異常性の極み。飴村行『粘膜シリーズ』を語ったりする【読む順番】

飴村行『粘膜シリーズ』の読む順番
- 『粘膜人間』(2008年)
──シリーズの原点。戦時下×河童=粘膜世界の基礎設定が提示される。 - 『粘膜蜥蜴』(2009年)
──ヘルビノ(爬虫人)登場。粘膜世界の地政学が一気に拡張される。 - 『粘膜兄弟』(2010年)
──田舎町を舞台にした異様な兄弟の物語。シリーズ随一の気持ち悪さ。 - 『粘膜戦士』(2012年)
──短編集。シリーズの重要キャラが再登場し、世界観がさらに広がる。 - 『粘膜探偵』(2018年)
──粘膜流のミステリ。ナムール王国での奇怪な連続殺人事件。 - 『粘膜大戦』(2026年)
──これまでの粘膜世界が総動員される集大成的作品。最後に読むのが吉。
2008年に日本ホラー小説大賞をかっさらったデビュー作『粘膜人間』を読んだ時の、脳が直接汚されるような感覚はちょっと他に類を見ない。
戦時中の日本を舞台に、キュウリ好きの妖怪・河童をヌルヌルしたおぞましい粘膜生物として描き直すその発想。おまけに描写はエグいわ、暴力は凄まじいわで、当時の読者(と私)に一生モノのトラウマを植え付けた。
でも、ただの悪趣味なエログロで終わらないのが飴村作品の恐ろしいところだ。 作中では河童や「爬虫人(ヘルビノ)」といった異形たちが、さも当然のように人間社会に混じって暮らしている。この狂った設定が、不思議とこの世界のどこかに本当にいるんじゃないかと思わせる、奇妙なリアルさがあるのだ。
しかも、これだけ酸鼻を極める内容なのに、文章がめちゃくちゃ端正で美しいのがまたタチが悪い。冷徹で隙のない筆致のせいで、グロテスクな光景がどこか高潔な美しさすら帯びて見えてしまう。まさに変態的リアリズムの極致だ。
というわけで、今回は中毒者続出の『粘膜シリーズ』をどう読むべきか、全6作品を整理してみた。
もちろん、万人にはおすすめできない。
でも、一度そのヌルリとした世界に足を踏み入れてしまったら最後、『粘膜』の虜になるはずだ。
1.その殺意は、粘液とともに増殖する── 『粘膜人間』
【おすすめ度:(5.0)】
昭和初期の静かな村。
そこに、怪獣のような巨体を持つ小学生・雷太がいた。
身長195センチ、体重105キロ。この異形の弟から振るわれる凄惨な暴力に耐えかねた兄たちは、ついに禁断の一手に手を伸ばす。それは、村外れに住む忌まわしき異形、本物の河童に暗殺を依頼することだった。
仲介人のベカやんを通じて現れた河童たちは、僕らが知る愛らしい姿とは似ても似つかない。人間の脳を好み、卑猥な欲望に忠実で「グッチャネ」なんていう独特の言葉を口にする、おぞましくもどこか愛嬌のある怪物たちだ。
彼らが提示した報酬はあまりに非人道的だったが、弟への恐怖に駆られた兄弟は、ついにその契約書に血を滲ませる。そこから始まるのは、家族の崩壊と、血と粘液にまみれたノンストップの悪夢だ。
ラッキョウが潰れるような、生理的リアリズム
見どころは、なんといっても河童という存在の再定義だ。清流の妖精なんて幻想を、飴村行は木っ端微塵に粉砕する。
キョリキョリと脳を啜る音、ラッキョウが潰れるような生々しい音。視覚だけでなく聴覚や触覚にまで訴えかけてくる描写は、もはや活字を超えて、読者の肌に直接『粘膜』の手触りを植え付けてくる。
特に中盤の拷問シーンや、幻覚剤「髑髏」が見せる悪夢的なビジョンは、まさに脳天を貫かれる衝撃だ。清美への執拗な責め苦などは、読者の正気を試してくるような凄まじさがある。
けれど、不思議なことに、この地獄を潜り抜けた後には、なぜか少年漫画のような爽快感と、奇妙な開放感がやってくる。この「最悪なのにどこか清々しい」という飴村節の真骨頂が、すでにデビュー作で完成されているのだから怖い。
端正な文体で綴られるからこそ、汚濁がより鮮明に、より美しく浮かび上がる。この逆説的な美学こそが、本作を単なるスプラッターに留まらせない、文学としての風格を与えている。
読み終えたとき、手元に残るのは納得感ではない。自分の内側にある倫理という薄皮が、一枚ペロリと剥がれ落ちたような、不思議な感触だ。
