倉知淳『世界の望む静謐』- 刑事コロンボの衣鉢を継ぐ、大人気倒叙ミステリシリーズ

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あなたのことは最初から疑っていました──。

罪を犯した者の前に現れる、死神めいた風貌の刑事。

削ぎ取ったように痩せた頰、刃物で切り落としたようにシャープな顎、悪魔を思わせる鉤鼻、そして虚無の深淵を覗き込んだかのような陰気で表情の感じられない瞳。

その見た目にたがわず、乙姫警部はまるで死神のように犯人たちをじわりじわりと追いつめていく。

漫画家を殺してしまった週刊漫画誌の編集者。

悪徳芸能プロモーターを手にかけた歌謡界の元・スター。

裏切った腹心の部下に鉄槌を下した人気タレント文化人。

過去を掘り返そうとする同僚の口を封じた美大予備校の講師。

果たして彼らはいつ、どんな間違いを犯してしまったのか?

刑事コロンボシリーズや古畑任三郎シリーズの系譜に連なる、倒叙ミステリー短篇集。

目次

どうやって犯人が追い詰められていくのか、倒叙ミステリーならではの楽しみ方

この短編集に収録されている物語は全て、読者にははじめから犯人が分かっていて、探偵役がどうやって犯人にたどり着いて手口を暴くかというのが焦点となっている倒叙ミステリーです。

倒叙ミステリーの楽しみは、何と言っても犯人が追い詰められていく過程をじっくり味わえるという点。

この短編集も例にもれず、乙姫警部のさりげない質問によってじわじわ追い込まれていく様子を見ることができます。

犯人自身はミスが無いと思っているけれど、ちょっとしたほころびを探偵役に見つけられてそこから全てが崩壊し、後から探偵役が「実は最初からあなたが怪しいと思っていました」と明かす──刑事コロンボや古畑任三郎シリーズでパターン化されたと言っても良い流れかもしれませんが、それがわかっていても楽しめるのは単純に著者に物語を読ませる力があるからかもしれません。

また、犯人の職業が結構多彩というのも今作の特徴の一つ。

漫画の編集者が漫画家を手にかけてしまったり、人気タレント文化人が裏切った部下をやり込めたりと、ちょっと珍しい職業の犯人が出てくるのが面白かったです。

犯人視点から描写される“死神”警部の恐ろしさと凄み

倒叙ミステリーの王道パターンを丁寧にたどっている本作が他と違っている点は、犯人視点からの乙姫警部の描写にも工夫が込められているという点でしょう。

乙姫警部はその名前から受ける印象とは異なり、かなり暗くて陰気臭いキャラクターなのですが、そんな様子が作品の中では“死神”と評されているのです。

「一族郎党全員が打ち首獄門にあった直後みたいな辛気臭い顔つき」「魔界に吹き渡る空っ風みたいな陰々滅々とした口調」「通夜振る舞いに招待された弔問客みたいな陰気な一礼」……かなり力を入れて描写されているのが伝わってきました。

犯人が乙姫警部に会った瞬間“死神が現れた”と感じてしまうのもやむを得ないのかもしれません。

相棒の鈴木警部が二枚目の超イケメン警部というのも、死神警部とのギャップがあって面白い点でした。

もともと、倒叙ミステリーは犯人の視点から語られる要素が多いという特徴があります。

本作ではその特徴が極限にまで生かされていて、読者に対して文字だけで警部たちの見た目を伝えるという点で、大きな効果を発揮していると言えるでしょう。

刑事コロンボや古畑任三郎に次ぐ新しい倒叙ミステリーシリーズ

ここまで、王道倒叙ミステリーでありながら警部の描写で新規性を出してきた本作について紹介してきました。

実は本作は、乙姫警部シリーズという倒叙ミステリー短篇集シリーズの二作目となっている作品。

シリーズ二作目ということで、この作品からシリーズを知った方でも簡単にシリーズ全体を把握することができます。

長く続いているシリーズだと初めて読むのに尻込みしてしまうという懸念がありますが、本シリーズにはそういった心配がなく今から追えるというのは嬉しい点と言えるでしょう。

また、シリーズ各短篇のタイトルはタロットカードの大アルカナ(寓意画の書かれたカード)の名前から取られています。

大アルカナは全部で22枚ある為、今後その分の短編が発表されるかもしれないという期待が持てます。

新たな倒叙ミステリーシリーズとして、これからどんどん展開していくものと言えるのではないでしょうか。

作者の倉知 淳さんは、1993年に『競作 五十円玉二十枚の謎』一般公募部門に応募した「解答編」が若竹賞を受賞し、翌年の1994年に『日曜の夜は出たくない』で小説家デビューを果たしました。

その後も複数の賞の候補となる他、2001年には『壷中の天国』で第1回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞するなど、確かな実力の持ち主です。

乙姫警部シリーズの他、猫丸先輩シリーズという人気ミステリーシリーズも手掛けており、こちらも特徴的な人物が探偵役として登場して謎を解いていく本格ミステリーとなっています。

その他にも数多くの短編集の刊行やアンソロジーへの参加も行っているため、本作が面白いと感じた方はぜひ読んでみてくださいな!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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