1977年、マンハッタンのバレエシアターでの公演中、主役のクレスパンが何者かに殺された。
調べによると、彼女の死亡推定時刻は二幕と三幕の間。
しかし奇妙なことに、彼女は三幕以降も舞台に上がり、最後まで踊りきったとのこと。
では死亡推定時刻が間違っていたのか、それとも彼女は死してもなお踊ったというのか。
この謎を誰一人として解き明かすことができず、事件は迷宮入りとなった。
それから20年。
この事件は「死後も踊り続けた伝説のバレリーナ」として再び注目を集め、映画化された。
探偵・御手洗潔は、スウェーデンの友人ハインリッヒの誘いで映画を見て、謎解きに挑戦してみることに。
果たして御手洗は、真相を掴むことができるのか?
死亡時刻の合わない密室殺人
『ローズマリーのあまき香り』は、1981年にスタートした「御手洗潔シリーズ」の31冊目となる作品です。
長編としては実に7年ぶりの登場なので、首を長~くして待っていたファンも多いのではないでしょうか?
本書はそのファンを裏切ることのない、「これぞ御手洗潔シリーズ!」と言える内容です。
ページ数も600超えと辞書のようなボリュームであり、心行くまで御手洗潔ワールドを楽しめる一冊ですよ。
物語としては、20年前に撲殺されたバレリーナ・クレスパンの謎を追うというものです。
不可解な点がいくつもあって、まず殺害の場所が地上50階にあるバレリーナ用の控室で、警備員によると事件の時間帯には誰も出入りしていなかったそうなのです。
しかも部屋には鍵がかかっており、中から開けない限り殺害は不可能、つまり密室殺人ということですね。
さらに極めつけが、死亡推定時刻に当の本人クレスパンが、舞台に上がり踊っていたという点。
遺体が替え玉だったのか、はたまた別人がなりすまして踊ったのか。
でも遺体は間違いなくクレスパンのものでしたし、舞台にいたのもどう見てもクレスパンだったと共演者や観客が言っています。
一体どういうことなのでしょうか?
また、舞台でクレスパンは額から血を流しており、さらにローズマリーの香りも漂わせていたらしく、このあたりも謎めいていますね。
真相はどこにあるのか、警察は首をひねるばかりで、結局事件は迷宮入りになってしまうのですが、それを20年の時を経て、あの人が解決します。
お待ちかね、奇想天外な大天才、我らが御手洗潔です!
やはり御手洗潔は天才だった!
『ローズマリーのあまき香り』で御手洗潔が登場するのは、なんと300ページを過ぎてから。
それまでは延々と事件の謎や逸話が語られるのです。
いや、もちろんこの部分が冗長というわけではなくて、これはこれで面白いです、抜群に!
ナチスの収容所やユダヤの話、白鳥の逸話、銀行強盗の話などなど様々な方向にベクトルが向くのですが、どれも「へえ~!」と思える話ばかりで、興味を引っ張られる形でグイグイと読めます。
とはいえ読者としては、やっぱり御手洗潔に会いたいので、「いつ出てくるの~?」と、やきもきしながら辞書のようなこの本を懸命に読み進めることになります。
でもご安心を。7年ぶりの長編で、300ページを超えてようやく登場する御手洗潔は、文句なしにあの御手洗潔!
見た目はカッコイイのに、趣味や考え方が独特すぎて性格的にもムラッ気ありまくりの変人で、それでいてスペシャル級の頭脳を持つ、皆が愛してやまない名探偵です。
そして御手洗が出てきてからは、事件はトントン拍子に解決へと向かっていきます。
とにかく発想がすごくて、一見バラバラな点と点とを次々に結び付けて、真相へと迫っていくのですよね。
いや~、まさか前半のあの全くベクトルが異なる複数の話が、全部ひとつに繋がるなんて思いもしませんでした、御手洗さすが!
彼の手にかかれば、20年間誰ひとりとして解決できなかった事件も、サクッと論理で片が付くのですね。
さんざん待たされての真打登場ですが、目を見張るような活躍にはもう、大満足の一言!
また、物語の最後の最後でタイトル『ローズマリーのあまき香り』の意味が明らかになり、そこにもスッキリ納得しての気持ちの良い読了となります。
御手洗潔シリーズの新たな代表作
『ローズマリーのあまき香り』は、1977年に起こった事件を、20年後の1997年に御手洗潔が解決するという物語です。
御手洗は1994年からスウェーデンに移住して脳科学の研究をしており、今作はまさにその時期。
横浜にいた時期と比べると、スウェーデンの御手洗は比較的おとなしくしていたのですが(もう50歳くらいなので年相応かな?)、でも今作の御手洗はその殻を見事にブチ破ってくれました!(年相応はどこいった!?)
作者の島田荘司さんは、今回「代表作レベルの新作を書かないといけないぞ」というお気持ちで執筆されたそうです。
そのおかげもあってか『ローズマリーのあまき香り』は、シリーズならではの魅力がたくさん出ており、古くからのファンも納得の、まさに代表作たるべき一冊になっていると思います。
物語のテンポが良くキャラクターも立っているので、今回初めてシリーズを読む方でも入りやすいと思います。
ただひとつ惜しむらくは、御手洗の日本での相棒でありワトソン役の石岡君が登場しないこと。
もちろん北欧での相棒・ハインリッヒも良い味を出しているのですが、石岡君のファンは、もしかしたらちょっとガッカリしてしまうかも?
でも実は島田荘司さんご自身が、今作執筆後のインタビューで「石岡君の話も早く書きたい」と語っておられました。
ということは、もしかしたら近い将来、日本でのハチャメチャな二人に再びお目にかかれるかもしれませんね。
シリーズの今後に期待が膨らみ、ますます目が離せなくなりそうです!

