『聖女の論理、探偵の原罪』- 聖女がすべてを見通す世界で、探偵は何をするのか【読書日記】

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四季しおり
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書する人です。
特にミステリー小説が大好きです。

最近のミステリ界隈は、とにかく「特殊設定」が熱い。

タイムリープ、架空言語、記憶改変、謎の世界観……そうしたルールを作りあげた上で、それでも論理で殴ってくる作品が増えてきた。

そのなかでも、本作『聖女の論理、探偵の原罪』は群を抜いて挑戦的だった。

舞台は、かつて信者が集団自殺したという過去を持つ新興宗教団体「科学の絆」。その内部に探偵・新道寺が潜入する、という始まりからして物騒なのだが、もっとヤバいのはこの教団に君臨する“聖女”の存在だ。

彼女は、なんと〈万象観〉というすべてを見通す力を持っている。殺人事件が起きようものなら、彼女は一瞬で「犯人はAです」と言い放ち、それが真実となってしまう。

「じゃあ探偵いらなくない?」と思ったあなた。正しい。そしてその疑問こそが、この作品の出発点でもあるのだ。

探偵は論理の使徒であり、論証と検証をもって真実にたどりつく存在である。だが、そんな過程をすっ飛ばして「正解」だけが空から降ってくる世界で、探偵とは何者なのか? 存在意義はあるのか? そもそも論理って何のためにあるのか?

ミステリというジャンルが大昔から取り扱ってきた問いを、本作は〈万象観〉という装置を導入することで、いきなりメタ的に突きつけてくる。

これぞまさに「特殊設定ミステリ」の最前線だ。

目次

薬剤師と錬金術師と、そして聖女

まず簡単に、紺野天龍という作家の作品について触れておこう。

幽世の薬剤師』では、異世界で感染症や怪異に立ち向かう薬剤師が、現代医療と漢方の知識で謎を解いていく。『錬金術師の密室』では、錬金術の法則で密室トリックを構築する。

この時点で、異能や幻想的な世界観を「非論理的なご都合主義」ではなく、「ルールとしての別体系」に置き換えるという作風がすでに確立されているのだ。

だから今回の〈万象観〉もそうだ。ただの魔法ではない。あくまで「この物語世界における新たな物理法則」として組み込まれている。ルールがある以上、それを抜け道に使うトリックも構築できる。そして、それこそがこの作品の真髄だ。

〈万象観〉という神の視点があるにも関わらず、なぜ探偵が必要なのか? なぜ地道な捜査や観察が意味を持つのか?

その問いに答えるために、紺野天龍はあえて「聖女」という絶対的存在をぶつけてきたのだ。

「原罪」とは何か?論理と信仰の戦い

タイトルにある「探偵の原罪」とは何か。それは「疑うこと」そのものだ。

教団においては、聖女の言葉こそが神託であり、それに異を唱えること自体が罪とみなされる。だが探偵という職業は、まさにその罪を犯し続ける存在である。すべてを疑い、検証し、納得できるまで真実を信じない。そういう「業」を背負っているのだ。

聖女が「犯人はA」と言い、しかもそれが当たっていたとしても、新道寺は納得できない。

「なぜAなのか」「どんな手口で」「どうやって犯行が成立したのか」

そうした過程を、どうしても捨てられない。

この対立構造が本作の肝である。啓示としての答え vs 検証された論理。宗教 vs 科学。信仰 vs 疑念。そしてその根底には、「それでも人は自分の頭で考えるべきなのか?」という、極めて人文学的なテーマがうっすらと流れている。

と、書いている自分で驚くが、この小説、ラノベ風な装いの作品なのだ。宗教団体、潜入探偵、異能少女、陰謀……そういうノリの作品に、こんな重いテーマと哲学的問題をぶちこんでくるんだから、そりゃあ構造も複雑になるわけだ。

パワー系どんでん返しの衝撃

さて、ネタバレは控えるが、本作最大の特徴は「最終章」にある。

序盤の事件群は、正直トリック的には小粒だった。〈万象観〉の力によってパパッと解決され、探偵の出番もほとんどない。読んでいて「ああ、こういう構造か……」と納得してしまう人も多いと思う。

だが、そこが落とし穴。

すべては「刷り込み」なのだ。

「この世界では聖女が絶対」「人間の論理は無意味」

そう思わせるために、著者はあえて序盤で探偵を無力化している。だが最終章、それがごっそり覆る。ルールごとひっくり返される。ここで登場するのが、いわゆる「パワー系どんでん返し」だ。

しかもそれが、ただのミステリ的カタルシスでは終わらない。聖女の救済、探偵の赦し、そして「神の視点」と「人間の視点」の融合へと物語が向かっていく流れが熱い。

論理で神を凌駕するのではなく、論理が神の言葉に意味を与える、という感動的な落としどころ。個人的には、この最終章だけでご飯三杯いける。

特殊設定ミステリは、次なるステージへ

というわけで、『聖女の論理、探偵の原罪』は、ガチのミステリ好きにとっても読み応えのある一冊である。

異能系? ファンタジー? いやいや、これは論理の書だ。どんなに奇跡のように見えても、その裏には必ず「論理の通路」がある。そう信じるすべてのミステリファンに、本作はまさに「挑戦状」を叩きつけてくる。

「探偵とは何か」「なぜ私たちは推理小説を読むのか」「論理とは、本当に万能なのか」

そんな疑問に対して、ちょっとでも興味がある人にはかなり刺さるはずだ。

〈万象観〉という神の目の世界で、「疑う」という人間の営みは、はたして罪なのか、それとも救いなのか。

その答えを求めて、この奇妙な宗教団体の迷宮に、ぜひ潜入してみてほしい。

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