この物語は、平穏な日常のすぐ隣に、粘つく闇が口を開けていることを教えてくれる。
2.爬虫人と坊ちゃん、地獄の密林でダンスを── 『粘膜蜥蜴』
【おすすめ度:(4.3)】
本を開いた瞬間、ねっとりとした湿気が部屋に満ちる感覚。粘膜シリーズ2作目の『粘膜蜥蜴』は、まさにそんな一冊だ。
日本推理作家協会賞なんていう立派な肩書きがついているけれど、中身はとんでもなく尖っている。エグい、汚い、でも目が離せない。そんな悪趣味な快楽に満ちた物語だ。
舞台は大戦末期の日本、重苦しい空気が漂う大病院。そこの跡取り息子・雪麻呂が、とにかく救いようのないヤツだった。特権階級の傲慢さをこれでもかと煮詰め、爬虫人の従者・富蔵をこき使いながら、地下室で死体遊びに興じる。もうドン引きだ。
ところが、中盤から物語は急転直下、戦地のナムールという架空の小国へと飛ぶ。ここからのサバイバルホラーが、また凄まじい。巨大なミミズや脳を食らう野生の爬虫人。兵士たちが次々と無惨に散っていく地獄絵図は、まるでパニック映画を観ているような疾走感だ。
偽物の中に宿る、本物以上の重み
見どころは、なんといってもこのナムールという国の作り込みだ。実在しないはずの土地の神話や風習が、あまりに緻密に描かれているから、気づけば自分もその密林を彷徨っている気分になる。
この嘘の歴史を積み上げていく手法は、どこか映画監督の押井守的なマニアックさがあって、その世界観にどっぷり浸かるのが最高に心地いい。
何より、雪麻呂と富蔵のやり取りが面白い。凄惨な描写が続く中で、二人の毒舌混じりの掛け合いは、まるで質の悪い漫才を観ているようで、妙な中毒性がある。富蔵の醜悪な見た目に反した献身的な姿勢。それが物語の後半、大きな意味を持ってくるあたりで、胸がざわつき始める。
バラバラだった二つの物語が交わるとき、「愛」という言葉の、本当の重さを知ることになる。それは教科書に載っているような綺麗なものではない。泥にまみれ、血を流し、それでも離れられない共依存の果てにある、一点の曇りもない透明な感情だ。
読み終えたあと、きっと混乱するはずだ。あんなに気持ち悪かったはずの景色が、なぜか愛おしく見えてくる。胸の奥に残るのは嫌悪でも恐怖でもない。もっと粘ついた、説明のつかない感情だ。
救いなどどこにもないはずなのに、なぜか二人の行く末から目を逸らせない。
『粘膜蜥蜴』とは、美しさと醜さが同じ場所で絡み合ったときに生まれる、どうしようもなく純粋な物語なのである。
そしてこの『粘膜』の感触は、一度触れたら二度と拭い去ることはできない。
3.双子の恋と異形の狂宴── 『粘膜兄弟』
【おすすめ度:(4.5)】
戦時下のどんよりした空気を、これでもかと不謹慎な笑いで塗りつぶす。粘膜シリーズ3作目『粘膜兄弟』は、シリーズの中でもとりわけ、笑いと絶望のバランスが絶妙な一冊だ。
前作までの、胃の奥がせり上がるような重苦しさはそのままに、どこかトボけた軽妙さが加わって、読み味はさらに中毒性を増している。
主役は、冴えない双子の兄弟・磨太吉と矢太吉。両親を亡くし、身を寄せ合うように生きる彼らが、カフェーの女神・ゆず子に恋をするところから物語は動き出す。自分たちには高嶺の花だと諦めていたのに、あろうことか彼女の方から誘いがかかる。
舞い上がる兄弟。だが、これこそが底なしの地獄への招待状だった。彼女の微笑みの裏には、軍部が絡む真っ黒な闇が潜んでいたのだ。
彼らの周りを取り囲むメンツも、相変わらず正気の沙汰じゃない。口を開けば卑猥な言葉しか出てこない使用人のヘモ爺に、圧倒的な暴力の化身・黒助。さらには河童の吉太郎まで再登場するっていうんだから、シリーズファンにはたまらない同窓会(地獄絵図)状態だ。
爆笑の直後にやってくる、不条理な拷問の肌寒さ
見どころは、なんといってもそのブラックすぎるユーモアだろう。特にヘモ爺や幼い爬虫人たちとのやり取りは、不謹慎を通り越してもう笑うしかないレベルのシュールさに満ちている。
凄惨な拷問や殺戮が繰り広げられているすぐ横で、キャラクターたちがどこか抜けた会話を繰り広げる。この温度差に脳がバグる感覚、これこそが粘膜シリーズの醍醐味だ。
