【自作ショートショート No.21】『完璧な家』

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街角にある家が売り出されていた。

なんでもその家は、近未来の技術を使った実験的な建物であるとのことだった。

そして『常に完璧な状態に保たれる非常に優れた家』というのが謳い文句であった。

どのようにして完璧な状態を保つのかというと、家の中を機械が常に管理していて、常に清潔な空気を送風し、食べ物を用意し、皿を洗い、ゴミが出れば捨てる。

虫が入ればすぐに始末し、埃が立てば掃除をするし、もちろん洗濯もする。

仕事から帰ってきた主人を手厚くもてなし、マッサージまで行い、翌日にはまた手厚くもてなして仕事に送り届ける。

この家は、家そのものもが完璧な家政婦のようなものなのである。売り出しているセールスが自らが住みたいと思う程あった。

しかし、流石にそれだけの機能が揃っている家だ。値段は普通の家の何十倍という価格で、買い手は中々つかなかった。

セールスの男は相変わらず、自分で住みたい程だと思っていたが、この男にそこまでの財力はなかった。

「この家は何でもやってくれる完璧な家なのだ」

ある時、この家を売るセールスは、友人のエヌ氏にこの家を勧めることにした。

友人に呼び出されてやってきたエヌ氏は、この完璧な家に一目惚れした。

何と言っても、エヌ氏はとても面倒臭がりで、その時に住んでいた家は空気も汚く、食べ物も買ってきたものばかり、しかも滅多に捨てることをしないのでどんどんゴミ箱が溜まっていく。

そうすると、虫が寄ってくることもしばしば。洗濯はたまにしかせず、掃除なんてもってのほか。ゴミ屋敷と言って然るべき家であったのだ。

そんなエヌ氏にとってこの家は理想の家そのものであった。エヌ氏は迷わずこの家を購入することにした。

貯金を全て注ぎ込み、ローンを組み、ようやく買うことができた。完璧な家を手にしたエヌ氏は、すぐにこの家に住み始めた。

それから少しして、家を売ったセールスの友人がやってきた。

その友人は、どうせエヌ氏のことだ、いくら完璧な家とはいえ、きっともう少しは汚しているだろう。と、そんな風に思っていた。

しかしどうだろう。招き入れられた家は隅から隅までピカピカで、チリのひとつも落ちていない。ゴミも溜まっていないし、洗濯物も散らかってはいなかった。

「流石に新築だから、きちんと管理をしているのだね」

「いいや、僕は何もしていないよ」

「本当に家が全部やってくれるのかい?」

「本当だ。ほら」

エヌ氏が指さす方に、虫が飛んでいた。友人を招き入れた時に偶然入って来た虫だった。

「汚染生物を排除します」

どこからともなく機械音声がそう言った。

そして次の瞬間、ビーっと赤外線のビームが虫を射抜いたのだ。パラパラと、床に焼け焦げた塵が散らばった。

「汚染生物を排除しました。処分します」

家は天井から箒を出してきて、床に散った塵を綺麗に掃き取り、そして窓の外にあるゴミ箱に素早く捨てた。

「汚染生物を処分しました」

外にあるこのゴミ箱のゴミは、定期的にゴミ処理業者が持っていってくれる。

ゴミが長く置かれることがないので、清潔な状態が維持できるのだ。

「なんて凄い家なんだ。自分で売っていながら、まさかここまでとは思わなかった」

「文句の付けようがない。正に完璧な家だ」

驚く友人の横で、エヌ氏は満足気に頷いた。

確かにこれは、面倒臭がりなエヌ氏にはもってこいな家であった。

「しかし、こんな家に住むとますます君は何もしなくなるだろうなぁ」

「そうかもしれないが、問題はない。僕が何もしなくても、この家は完璧なのだから」

「確かに、それもそうだ」

友人はエヌ氏の言葉に納得して帰って行った。

そして友人の言った通り、エヌ氏は以前にも増して面倒臭がりになった。

例えば、以前は食べた後の食器を流しに下げることだけはしていたが、それをしなくなった。

エヌ氏が下げなくても、家が勝手に下げて勝手に洗ってくれるからだ。

以前はゴミはゴミ箱に捨てていたが、その辺にポイと投げるだけになった。家が勝手に広い、ゴミ箱に捨ててくれるからだ。

洗濯物だってその辺りに脱ぎ散らかしておけば勝手に綺麗になるし、どこで髭を剃ろうと、爪を切ろうと、次の瞬間にはピカピカの家になっているのだ。

そうしてエヌ氏はどんどん何もしなくなっていき、ついには仕事にさえ行かなくなった。

エヌ氏は1日中、完璧な家の中で過ごすだけの生活を始めることにしたのである。

完璧な家で、完璧な生活を手に入れた。そう思っていた矢先のことである。

「なんてことだ!」

久しぶりに完璧な家にやってきたセールスの友人が、来るや否や大声をあげた。

「死んでいる」

ゴミ置き場にエヌ氏の死体が転がっていたのだ。

死体は丸焦げになっていて、まるで廃棄処分されたゴミのように捨てられていた。

友人は丸焦げになったエヌ氏をそのままにして、完璧な家の中に入った。

「汚染生物を処分しました」

家に入ってすぐ、機械音がそう言った。

「思ったよりも随分と早かったなぁ」

友人はとても嬉しそうだった。

無理もない。

最初からこれが目的だったのだ。面倒臭がりのエヌ氏が完璧な家に住めば、やがて何もしなくなる。

そうすれば、食べ散らかしてゴミを出すだけのエヌ氏を家は汚染生物と考えるだろう。

友人は最初からそのつもりでエヌ氏に家を売ったのだ。

「では、主人のいなくなったこの家は私が貰い受けよう」

エヌ氏はそのうち、ゴミ収集で回収されていくだろう。

こうしてセールスの友人は1円も払うことなく、この完璧な家を手に入れた。

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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