京極夏彦(きょうごく なつひこ)。
もはや作家というよりジャンルと化したこの名前を、いまさら紹介する必要もないかもしれない。
とはいえ、1994年の『姑獲鳥の夏』でデビューして以来、〈百鬼夜行〉シリーズや〈巷説百物語〉シリーズを筆頭に、日本文学の中で「怪異」を描くことの意味を三十年にわたり問い続けてきた作家であることは改めて押さえておきたい。
そして2025年末、KADOKAWAから出た新作『猿』は、京極夏彦の「今」がぎっしり詰まったちょっと異色の長編だ。
しかも今回は〈百鬼夜行〉などのシリーズには属さないノンシリーズ。タイトルはたった一字、『猿』。
漢字が得意じゃない人にもやさしい……かと思いきや、妙に原始的な不安を煽ってくる感じがなんとも不穏。
はたしてこの作品、どう読めばいいのか。いつもの京極堂的うんちく爆撃はあるのか? 説教っぽさは? そもそも怖いのか? 読み終わったあとに謎はちゃんと解けるのか?
いろんな疑問が浮かぶけれど、とりあえず先にひとつだけ言っておきたい。
この小説は、わかりやすく怖がらせてくれるタイプではない。
でも読み終えたあと、しばらく背中に視線を感じ続けるような、取り憑かれたような読後感が残るやつだ。
言葉が怪異を生む「猿がいる」という呪い

イラスト:四季しおり
物語の始まりは、なんてことない一言。
「猿がいる」
これがすべての始まりだ。
ポイントなのは、主人公が最初に猿を見たわけじゃなくて、他人の言葉でその存在を認識するということ。これはまさに、京極夏彦が初期から一貫して描いてきた、「怪異とは言葉である」というテーマの再提示だ。
曰く、怪異とは、名前を与えられてはじめて立ち上がる。名前を呼んだ瞬間、それはいることになってしまう。
『猿』でも、登場人物たちは猿を見たのか、それとも猿がいると思い込まされたのか、曖昧なまま恐怖に巻き込まれていく。
さらに、舞台は岡山の山奥、いわゆる限界集落。横溝正史ファンならニヤリとするこの舞台は、土着の因習や人間関係の密度を描くにはうってつけ……なのだが、今作で描かれるのは、人がいないことがもたらす怖さである。
空き家、崩れた農地、誰もいない家系図。かつての過干渉の村とは真逆の、誰も止めてくれないから怪異が増殖するタイプの恐怖。
その空白に入り込むのが、名前だけが与えられた『猿』という存在だ。
猿とは何か? わからないという魅力
『猿』の最大の怖さは、ずっと猿とは何なのかがはっきりしないところにある。
民俗的には、猿は神の使いだったり祟り神だったり、わりと扱いが二面性バリバリの存在。『遠野物語』など読むと、里と山をまたぐ存在として、いろんな話が出てくる。
さらに、心理学的には「人間に似ているけど違うもの」ということで、不気味の谷の代表格。姿は見えないのに、どこかにいる気配。それが本作の真の恐怖の正体だと思う。
さらに重要なのが、語り手がめちゃくちゃ不安定なことだ。一人称視点なのだけどどこか癖があり、なんだこの人?と思わされる瞬間が多い。
つまり『猿』は、語り手の内面と読者の想像を一緒くたにして揺さぶってくる怪異構造になっている。何が本当で何が嘘か分からない。だから怖い。
恐怖とは、理解できた気になった瞬間に足を掬われること
いま流行っているモキュメンタリーホラーや考察系ホラーと比べると、『猿』は明らかに異質。というか、そもそも真相がある前提すら揺らいでくる感じだ。
でもそれなのに妙にわかった気がする感覚が残る。理解したつもりになった瞬間に、もう戻れない。ホラーというより、ある種の文学トリックだ。
謎を解きたいというミステリ脳を逆手に取って、こちらの認識をぐにゃりと歪めてくる。そういう意味で、『猿』は読者の脳みそに直接棲みつくタイプの怪異小説だ。
では、どんな人にこの本をおすすめしたいか。
まず当然、京極夏彦ファンは問答無用で必読だ。シリーズをまたぐ知識の蓄積や、京極的恐怖のアップデートを堪能する意味でも、本作は避けて通れない。
そして、村ミステリや因習ホラーが好きな人にも強くおすすめしたい。横溝正史的な山奥の閉ざされた集落という舞台を、ここまで現代的にアップデートして見せた作品が読めるなんて本当にありがたい。
また、近年流行の考察系ホラーやモキュメンタリー形式の物語に、ちょっと情報過多な疲れを感じている人にもこの本は刺さると思う。説明も過剰な謎解きもない、ただ文章と想像力だけでゾクゾクさせてくる恐怖体験。最高じゃないか!
さらに「理屈はいいから、とにかく怖いやつを読みたい」というタイプの人にとっても、本作は打ってつけだ。怖さの質がひと味違う。
理由や背景の丁寧な解説なんかなくても、ちゃんと怖い。むしろ、よく分からないまま怖いという、ある意味いちばん厄介なやつである。
『猿』というたった一文字のタイトルの裏には、言葉・記憶・知覚ではどうにも制御できない何かが潜んでいる。
あなたがそれを見た瞬間、もういないとは言えなくなる。
そんなやつが、この本にはいる。
ページを開くとき、少し慎重になった方がいいかもしれない。
でも、それでも読みたいなら……ようこそ。