物語の後半、純粋な恋心は軍の実験や異形たちの狂気に飲み込まれ、ドロドロの血塗られた劇へと変貌していく。特に、圧倒的なパワーを持つ黒助の暴走は圧巻だ。そうなるしかなかった、という絶望的な納得感とともに、物語は誰も予想できない結末へと突き進む。
前作に比べればグロ描写は少し抑えめなんて声もあるが、その分、エンタメとしてのキレは過去最高だ。不条理な拷問の最中に飛び出す「今目の前で物凄ぇ事が起きてる気がすんな」というセリフ。まさに読んでいる私たちの心境そのものである。
笑いとグロ、そして持たざる者の悲哀。すべてを煮詰め直したこの作品は、まさにシリーズの集大成。
シリーズ最高傑作との呼び声も高いこの狂騒劇を、食わず嫌いするのはあまりにも勿体ない。
4.泥濘の戦地で、僕らは人間を脱ぎ捨てる── 『粘膜戦士』
【おすすめ度:(4.0)】
舞台はまたしても、あのねっとりとした熱気が漂う東南アジアの戦地。けれど、今作は少し毛色が違う。複数の人生が、目に見えない糸で手繰り寄せられるように交差する、地獄の群像劇だ。
究極の命令を下された軍曹、人体改造を施されてバケモノじみた姿で戦場に舞い戻った兵士、そして、爬虫人に歪んだ憧れを抱く無垢な少年。
戦時下という狂った日常の中で、彼らの物語は「粘膜」を共通言語に、一つの巨大な渦へと収束していく。国家という怪物に翻弄され、使い捨てにされる個人の無力さが、これでもかと冷徹に描かれている。
これまでのシリーズでお馴染みの顔ぶれも、意外な形で登場する。拷問コンビの暗躍や、あのヘモやんの影……。ファンにとって嬉しいサービス精神も満載だが、その再会を喜ぶ暇もないほど、物語のトーンはどこまでも重く、暗い。
大人の本気が、子供の理想を粉砕する絶望
一番の見どころは、飴村行が描く暴力のアンバランスだ。子供の正義なんて一瞬でひねり潰されてしまう、一切の容赦がない現実。
人体改造のエピソードで見せる、肉体が物質として解体され、再構築されていく描写の凄まじさは、まさに身体変容ホラーの真骨頂。ページから血と油の匂いが漂ってきそうな迫力だ。
一方で、爬虫人に夢中になる少年の視点が、この血生臭い群像劇に奇妙な切なさを添えているのが心憎い。無垢な憧れが、大人の都合や戦争という暴力によって汚されていく様は、どんなグロ描写よりも胸にくるものがある。
バラバラに散らばっていたピースが、最終的に「粘膜的真実」として一つに重なる瞬間。そこにあるのは、カタルシスなんて呼べる生易しいものじゃない。もっと情熱的で、それでいてひたすら過激な、作家の魂の叫びそのものだ。
世の中を舐めきっていた過去の自分への怒りを投影したという本作は、読み手の心に深い爪痕を残さずにはいられない。
救いなんてどこにもない。でも、この剥き出しの人間性を見せつけられた後では、いつもの景色がひどく空虚に感じられるはずだ。
5.少年探偵団の夢を粉砕する、血塗られた大人の遊戯── 『粘膜探偵』
【おすすめ度:(4.0)】
戦時下の東京、正義感だけは一人前の14歳、鉄児。憧れのトッケー隊に入ったものの、不祥事に巻き込まれて謹慎という、なんとも世知辛いスタートを切る。
汚名返上のために彼が首を突っ込んだのは、街で噂の保険金殺人事件。これだけ聞くと王道の少年探偵モノのようだが、相手は飴村行だ。そんな綺麗事で終わるはずがない。
少年の純粋な探究心は、軍の深い闇、大陸から来た異形の植物、そして眠り続ける謎の老女という、触れてはいけないタブーの核心に触れてしまう。
さらに、あの『粘膜人間』で読者を恐怖のどん底に叩き落とした伝説の幻覚剤「髑髏」が再登場。大人たちのどろどろとした欲望が渦巻く帝都で、少年たちは理性を根こそぎ奪われるような地獄へと突き落とされる。
世間を舐めた子供をひねり潰す、圧倒的なリアリズム
見どころは、なんといっても鉄児たちトッケー隊の少年描写だ。自分たちを正義の味方だと信じて疑わない彼らが、大人たちの底知れない悪意や、国家という暴力の前に叩き潰される様は、読んでいて胸がキリキリする。
著者がかつての自分を投影したという彼らへの視線は、冷徹なまでの自己批判に満ちていて、物語に容赦ないリアリティを与えている。
