ミステリ好きの血が騒ぐときって、大体は「館」「孤島」「嵐」「不可解な殺人」といったワードが目に入った瞬間だ。
いわゆる「館もの」ってやつ。これが出てくると、「はいはい、どうせあのパターンでしょ」と思いつつもワクワクが止まらない。あの様式美には中毒性がある。
でも織守きょうやの『ライアーハウスの殺人』は、その中毒を逆手に取ってくる。読んでるこっちの期待を、ニヤリと笑いながらぶっ壊していくのだ。
「館もの」に裏切られる快感

主人公・彩莉は、ものすごい額の遺産を手にしたお嬢様。普通なら優雅に人生を謳歌するはずが、彼女はわざわざ孤島に館を建てて、「自分の小説を酷評した奴らを呼び出し、殺す」というとんでもない計画を立てる。すごい逆恨みだな、と思いつつも、この設定がもう面白い。
「お前ら、私の考えたトリックで死ね!」と宣戦布告する犯人って、なかなかいない。読者的には「倒叙ミステリ」っぽい始まりかと思いきや、そこからさらにひっくり返されるのが本作の真骨頂だ。
館の名前は「来鴉館(ライアかん)」。もうこの時点で「嘘(liar)」をかけてるあたり、作者の遊び心が炸裂している。最初は「はいはい、また館で人が死ぬやつね」と構えていたが、読み進めるうちに「いや、これ普通の館ミステリじゃねぇ!」と驚く羽目になった。
なんと、この館は「謎解きの対象」じゃなくて、最初から「殺人兵器」として設計されてるのだ。隠し通路だの、ギミックだの、あらゆる仕掛けが犯行のために用意されている。しかも、その情報は冒頭からあっさり読者に提示される。
つまり、読者は「館の謎」を探る楽しみを奪われ、別の次元のゲームに放り込まれるのだ。
乗っ取られた計画、倒叙からフーダニットへ
彩莉は、計画通りに最初の殺人を実行するつもりだった。だが、いざ動こうとしたら、すでに標的が死んでいる。しかも、その死に方が彩莉の計画と寸分違わない。……いや、誰だよ、わたしの計画を盗んで先に殺したのは?
この瞬間、物語は一気にギアチェンジする。「犯人が最初からわかっている倒叙ミステリ」だと思いきや、彩莉が「犯人当ての探偵役」に引きずり込まれる展開になるのだ。殊能将之の『ハサミ男』もそうだけど、この構造の反転がめちゃくちゃ面白い。
しかも、彩莉自身は完璧な犯人像からはほど遠い。メイドの葵がいなければ、計画すらまともに進まない。葵が「鬼のダメ出し」をしなければ、彩莉は絶対に失敗していただろう。
この彩莉と葵のコンビが、最高にイイ。彩莉はドジっ子寄りで、葵は冷静沈着な有能メイド。この凸凹感がシリアスな殺人計画に妙なコメディ要素を添えてくる。読者としては、彩莉の失敗を心配しつつ、「いやお前、そこでミスる?」と笑ってしまう。
結果、気づけば読者の注意は彩莉のドジっぷりに向かい、その隙を突くように物語の裏側で真の犯人が糸を引く。このバランス感覚は本当に絶妙だ。
「嘘」で建てられた館と物語
タイトルの「ライアーハウス」には、複数の意味がある。「嘘つきたちの館」という直訳だけじゃなく、この物語そのものが嘘の層で覆われている。館に集められた面々――刑事、霊能者、看護師、女優――どれもいかにも怪しい。
読んでいると「こいつ、本当にその職業か?」と疑いたくなる。全員が何か隠しているし、全員が役者めいている。つまり、この館は舞台であり、登場人物はみんな役割を演じている。
さらに作者の仕掛けは一段深い。倒叙ミステリだと思わせる「構造」自体が嘘だし、彩莉の語りもどこまで信じていいのかわからない。読者は気づけば、登場人物だけでなく、物語そのものに騙されている。
この二重三重の嘘が解き明かされたとき、初めて「なるほど、ライアーハウスってそういうことか」と合点がいく。しかも、二度読みしたときの面白さが尋常じゃない。
伏線があちこちに張り巡らされていて、「ここでこう仕込んでたのか!」と驚かされる。これは本格ミステリの醍醐味そのものだ。
館ミステリを壊して作り直す快感
織守きょうやは、『記憶屋』でホラー界にその名を轟かせた人だが、今回はジャンルの「建築家」としての腕前を見せつけている。
館ミステリという伝統的な様式を愛しつつ、その骨組みをバラして再構築する。ホラー出身らしい執着や情念の描写も随所に光り、館ミステリを超えた心理的な怖さを生み出しているのだ。
彩莉の動機だって、突き詰めれば「創作への執着」だ。自分の小説を酷評した奴らを許せない――その感情の爆発が館を建てさせ、人を殺そうとさせる。論理より感情が物語を動かす、その生々しさがたまらない。
だからこそ、彩莉はただの犯人役に収まらず、読者から妙な共感を呼び起こす。むしろ、彼女の失敗を笑いつつ応援したくなる。
そして、最後に言いたいのは、これはただの「変化球ミステリ」じゃないってことだ。従来の本格ミステリの魅力――論理、トリック、フェアネス――をちゃんと尊重しつつ、それを別の角度から見せてくる。
いわば、館ミステリの「新しい進化形」だ。麻耶雄嵩(まや ゆたか)や白井智之(しらい ともゆき)が好きな人なら、この挑発的な構造は絶対にハマる。
この『ライアーハウスの殺人』、一言でいえば「館ミステリにケンカを売って、見事に勝った作品」だ。
読後は、館という仕掛けを使ってどこまで物語をねじ曲げられるのか、その実験を目の当たりにした気分になる。軽妙なコメディ感と、骨太なロジック、その二つを両立できる作家って本当に貴重だ。
ミステリ好きなら、絶対に一度はこの嘘だらけの館を訪れてほしい。