荒木あかね『ちぎれた鎖と光の切れ端』- クリスティーへのオマージュを超えてゆく、新時代の本格ミステリが到達した場所

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孤島、無人島、海上コテージ、過去の事件でつながった男女、逃げ場のない閉鎖空間。

本格ミステリが好きなら、もうこの時点で脳内で不穏なBGMが鳴り始める。

しかもそこに、舌を切り取られた死体だの、第一発見者が次の犠牲者になるだの、かなり物騒なルールまで乗ってくるのだから最高だ。

荒木あかね『ちぎれた鎖と光の切れ端』は、そういう本格ミステリ好きの弱点を、遠慮なく突いてくる小説である。

荒木あかねは『此の世の果ての殺人』で江戸川乱歩賞を史上最年少で受賞した作家だ。しかも選考委員満場一致という、とても景気のいいデビューである。

その受賞第一作となる本作は、単に「期待の新人の二作目」というだけではない。古典本格の型をしっかり踏まえながら、そこに現代の息苦しさや、人間関係のしんどさ、社会の歪みをがっつり流し込んでいる。

第一部は、アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』を思わせる孤島のクローズド・サークルから始まる。こう書くと、いかにも王道の本格ミステリに見える。実際、かなり王道である。

だが本作は、ただ古典の型をなぞるだけでは終わらない。第一部では閉ざされた島での惨劇を描き、第二部では三年後の大阪へ舞台を移し、都市型の連続殺人へと物語を広げていく。

この切り替えが大胆だ。孤島から街へ。過去から現在へ。復讐から再生へ。最初は別々の物語に見えるものが、やがて一本の鎖のようにつながっていく。

タイトルの『鎖』は、ただの雰囲気ワードではない。読み進めるほど、これは構造そのものを言っている、とわかってくる。

目次

復讐するはずの男が、なぜか探偵役になる

荒木あかね『ちぎれた鎖と光の切れ端』

おすすめ度:(4.8)

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第一部の舞台は、熊本県島原湾に浮かぶ無人島、徒島。そこにある海上コテージへ、過去のある事件でつながった八人の男女が集まる。

外部との接触は限られ、逃げ場はない。はい、みんな大好きクローズド・サークル開店である。私としても、こういう状況が出てきた時点でだいぶニヤついてしまう。もちろん事件は悲惨なのだが、舞台設定としてはかなりごちそうだ。

ただ、本作の第一部にはかなり面白いひねりがある。視点人物の樋藤清嗣は、単なる巻き込まれ役ではない。彼は、かつて非業の死を遂げた先輩の無念を晴らすため、島に集まった七人を殺そうとしている。つまり、彼自身が犯人になるつもりで島に来ているのだ。

ところが、いざ復讐を始めようとした矢先、別の誰かが参加者を殺し始める。ここで一気に話がややこしくなる。殺す気満々だった男が、自分より先に殺人を始めた何者かを探さなければならなくなる。

つまり犯人になる予定の男が、探偵役をやる羽目になるわけだ。なんという面倒くさい状況!だが、ミステリとしてはかなりおいしい。

樋藤は復讐のために、島に集まった人々の過去をかなり調べている。つまり、彼は最初から情報を持っている。普通の探偵なら、事件が起きてから調査を始めるだろう。だが樋藤の場合、殺意が先にあり、調査はすでに終わっているのだ。なので復讐のために集めた情報が、今度は犯人探しの武器になるわけだ。この倒錯した構図が、本作の第一部をぐっと面白くしている。

しかも樋藤は、ただの冷酷な復讐マシーンではない。先輩を奪われた怒りは本物だし、彼なりの正義感もある。けれど、島にいる人々と接するうちに、「本当にこいつらを殺していいのか」という迷いも生まれてくる。これがいい。

復讐という言葉は、物語の中ではしばしば格好よく見える。だが実際には、人を過去に縛りつけ、自分の人生まで削っていく行為でもある。本作は、その苦さをちゃんと描いている。

