、復讐――歌のリズムに乗せて動いているのは、人間のどうしようもない感情だ。

マープルはそのあたりの手綱を見事に握っている。村暮らしで鍛えた人間観察、ささいな言葉の綾を拾い上げる嗅覚、そして言うべきことだけを淡々と伝える姿勢。それがいつの間にか、複雑に入り組んだ謎のほつれをほどいてしまう。

事件の構図があらわになるとき、童謡の響きはもうただの飾りになる。そこに残るのは、メイドを救えなかった哀しみと、悪意の果てに起きた事実だけだ。

クリスティが仕掛けたのは、巧妙な見立て殺人に見せかけた、人間の欲と愚かさの物語。

その真ん中で、ひとりの老婦人が真実に手を伸ばす。そっと、でも確実に。

18.『予告殺人』 (A Murder is Announced)

英国ののどかな田舎町チッピング・クレグホーン。ある金曜日の朝、地元紙「チッピング・クレグホーン・ガゼット」の広告欄に奇妙な告知が掲載された。

「殺人お知らせ申し上げます。10月29日金曜日、午後6時半よりリトル・パドックスにて」。

リトル・パドックスとは、レティシア・ブラックロックという老婦人が住む屋敷の名前であった。町の住人たちは、これを手の込んだ殺人ゲームの招待状か何かだろうと考え、好奇心から予告された日時にリトル・パドックスに集まってくる。

屋敷の主人レティシアも、客人を迎える準備をしていた。そして予告通りの午後6時半、突然屋内の灯りが全て消え、暗闇の中でドアが開き、懐中電灯を持った何者かが侵入してくる。そして、「手を挙げろ!」という声と共に、数発の銃声が鳴り響いた。

やがて灯りがつくと、広間には覆面をした若い男の死体が転がっており、レティシアの耳が銃弾でかすり傷を負っていた。死んだ男は、近くのホテルで働いていたスイス人のルディ・シェルツと判明するが、彼がなぜこのような強盗まがいのことをし、そして殺されたのかは謎であった。

事件は単なる強盗の失敗と思われたが、クラドック警部補は腑に落ちない点を感じ、捜査を進める。偶然、静養のために近くのホテルに滞在していたミス・マープルも、クラドック警部補の相談相手となり、事件に関心を寄せる。

やがて、リトル・パドックスの住人であるレティシアの古い友人バニーや、メイドのミッチーが殺害され、事件は単なる事故ではなく、巧妙に計画された連続殺人であることが明らかになる。

マープルは、新聞広告に隠された意味と、屋敷に集う人々の過去と秘密を探り、真犯人に迫っていく。

新聞広告が招く殺人劇 のどかな村の偽りと真実

朝刊に載ったのは、紅茶の広告でもなく、ダンス教室の案内でもなかった。「殺人が起きます」と、しれっと予告されたその記事が、田舎町をざわつかせた。しかも本当に人が死ぬのだから、こっちは笑えない。

事件の舞台はリトル・パドックスという村。牧場と庭いじりが似合いそうなこの場所に、突如として入り込む異物。それがこの殺人予告だ。新聞に出た以上、冗談とは言い切れない。住人たちはそわそわしながら、件の日時に集まってしまう。

好奇心と不安が入り混じった空気の中、灯りが消えて、銃声が響く――はい、第一の殺人発生。

登場人物たちは、表では笑顔でも裏に何かを抱えている。名前を使い分けている者までいて、こうなると誰が何者かすら怪しい。秘密が渦を巻く中、やって来るのが我らがミス・マープル。控えめなおばあちゃん風情の彼女だが、人を見る目は抜群。小さな仕草や言葉の端から真相に迫っていく。

しかも、事件は一回で終わらない。予告された通り、続けざまに起きる殺人。ばらばらの手がかりをつなぎ、警察とマープルが少しずつ輪郭を浮かび上がらせる。おしゃべりな村人たちの何気ない話が、まるで落とし穴のように、核心を示すヒントになっているあたりが実にニクい。

そして迎えるラスト。意外な犯人像とその動機が明かされるとき、これまで張り巡らされていた伏線が見事に一本の糸として結びつく。クリスティらしい「してやられた」感と、謎解きの快感が同時に訪れる瞬間だ。

『予告殺人』は、のどかな景色と、にこやかな顔の裏にある毒を見事に描いた物語だ。ミス・マープルが好きなら、この事件はかなり刺さるはずだ。何気ない会話の裏に隠れた真実を、そっとすくい取るような推理がここにある。

