大学で事務職員として働いている美桜は、ある日警察から妹の妃奈の遺体が山中で発見されたことを知らされる。
10年以上前に父親を殺され母親が行方不明になっている美桜にとって、妃奈は唯一の肉親だった。
悲しみに暮れる美桜。
しかし追い打ちをかけるように、さらなる問題が起こる。
「妃奈が以前の恋人を保険金目当てで殺した」という噂が流れるようになったのだ。
これにより美桜は、週刊リアルの記者に追い掛け回されることに。
美桜はなんとか妃奈の濡れ衣を晴らそうと、ジャーナリスト志望の渚の協力を得て調査を進めるが、そんな中で衝撃的な情報を聞く。
かつて父を殺した犯人・佐神が、10年の刑期を終えて出所した後、所在不明になっていたというのだ。
さらに警察から、行方不明だった母が遺体となって発見されたことを告げられる。
この一連の出来事には、何か繋がりがあるのだろうか。
10年前の父の死に始まり、妹と母まで殺され、次は自分がターゲットになるのではないか。
不安を胸に、美桜は真相を求め事件に立ち向かっていくが―。
連続する不幸の裏側に潜むもの
『レモンと殺人鬼』は、家族を次々に殺された美桜が、その謎を解き明かしていくミステリーです。
見どころは、美桜に次から次へと不幸な出来事が起こるところ。
なんせ10年前に父を殺した犯人が出所し、その矢先に妹を殺されて、さらに行方不明だった母親まで遺体で発見されるのです。
しかも殺された妹が保険金殺人をしたというあらぬ疑いをかけられて、美桜はマスコミに追われるようになります。
加えて、勤め先の大学でイジメも起こります。
中学生の時に歯並びの悪さで美桜をさんざん馬鹿にしていた真凛が、大学でも美桜を笑い者にするのです。
それも、わざわざ友達や彼氏を引き連れて、美桜を指さして……。
この他にも、何者かにぬいぐるみにガラスの破片を仕込まれたり、ロッカーに鶏の死骸を入れられたりと、とにかく辛い目に遭い続ける美桜。
冒頭から、これでもかこれでもかと救いのない展開が続くので、読者はハラハラさせられっぱなしです。
可哀想ですし、それ以上に「何者かの意図」が見え隠れしていて怖いのですよ。
イジメはともかく、妹や母親の死には明らかに何か裏がありそうですし、鶏の死骸などは美桜に対する警告のようにも見えますよね。
「次は美桜が殺されるのでは？」というサスペンス感があって、ヒヤヒヤしながら先を読まずにはいられなくなります。
どんでん返し後の戦慄のラスト
前半では悲劇がひたすらに続く『レモンと殺人鬼』ですが、後半に入ると流れが一転。
今度はなんと、どんでん返しが連続して起こるようになります。
ここが本書の一番の見どころ！
それまで信じていたものも疑っていたものも片っ端からひっくり返るので、衝撃的すぎて面白くてページをめくる手がますます加速します。
ネタバレにならない範囲でご紹介すると、まずあのイジメっ子の真凛が、イジメをぱったりとやめて美桜を無視し続けるようになるのですが、その理由に唖然。
まさか真凛がそんな心境だったなんてと、彼女の印象が少し変わりました。
そして、美桜をサポートしてくれたジャーナリスト志望の渚。
彼は真凛よりも大きく印象が変わったキャラクターで、前半は親切で頼りになる人に見えていたのに、後半で表した本性に、本気で驚かされました。
何より衝撃的だったのが真犯人の正体で、予測をド派手に裏切ってくれました。
いや、まさかあんな真相が隠されていたなんて、全然思いつきもしませんでしたが、言われてみるとめちゃめちゃ辻褄が合うのですよね。
途中で何度か挟まれていた犯人らしき人物の独白にも、見事に騙されました！
そして終盤で明らかになる、「レモン」の意味。
『レモンと殺人鬼』というタイトルからして、何らかの大きな意味を持つ存在なのだろうと予想はしていましたが、まさかこれほど根が深かったとは。
しかもその後に続くクライマックスの恐ろしさと言ったら！誰がこんな展開を予測できたでしょうか？
心を壊された人間が、何をきっかけにどうなってしまうのか、戦慄必至のラストシーンが待っています。
皆が異常性を秘めている
『レモンと殺人鬼』は、なんとなく爽やかなイメージのあるタイトルですが、内容はなかなかどうしてハードでドロドロしていましたね。
何がすごいって、ほとんどの登場人物が、一見まともそうなのに、そうではないのです。
最初から壊れている人もいますが、多くの人物は真面目な良い人っぽいのに、後になってから実はとんでもなく異常な部分を秘めていたことがどんどん明かされていくのです。
それは主人公の美桜も例外ではありません。
蓋を開けてみれば、美桜も含めて皆どこかおかしくて、歯車は最初から狂っていたことに気付かされます。
読後感は、「人間って怖い」の一言！
『レモンと殺人鬼』という爽やかなタイトルなのに、読み終えて、レモンが何を引き起こしたのか、殺人鬼とは一体誰のことだったのかを知ってしまった後は、もう到底爽やかには見えません。
破滅の序曲とか、人間の汚らしさの根源とか、そういうおどろおどろしたものに感じられるくらいです。
作者のくわがきあゆさんは、「びっくり箱のようなインパクトのある物語を書きたい」という気持ちで小説を執筆されているそうです。
『レモンと殺人鬼』は、まさにそのような作品だと思います。
実際、読む人をギョッとさせ続ける展開が評価され、第21回『このミステリーがすごい！』大賞文庫グランプリ受賞作に選ばれたほど。
衝撃たっぷりのミステリーを楽しみたい方には特におすすめですので、ぜひ読んでみてください！
