小学生の礼恩は、父親の都合で何度も転校を余儀なくされている。
転校を繰り返す中で即座にクラスへ適応する術を身に付けた礼恩は、自らの事を自嘲気味に「カメレオン」と称していた。
そんな彼が行く先々の小学校で出会うのは、嘘つきばかり。
嘘と撤回を繰り返し、狼少女と呼ばれるクラスメイト。
盗まれたものの行方を知りながら黙っている少女。
放課後に嘘の理由で生徒を呼び集める誰か。
お母さんのことが大好きな少年がつかれた噓。
主人公になりたくない女の子がついた噓。
そして、どの学校でもささやかれている、バールを持った人物に関する噂……。
その理由についてあることに気がついた礼恩がとった行動とは?
新進気鋭の作家による、二度読み必須の小学校ミステリー。
思わず二度読みしたくなる“トリック”たち
バールと嘘を題材に小学校で起きる事件を、小学生の礼恩が解決していくという形で進む本作。
礼恩は父親の身勝手ともいえる都合に振り回され、何度も転校を余儀なくされる中で、瞬時に新しい学校のクラスの雰囲気や人間関係を読み取って、絶妙な距離感で適応できる能力を身に付けています。
基本的には短編連作となっていて、小学校で起きた事件を礼恩が解決していくのですが、後半に進むにつれて通奏低音的にテーマが現れ、新たな題材を紡いでいきます。
短編ごとに独立していると見せかけて、だんだん短編同士のつながりが見えてくるというわけです。
そうしてたどり着いたエピローグでは、二転三転のどんでん返しが読者を待っています。
読者に『してやられた』と思わせるための”トリック“が丁寧に仕込まれている点が、本作の面白いところでしょう。
そもそも、題名にバールと入っているのに、バールそのものは登場しません。
それがどういうことなのかは、読んだ人だけがわかるようになっています。
題名の件も含めて、エピローグを読んでからすぐにプロローグを読み返したくなる作品と言えます。
大人になって忘れてしまった「小学生ならではの社会」を思い出せる
小学生とは思えない推理力を持ち、その適応能力で新しい学校に瞬時に溶け込んでしまう礼恩は、多くの人にとって小学生らしくない、かなり大人じみたキャラクターとして受け取られるかもしれません。
でも、自分が小学生だった頃を思い返してみれば、礼恩ほどうまくないにしても、周囲の人間関係を良くみて溶け込もうと努力した経験が一度くらいはあるのではないでしょうか。
大人になると忘れがちですが、小学生も小学生なりに周囲との関係性やクラスでの立ち位置で悩んだり不安を感じたりしているはずなんですよね。
そういった、小学生の時に持っていた不安や心配などの感情が、本作ではうまく描き出されています。
子ども時代というある種特別な時期の感情の動きを描写した本作は、ある意味で青春小説としての側面も持っていると言えるのでしょう。
小学生って自由でいいなあ、子どもに戻りたいなあと考えている人も、この本を読めば『子ども時代も大変だったな』とそのほろ苦さを思い出せるかもしれません。
題名とプロローグの不穏さとは裏腹に意外とさわやかな読後感
題名の「バール」といい、プロローグといい、とにかく不穏さや物騒さを感じざるを得ない本作品。
バールの大活躍するいかにもバイオレンスな内容なのかと思いきや、小学校なのに事件が起きすぎているという点はあるものの、猟奇的な展開は無く読み進めていくことができます。
小学校を舞台にした青春小説のような要素もあり、暗めの導入から一転して読後はさわやかささえ感じられる読後感が味わえます。
逆にタイトルで「暴力的なものはちょっと……」と敬遠されている方がいるとすれば、それはもったいないのでぜひ読んでみてほしいくらいです。
作者の青本雪平さんは1990年に青森で生まれ、『ぼくのすきなせんせい』で第3回大藪春彦新人賞(2019年)を受賞し、新人作家としてデビューを果たしました。
まだまだ若いながらも2020年には初の長篇『人鳥クインテット』を刊行しており、本作は長篇第2作となっています。
デビューまもない若い作家さんの長篇第2作目と考えても、本作はかなり読み応えのある作品だと感じました。
ミステリー小説や警察小説で有名な今野敏氏からは“天才”と称されている他、全国の書店員からも本作は傑作と絶賛されているほどです。
プロローグ~本編~エピローグと読み進めてタイトルの意味が分かったとき、きっとあなたも『天才だ!』と言って思わず最初から読んでしまうはず。
題名、小学校という舞台設定、転校に慣れっこのカメレオン小学生……こういった文言を見て少しでも気になった方は手に取ることをおすすめします。
ちょっと不思議な青本雪平ワールド、ハマれば面白いこと間違いなしです。