19.『ゼロ時間へ』 (Towards Zero)

自殺を図るも失敗し、人生に絶望していたアンドリュー・マクハーターは、ガルズ・ポイントと呼ばれる海辺の崖の上に建つ屋敷の近くで、偶然子供を事故から救う。

その出来事がきっかけとなり、彼は新たな人生を歩み始めることになる。一方、そのガルズ・ポイントの屋敷には、老婦人カミラ・トレシリアン夫人が住んでいた。彼女は、亡き夫の被後見人であった有名なテニスプレイヤー、ネヴィル・ストレンジを実の子のように可愛がっていた。

その年の夏、ネヴィルは現在の若く美しい妻ケイと、離婚したばかりの前妻オードリーを同時にトレシリアン夫人の屋敷に招待するという、奇妙な計画を立てる。

周囲の心配をよそに、二人の妻とネヴィル、そしてケイに思いを寄せるテッド・ラティマー、オードリーの幼馴染トマス・ロイドらが屋敷に集い、表面上は穏やかだが、内面では激しい感情が渦巻く緊迫した数日間が始まった。そこへ、トレシリアン夫人の旧友で引退した老弁護士トリーヴ氏が訪れる。

夕食の席でトリーヴ氏は、過去に扱った事件の話として、子供の頃の些細な出来事が後の殺人につながった例を語り、まるでその場にいる誰かに警告するかのように、「犯罪は、それが実行される瞬間(ゼロ時間)に始まるのではなく、それ以前の様々な出来事の積み重ねの結果なのだ」と説く。

その数日後、トレシリアン夫人が自室で撲殺死体となって発見される。さらにトリーヴ氏も心臓発作で急死する。事件の捜査には、ロンドン警視庁のバトル警視監が乗り出す。

彼は、複雑な人間関係と、それぞれの人物が持つ過去の出来事を探りながら、「ゼロ時間」に至るまでの真相を解き明かそうとする。

殺人は結果に過ぎない? 破局へ向かう人間関係の終着点

人が人を殺すとき、それは突発的に起こるわけじゃない。長い時間の中で積もったものが、ある一点で爆発する。

アガサ・クリスティはその瞬間を「ゼロ時間」と名付けた。まさにその言葉どおり、この物語は「殺人が起こるまでの準備運動」を延々と描き続ける。なのに、ページをめくる手が止まらない……なんて言葉は使えないが、それでも言いたくなるくらい面白い。

舞台は、イギリス南部の海辺にたたずむ屋敷〈ガルズ・ポイント〉。そこに集まったのは、テニス界のスター選手ネヴィル・ストレンジと、その妻ケイ、そしてなぜか元妻オードリー。普通なら顔を合わせたくない三人が、同じ屋根の下で数日間を過ごす。

その時点ですでに、妙な火薬臭がただよっている。しかも、周囲の人々もまた、それぞれの事情を抱えて集まってきており、屋敷全体が一種の圧力釜みたいな空気になっていく。

彼らのあいだに横たわるのは、過去への執着と、現在への不満。そしてそれを外から見守る人々のあいだにも、緊張の糸が少しずつ張られていく。怒り、嫉妬、無関心、後悔。目に見えない感情の網が編まれていく中、ついにその瞬間がやってくる。

事件のあと、物語は刑事バトルの手に渡る。地道に聞き込みを重ね、ひとつひとつの証言を確認し、矛盾点を洗い出す。派手な推理ショーではなく、実直な捜査の積み重ねで真相に迫っていくスタイルだ。その分、種明かしのシーンでは、論理の筋道がしっかり見えて、納得感が強い。

しかもクリスティは、登場人物たちが抱える「前提」を見事にひっくり返す。何気ないセリフや行動が、あとでとんでもない意味を持って浮かび上がる。この手のひら返しの鮮やかさは、さすがとしか言いようがない。

『ゼロ時間へ』は、血が飛び散る瞬間より、そこへ向かうプロセスにこそ本当のドラマがあると教えてくれる。

たった一つの犯行が、いくつもの過去と、いくつもの選択の果てにあることを、ひしひしと実感させてくる作品だ。

著:アガサ・クリスティー, 著:三川 基好, 翻訳:三川 基好

20.『春にして君を離れ』 (Absent in the Spring)

