【自作ショートショートNo.65】『平等な国』

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この小さな国ではすべての国民が、そっくり同じ形の家に暮らしている。

違っているのは扉にでかでかと刻まれた番地だけ。

外観だけでは区別がつかないので、この番地で自分の帰る家を見分けているのだ。

幼い子供たちの間では、番地の数字を頼りに友達の家へ遊びに行くなんて光景もよく見られる。

そして同じなのは家だけではない。

人々の身につけている衣服も、毎日食べる料理のメニューも同じである。

衣服は半年に一度、料理の材料は日に一度、国家から無料で支給される。

さらに月に一度は20歳以上の国民全員に、生活費としてお金が支給される。

もちろんその額も同じ。皆が同じ収入だから貧富の差もない。

また子供たちの通う学校には、テストもなければ成績表もないので、順位も優劣もつかない。

要するにここはすべてが平等な国なのだ。

学力の差も貧富の差も階級の差もなく、すべてが平等なこの国で人々はのんびりと暮らしているのだった。

そんな平和な国だから争いもなく、人々はみんな仲が良い。

町のあちこちで開かれている井戸端会議のお母さんたちも、国家のもとで同じ仕事を与えられたお父さんたちもみんな笑顔だ。

そんな中でもとりわけ幸せな笑顔を振りまいているのが7番地に住むジスさん。

ジスさんはつい最近まで優しい奥さんと5歳になるかわいい坊やの三人家族だった。

それが最近、一人増えて四人家族になったのだ。

というのも、ほんの数日前に二人目の子供が誕生したからだ。

生まれたばかりの赤ん坊を抱いて歩くジスさんに、町中の人から祝福の言葉が浴びせられる。

それに照れくさそうに返事を返すジスさんのほっぺは、腕に抱かれた赤ん坊と同じ淡いピンク色に染まっていた。

新しい家族が増えたことで、ジスさんはそれまで以上に仕事に精を出すようになった。

仕事の内容はおおよそ決まっていて、畑を耕したり建物の修理をしたりと、主に国家と国民の暮らしをより良くするためのものだ。

それを毎日、働くお父さんたちに不公平にならないよう平等に振り分けているのだった。

実のところ頑張ろうが怠けようが収入は変わらない。

国家から支給されるお金は一律なのだから。

けれどこの国には、もらえるお金が増えないからといってラクをしようなどと考える者は一人もいない。

そもそもがずっと平等で平和な世界で生きてきた人々に、そんな悪い心は芽生える隙もないのだ。

だからジスさんは家族のため仕事に励み、周りのお父さんたちも愛する奥さんや子供のために頑張るのだ。

さて、今日のジスさんの仕事は、家々を区切る花壇の手入れだ。

この国では四季に応じて花壇の花を植え替えているので、季節ごとに違う花が楽しめる。

ジスさんにとって花の植え替えは好きな作業の一つということもあって、いつも以上に精が出て、暗くなる前に仕事を終えることができた。

お腹を空かせたジスさんは、生まれたばかりの我が子の顔を思い描きながら、軽い足取りで家へと帰って行く。

その道中で、いつもより心臓の音が大きく聞こえるような気がしたジスさんはふいに立ち止まり、胸に手を当てた。

「今日はちょっと張り切りすぎたな。うん」

納得したように小さく頷くと、再び歩き始める。が、その足がすぐに止まってしまう。

何かおかしい、そう思う間もなく、ジスさんは目の前が真っ暗になった。

そして気付いた時には病院のベッドに寝かされていた。

ベッドのわきには充血した目でジスさんを見守る奥さんと坊やがいる。

ジスさんは上体を起こそうとするが、なぜか体に力が入らない。

状況が理解できないまま混乱しているところへ、年老いた医師がやって来た。

「ジスさんは余命半年です」

その言葉を聞いた奥さんは、その場に泣き崩れた。

そんな光景を無言で見つめていたジスさんは、自分があと半年しか生きられないと聞いて驚き、再び起き上がろうとするも指先一つ動かすことができない。

『俺が死ぬ?う、嘘だ。子供も生まれたばかりなんだぞ』

ジスさんは必死で体を動かし、声を奥さんに届けようとする。

が、言葉は出ず、身動き一つとれないでいた。ただその間も耳からは医師の言葉が流れ込んでくる。

「パパ、死んじゃやだー」

泣いてすがってくる坊やを、その手で抱きしめることもできないジスさんは絶望した。

「パパだけが死ぬなんて不公平だ!」

坊やが叫ぶ。それを聞いた奥さんと医師はハッとして顔を見合わせる。

「そうだわ。パパだけが死ぬなんて不公平よ」

「そうだ。ジスさんだけが死ぬなんて平等じゃない。どうして今まで気付かなかったんだ」

医師は慌てて病室を出て行った。

ジスさんだけが死ぬのは不公平。その言葉は国民全員に伝えられた。

「ここは平等の国なのに」

「考えもしなかった」

「死だけが平等じゃないなんて」

死は平等ではない。その真理に気付かされた国民たちは言い知れぬ不安に苛まれていた。

「寿命も同じにしなければ不公平だ」

国民の一人がふとそう漏らした。

それを聞いた誰かも「そうだそうだ」と口にする。

その声はやがて国全土に広がった。

そしてジスが余命宣告を受けてからちょうど半年後、ジスさんと共にすべての国民が一斉に命を絶った。

かつて平等の国と呼ばれていたこの場所には今、そっくり同じ形の墓がずらりと並んでいる。

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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