そして、徒島で起きる殺人には不気味なルールがある。被害者は舌を切り取られる。さらに、前の殺人の第一発見者が次に殺される。

この設定がとても嫌だ。嫌なのだが、ミステリとしては強烈に引きがある。なぜ舌なのか。なぜ第一発見者なのか。考え始めると、頭の中で容疑者と動機がぐるぐる回り始める。

舌を奪うという行為には、声を封じる、真実を語らせない、沈黙させる、といった意味がまとわりつく。死体への異様な細工が、ただのショック演出ではなく、過去の罪や支配欲と結びついているのが本作の怖いところだ。

グロテスクなのに、そこに意味がある。いや、意味があるからこそ、余計に背筋に来る。

島だけで終わらず、大阪へ飛ぶのがすごい

第一部だけでも、かなり濃いクローズド・サークルとして読ませる。だが本作は、そこで幕を下ろさない。三年後の大阪へと物語が移る。ここで空気ががらっと変わる。

第二部の中心人物は、清掃員として働く横島真莉愛である。彼女は勤務中にバラバラ死体を発見し、新たな事件に巻き込まれていく。

第一部の樋藤が復讐心に縛られた人物だったのに対して、真莉愛はもっと日常に近い場所にいる人物だ。名探偵ではないし、超人的な推理力を持っているわけでもない。けれど、その普通さがいい。事件の中に巻き込まれながらも、生活の手触りを失わない。

この第二部では、物語の型も変わる。第一部が『そして誰もいなくなった』的な孤島ミステリなら、第二部は『ABC殺人事件』を思わせる連続殺人の変奏に近い。一見ばらばらに見える事件が、やがて徒島の惨劇と結びついていく。このつながり方が、本作の大きな読みどころである。

孤島では、人間関係が濃すぎる。逃げ場がなく、全員が互いを見張っている。大阪では逆に、人が多すぎる。誰もがすれ違い、誰かの苦しみが簡単に見えなくなる。この対比が面白い。閉鎖された島の恐怖と、都市の中で孤立する怖さ。まったく違う場所なのに、どちらにも人を縛る鎖がある。

真莉愛と女性刑事・新田如子の関係も印象的だ。第一部が復讐と罪悪感に引っ張られる物語だとすれば、第二部には、人と人が支え合うことで少しずつ前に進んでいく感触がある。

もちろん、ほんわか癒やし系ミステリではない。死体は出るし、過去は重いし、人間の嫌な部分も出てくる。だが真莉愛がいることで、物語に少し風通しが生まれる。

このあたりに、荒木あかねの現代的な感覚がよく出ていると思う。本作は古典的な本格ミステリの型を使っているが、描いているものはかなり今っぽい。地方の閉塞感、過去の加害、共犯関係、都市の孤独、日常の中にある小さな摩擦。そうしたものが、事件の背景にしっかり入っている。

だから本作は、パズルとして読んでも面白いし、人間ドラマとして読んでも重みがある。犯人は誰か、トリックはどうなっているのか、という楽しさはもちろんある。

けれど同時に、人はなぜ他人を縛ろうとするのか、なぜ声を奪おうとするのか、という方向にも意識が向いていく。こういう二重のおいしさがある作品は、やはり読んでいて燃える。

鎖を切るために、事件は暴かれる

タイトルにある『鎖』は、本作全体を貫く大事なモチーフである。鎖とは、物理的なものだけではない。血縁、地縁、罪悪感、共犯関係、復讐心、所有欲。いろいろなものが、人を縛る鎖として描かれている。

第一部の登場人物たちは、過去の事件によって互いに縛られている。仲間のようでいて、共犯者でもある。何かを知っている。けれど言えない。言ったら壊れる。そういう沈黙の鎖が、彼らの間に張り巡らされている。