ミステリとしての面白さも格別だ。緻密に張られた伏線が、後半にかけて怒涛の勢いで回収されていく展開は圧巻。新キャラクターの爬虫人・影子の魅力も相まって、シリーズの世界観はさらに濃密になっている。幻覚の中で繰り広げられる凄惨な拷問シーンの迫力は相変わらずで、物語への引力が尋常じゃない。
物語のトーンは秩序立っているように見えて、ラストの加速ぶりはもはや狂気。これまでの秩序をあざ笑うかのようにすべてをなぎ倒していくスプラッター展開は、まさに飴村流の破壊的な開放だ。
希望は潰え、理想は踏みにじられ、人間は簡単に壊れる。それでも完全には消えないものがある。
戦場の泥濘の中でなお残った感情。それこそが、この物語のすべてだ。
この本は、あなたの安らかな眠りを奪い、世界を違った色に変えてしまう毒薬である。
6.泥濘のジャングルに響く、異形たちの凱歌── 『粘膜大戦』
【おすすめ度:(4.8)】
敗戦の足音が近づく帝国陸軍が、起死回生のために狙ったのは占領下ナムールの蜂起。黄金の仮面を被った姫を担ぎ出すための鍵「久遠ノ爪」を巡って、物語は再びあの呪われたジャングルへと帰還する。
密命を受けたのは、あの地獄を生き延びた堀川美樹夫大尉。さらに国内では、かつての傲慢な暴君・雪麻呂や、謎の孤児キノブといった面々が、軍部のどす黒い陰謀の中に放り込まれる。
シリーズを彩ってきたスターたちが一堂に会し、過去の因縁が複雑に絡み合いながら、未曾有のスケールへと物語が膨れ上がっていく様は、まさに圧巻の一言だ。
硬派な戦記と、不謹慎な笑いの奇跡的なマリアージュ
今作の凄みは、シリアスで重厚な戦記文学の文体の中に、ジャッキー・チェンの映画さながらの計算し尽くされたアクションと笑いが同居していることだ。
特に、緊迫した状況下で繰り出される「キノブのおみくじ」のようなシュールな笑いには、思わず椅子から転げ落ちそうになる。このギャップこそが、過酷な戦時下の物語に、歪んだ生命力を吹き込んでいるのだ。
ナムールの歴史や軍用車両の型番まで徹底的にでっち上げる著者の詐欺師的才能も、ますます磨きがかかっている。古風な軍隊用語を駆使した格調高い文章が、描かれる醜悪な人体破壊や欲望を逆に際立たせるという、飴村文学特有の逆説的な美学がここには極まっている。
人体破壊の過激さ以上に胸を打つのは、キャラクターたちの生き様そのものだ。還暦を前に「これを書かなければ人生が終わる」という危機感で生み出された言葉の数々には、作家としての執念が宿っている。
ラストに向かって加速するカタルシスは、長年このシリーズを追いかけてきた私たちへの最高のプレゼントだ。
奇想の原点にして頂点。飴村行が提示した『粘膜』という物語の、一つの到達点。
この血塗られた祭典に、参加しない手はない。



粘膜シリーズは、やはり刊行順に読むことをおすすめする。特にこの『粘膜大戦』は、最初からシリーズを読んできたからこそ楽しめるネタがいっぱい詰まっている。
おわりに


絵:四季しおり
一見すると、ただ過激なエログロとナンセンスをぶちまけただけの、悪趣味なB級ホラーに見えるかもしれない。
けれど、そのヌルヌルした深層を覗き込めば、緻密な歴史リサーチや人間の本質を抉り出す鋭い洞察が見えてくる。何より、凄まじい光景をあえて端正に書き切る文体の美学が詰まった、実はものすごく文学的なシリーズなのだ。
それぞれの物語は独立して楽しめるけれど、戦時下の日本や架空の地ナムールといった舞台、そして時代を超えてリンクするキャラクターたちが重なり合い、巨大な粘膜宇宙を作り上げている。
ページから溢れ出す粘液と血の匂いにクラクラしながらも、その先に広がる見たこともない景色に、なぜか驚嘆と、不思議な救いすら見出してしまうのが恐ろしいところだ。
『粘膜大戦』という大きな節目を迎えたこのシリーズは、日本のホラー・ミステリ史に刻まれる唯一無二の怪作として、これからも語り継がれていく。
飴村行が描く「粘膜」とは、私たちの平穏な日常のすぐ裏側にべったりと張り付いている、剥き出しの生と欲望そのものなのだ。