主人公は、イギリスの上流中産階級の婦人、ジョーン・スカダモア。

彼女は、弁護士の夫ロドニーとの間に成人した3人の子供を持ち、自分は良き妻、良き母として、円満で幸せな家庭を築き上げてきたと信じ、満足していた。

ある春、イラクのバグダッドに嫁いだ娘バーバラが病気になったため、見舞いに訪れたジョーンは、その帰り道、中東の砂漠の真ん中にある寂れた駅で、列車の遅延により数日間足止めを食うことになる。

他にすることもなく、周囲には何もない隔絶された環境の中で、ジョーンは否応なく自身のこれまでの人生、特に夫や子供たちとの関係を振り返り始める。

最初は自分の判断や行動が常に正しく、家族を幸福に導いてきたと確信していた彼女だったが、過去の些細な出来事や、夫や子供たちの言葉、表情を思い返すうちに、自分の認識が独りよがりなものではなかったか、自分の「良かれ」と思っての行動が、実は家族を深く傷つけ、彼らの人生を歪めていたのではないかという恐ろしい疑念に苛まれていく。

砂漠での孤独な内省の時間は、彼女が築き上げてきた自己満足という名の壁を少しずつ崩していく。

彼女は、本当の自分、そして家族の真の姿と向き合うことになるのか。

砂漠で見つめた心の真実 自己欺瞞と家族の肖像

誰も殺されない。血も流れない。

しかしこの物語は、どんなミステリよりも凄まじい破壊力を持っている。崩れるのは、他人ではなく自分自身だ。

しかも、砂粒みたいに、音もなく。

アガサ・クリスティがメアリ・ウェストマコット名義で書いた『春にして君を離れ』は、そんな孤独の中で自分と向き合ってしまった女性の話だ。

休暇先の中東で足止めを食らった主婦ジョーン・スカダモアが、ひとりぼっちの時間に自分の人生を振り返る。それだけの話だ。なのに、ページが進むにつれて、どんどん苦しくなる。

本人は「完璧な妻で、理想的な母親」だと思っていた。でも、思い返してみるとどうも様子がおかしい。子どもの反応、夫の表情、かつての友人とのやりとり……。どれもこれも、ジョーンが見たかったものではなく、見ないふりをしてきた現実だった。

この物語の恐ろしさは、自分の価値観が少しずつ削られていく感覚にある。「良かれと思ってやった」は、言い訳にしかならないことがある。正論が人を黙らせ、優しさが誰かを追い詰めてしまうこともある。自分が悪者だったかもしれない、という疑念は、想像以上に効く。

ここには事件も探偵もいない。けれど、心理の揺れ幅がすさまじい。ジョーンが何かを思い出すたびに、少しずつ土台が崩れていく。その変化は、誰かの指摘や非難によるものじゃない。全部、自分の中にあったものだ。それが恐ろしい。否定も言い訳もできない。

終盤、ジョーンはようやく決断する。けれど、果たして人は簡単に変われるものなのか。この問いの前に立たされたとき、本当の意味で息を呑むことになる。

ミステリの女王が描く「誰も殺さない心理劇」、その真の怖さを、ぜひ体感してほしい。

著:アガサ・クリスティー, 著:中村 妙子, 翻訳:中村 妙子

おわりに

アガサ・クリスティが「ミステリーの女王」と呼ばれるのは、やはり理由がある。

緻密なプロット、ひねりの効いたトリック、クセになるキャラクターたち、そして思いもしない真相。そういうのが全部うまいこと組み合わさって、100年近くものあいだ、世界中の読書家たちをワクワクさせ続けてきたわけだ。

今回まとめた20作は、どれも彼女のキレ味が光る名作ぞろい。

ポアロやマープルの活躍を楽しむもよし、サスペンスや人間ドラマに注目するのもあり。

作品ごとにテーマや構造がガラッと違っていて、読むたびに「お、こうきたか」って驚かされる。

「最初の1冊、どれにしようかな」と迷ったら、このリストから気になったやつをテキトーに手に取ってみればいい。
たぶん1冊読んだら、「次はあれ読も」ってなる。

で、気づいたら何冊か読んでて、「あれ、あのセリフ、あの展開って……!」なんて発見も出てくる。

ミステリーを初めて読む人にも、もう何十冊と読んできた人にも、堂々とすすめられる20作品だ。

クリスティのすごさを、改めて感じてもらえたらうれしい。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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