だからこそ、舌を切り取るという殺人の形がぞっとするほど効いてくる。声を奪う行為が、彼らの抱えてきた沈黙と重なるのだ。

樋藤もまた、鎖に縛られている。先輩への思い、復讐の使命感、自分が何かを果たさなければならないという思い込み。それは一見すると美しい忠義にも見える。けれど、実際には彼自身をがんじがらめにしている。

復讐は、相手を罰するための行為であると同時に、自分を過去へつなぎ止める行為でもある。本作は、その危うさをかなり丁寧に描いている。

一方で、第二部の真莉愛は、その鎖と別の形で向き合う。彼女は事件に巻き込まれ、怖い思いをする。それでも、ただ過去に飲み込まれるだけではない。人と関わり、助けられ、自分でも少しずつ動いていく。その姿が、タイトルの『光の切れ端』に重なっていく。

ここでいいのは、本作が大げさな救いを用意しないところだ。事件は凄惨だし、失われたものは戻らない。罪を犯した人間が、きれいに洗い流されるわけでもない。そんな甘い世界ではない。

だが、それでも鎖の存在に気づき、それを切ろうとする瞬間には、ほんの少し光が差す。大きな太陽ではない。切れ端である。その小ささが、かえって胸に残るのだ。

ミステリというジャンルは、事件によって壊れた世界を、論理によってもう一度組み直す物語でもある。犯人を当てるだけが謎解きではない。誰が誰の声を奪ったのか。誰が何を隠したのか。誰が沈黙を押しつけられていたのか。それを明らかにすることもまた、ミステリの力だと思う。

本作は、その力をかなりまっすぐに使っている。孤島、連続殺人、奇妙なルール、伏線、反転。ミステリ好きが喜ぶ具材はしっかり入っている。しかも大盛りである。だが、ただの豪華盛り合わせでは終わらない。そこに、現代の人間関係の苦さや、社会の中で見えにくくなる孤独が混ざっている。

『ちぎれた鎖と光の切れ端』は、とてもサービス精神のある本格ミステリだ。孤島の惨劇もある。大阪での連続殺人もある。復讐者が探偵役になるひねりもある。タイトルが後から意味を持ってくる構成もある。

かなり盛っている。けれど、読んでいて盛りすぎで胃もたれするというより、まだ出てくるのか!と箸が進むタイプの盛り方だ。

そして最後に残るのは、トリックの快感だけではない。人を縛る鎖はどこから生まれるのか。声を奪うことは、どれほど残酷なことなのか。過去に縛られた人間は、それでも別の場所へ歩き出せるのか。そうした重みが、物語の奥からこちらに届いてくる。

本格ミステリは、まだまだ古びていない。むしろ、現代のしんどさを映すための器としてしなやかに進化している。荒木あかねは本作で、そのことをきっちり見せてくれた。

血なまぐさい惨劇の向こうに、ほんの小さな明かりが見える。その明かりがあるから、この物語はただ暗いだけでは終わらない。

凄惨で、重くて、それでもどこか前を向いている。

そのねじれた明るさこそが、『ちぎれた鎖と光の切れ端』の忘れがたい手触りである。

Amazonの聴く読書『Audible(オーディブル)』で聴ける神ミステリ10選

① 綾辻行人 『Another
② 有栖川有栖『月光ゲーム
③ 森博嗣『すべてがFになる
④ 麻耶雄嵩『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件
⑤ 今村昌弘『屍人荘の殺人
⑥ 殊能将之 『ハサミ男
⑦ 青崎有吾 『体育館の殺人
⑧ 知念実希人 『硝子の塔の殺人
⑨ 夕木春央『方舟
⑩ アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった

悠木四季

あの傑作ミステリを「聴ける」という奇跡!

私も利用しているけれど、「読む」とはまた違った良さがある。

何より、寝ながら聴いたり、散歩中に聴いたりと便利すぎるのだ。

この記事を書いた人

悠木四季
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書する人です。
特にミステリー小説が大好きです。

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