元刑事の仲山は、離婚後5年ぶりに会った娘を連れてテーマパークに行った。
久々に娘と過ごす時間にぎくしゃくしながらも、仲山は一緒に楽しもうと巨大観覧車ドリームアイに乗る。
ところが動き出してすぐに、事件が起こった。
観覧車が何者かにジャックされ、急停止したのだ。
さらに12基あるゴンドラのひとつが本体から外され、地上に落下。
犯人は自らを「小人」と名乗り、身代金を要求。従わない場合は次々にゴンドラを落としていくと言う。
仲山と娘が乗ったゴンドラも、いつ落とされるかわからない。
しかも犯人は、警察との交渉役として、なぜか仲山を指名してきた。
不審に思いながらも、仲山は娘や他の乗客たちを守るため警察との交渉にあたる。
一方地上では警視庁のエリート・貝崎がこの事件を担当し、仲山からの交渉を受けることに。
ところが貝崎は、刑事時代の仲山と犬猿の仲だった。
仲山はこのピンチの中、警察との交渉を成功させ、生還できるのか?
ゴンドラという閉鎖空間での死闘
『再愛なる聖槍』は、元刑事の仲山が観覧車ジャック犯の指示で警察と交渉を進める、社会派ミステリーです。
犯人が一体誰なのか、なぜ観覧車をジャックしたのか、なぜ仲山を交渉役に指名したのか、多くの謎が渦巻く中、物語はスリリングに進んでいきます。
なにしろこの観覧車、作りがかなり巨大で、ゴンドラは約120メートル上空で宙吊りになっている状態。
そんな高さから、交渉がうまく進まなかったり時間がかかったりするたびに、ゴンドラがひとつ、またひとつと落とされていくのです。
地面に叩きつけられたゴンドラは激しく燃え上がり、中にいた乗客は当然即死。
交渉役を務める仲山の責任は、重大です。
しかも犯人は用意周到で、周辺の電波を遮断し、通信を妨害しています。
そのためゴンドラ内では携帯は使用できませんし、備え付けの受話器はありますが、スタッフとの連絡用でしかありません。
ちなみにゴンドラの扉は安全のために外から厳重にロックしてあるので、内部から開けて逃げ出すことは不可能。
つまりかなりの行動制限があるわけで、これが人質たちの焦燥感をさらに駆り立てます。
恐怖とパニックの中、人々の祈りむなしくゴンドラが次々に落下し、地上で爆音と爆炎がみるみる広がっていく様子に、読み手も心臓がバクバク!
描写にリアリティがあるため、まるで映像を見ているかのような迫力を楽しめます。
5年前の事件から生まれた確執
娘と一緒にゴンドラに閉じ込められた仲山の奮闘も、見どころのひとつです。
さすが仲山は元刑事、厳しい行動制限の中でも、冷静に適切に対処しようとします。
スピーカーから聞こえてくる犯人の指示を慎重に聞き、分析しつつ、受話器でスタッフと連絡を取り、警察との連携を図るのです。
今でこそ刑事を辞めていますが、必死に人々を守ろうとする姿から、現役時代にはとても優秀だったことがわかります。
また真横では5年ぶりにやっと会えた愛娘が泣きじゃくっており、それをぬいぐるみで懸命になだめる姿からは、父親としての愛情と責任感の強さも伝わってきます。
だからこそ、どうして刑事を辞め、離婚までしたのか、なんだか気になりますね。
一方地上では、警視庁捜査一課の貝崎の視点で物語が進みます。
貝崎は、仲山とは警察学校時代からの同期で、刑事時代はライバル的存在でした。
ライバルというか、貝崎の方から仲山を一方的に敵視していた感じ。
仲山はキャリア組でありながら昇進を希望せず、地道な交番勤務を続けていたのですが、それが貝崎にはもどかしくて納得できなくて、当てつけのように華々しく活躍して昇進を重ねていったのです。
その貝崎が、果たして仲山とうまく連携してくれるかどうか、ここも気になるところ!
物語が進むと、さらに犯人側にも様々な事情があったことがわかってきます。
作中では5年前に少女殺害事件が起こっているのですが、犯人はその関係者でした。
しかも当時捜査を担当したのは仲山であり、仲山が刑事を辞めたのはその直後。
加えてこの件には貝崎も関与していたらしく…?
5年前に一体何があったのか、どんな確執が生まれたのか、観覧車ジャック事件にどう繋がっていくのか、謎はどんどん広がっていきます。
だからこそ全ての謎が明かされるクライマックスは最高!
まるでドミノ倒しのような興奮とカタルシスを味わえます。
読者への痛切な訴えかけ
『再愛なる聖槍』は、新鋭のミステリー作家・由野寿和さんのデビュー作です。
これがデビュー作とはビックリです!
勢いのあるストーリー運びといい、読者をハラハラさせる手腕といい、爽快感たっぷりの伏線回収と真相開示といい、あらゆる面でハイレベルで、完成度の高い作品だと思います。
また事件の裏側に痛烈なテーマが隠されているところも、本書の魅力のひとつ。
詳しくは伏せますが、事件の発端となっているのは、人間が持つ「無関心という冷たさ」だったりします。
たとえば道端で子供が一人ぼっちでいても、別段気にせずに通り過ぎることって、今の時代では珍しいことではないですよね。
なんなら下手に声をかける方が、不審者扱いされそうでヤバいという風潮すらあります。
どちらにしても「無視」しているわけで、それは時として大惨事を引き起こすかもしれません。
本書はその危険性を、仲山と貝崎と犯人の人間関係を通じて、読者に強く厳しく訴えかけているのです。
観覧車ジャックという事件が派手でインパクトが大きいからこそ、訴えがどれほど切実であるか、読者にはひしひしと伝わってきます。
またタイトル『再愛なる聖槍』にある「聖槍」とは、新約聖書に登場する聖遺物「ロンギヌスの槍」のことです。
キリストを処刑した時、本当に絶命しているか確かめるために遺体の脇腹に挿し込んだと言われている槍ですね。
この槍が本書のストーリーにどう絡んでくるのか、「無関心という冷たさ」とセットで、ぜひ考えながら読んでいただきたいです。
そうすることでこの社会はミステリーの傑作を、より深く堪能できると思います。