C・A・ラーマー氏による『マーダー・ミステリ・ブッククラブ』は、オーストラリアを舞台にしたコージーミステリシリーズの記念すべき第一作です。ミステリをこよなく愛する人々が集う読書会が、ひょんなことから現実の事件に巻き込まれていく、そんな心躍る物語が展開されます。
物語は、主人公アリシアが長らく参加していた読書会に物足りなさを感じ、自ら新しい読書会を立ち上げようと決意する場面から始まります。テーマは、彼女の最も愛するジャンル──ミステリ。なかでもアガサ・クリスティ作品を中心に語り合うことを目的とした読書会「マーダー・ミステリ・ブッククラブ」がその舞台です。
アリシアにとって、それは理想の時間を共有する場所となるはずでした。しかし、新たな読書仲間との出会いとともに、日常はゆるやかに変化し、やがて彼女たちは現実の事件に向き合うことになります。ミステリ談義が、いつしか本物の謎解きへと変貌するのです。
「ミステリ好きによる、ミステリ好きのための読書会」が現実の事件に挑む――この構図は、ミステリファンにとってたまらない魅力を備えています。登場人物たちの熱量や推理の楽しさに共感しながら、読者自身も彼らとともに事件の真相を追うことができる点に、この作品ならではの醍醐味が宿っています。それはまるで、ミステリを読むという行為そのものを楽しむような、二重の喜びを与えてくれるかのようです。
ミステリ好き姉妹が立ち上げた、個性的な読書会の発足

読書会を立ち上げたのは、編集者として働くアリシアと、シェフを目指しウェイトレスとして経験を積む妹のリネットです。アガサ・クリスティを敬愛するこの姉妹が中心となり、読書会は産声を上げました。
彼女たちの呼びかけに応じ集まったのは、古着ショップのオーナー、毒薬が登場するミステリに目がない医師、ごく普通の主婦、おしゃべり好きな図書館員、そして博物館に勤務する学芸員といった、職業もバックグラウンドも、そして個性も実に様々な男女でした。
特に、アガサ・クリスティという、ミステリ界の女王とも称される作家を会の中心に据えたことは、幅広いミステリ読者にとって、作品への入り口をぐっと広げる効果を生んでいます。
クリスティ作品に親しんでいる読者はもちろんのこと、あまり詳しくない読者にとっても、読書会での会話を通じてその魅力に触れることができるため、本作自体が古典ミステリへの良き案内役ともなり得るでしょう。
事件の幕開け:消えたメンバーと深まる謎
平穏な読書会に忍び寄る最初の事件
「マーダー・ミステリ・ブッククラブ」は順調な滑り出しを見せたかに思われましたが、なんと第二回目の会合にして、早くも不穏な影が忍び寄ります。メンバーの一人である主婦のバーバラが、理由も告げずに読書会を欠席したのです。
心配したメンバーが調べてみると、バーバラは前日から家にも帰っておらず、何らかの事件に巻き込まれた可能性が濃厚となっていきました。バーバラの夫アーサーが、妻の失踪に対して奇妙なほど無関心な様子を見せることも、メンバーたちの疑念を深めます。
そして事態はさらに深刻化し、そのアーサーまでもが不可解な運命を辿ることになり、謎は一層複雑な様相を呈していくのです。一人のメンバーの失踪から始まった事件は、瞬く間にブッククラブ全体を巻き込む大きな謎へと発展していきます。
ブッククラブの面々が挑む、アマチュア探偵としての第一歩
警察の捜査は遅々として進まず、あるいはその捜査内容に満足できないアリシアたちは、ついに自分たちの手でバーバラの行方を捜し出すことを決意します。ミステリを愛読し、数々の名探偵の活躍に胸を躍らせてきた彼らにとって、これはごく自然な成り行きだったのかもしれません。愛読する推理小説の探偵たちさながらに、それぞれの知識や観察眼、そして何よりもミステリへの情熱を武器に、アマチュア探偵団としての第一歩を踏み出すのです。
一人の天才的な探偵ではなく、様々な背景を持つメンバーたちが協力して謎に挑むというスタイルは、物語に異なる趣を与えます。それぞれの職業や得意分野が、思わぬ形で捜査の突破口を開くかもしれませんし、逆に人間関係の複雑さが捜査を混乱させる可能性も秘めているのです。
この集団での謎解きという要素が、読者に新鮮な驚きと共感をもたらすことでしょう。また、事件は殺人という深刻なものですが、「コージーミステリ」というジャンルが示すように、過度な残酷描写は抑えられ、知的なパズル解きの側面や登場人物たちの交流に焦点が当てられるため、安心して物語の世界に浸ることができます。
個性豊かな登場人物たち:あなたの「推し」は誰になるでしょう?
読書会を率いるアリシアと、彼女を支える妹リネットの魅力
物語の中心となるのは、読書会を立ち上げたアリシアです。彼女はミステリに対する深い愛情と旺盛な行動力でメンバーを引っ張っていくリーダー的存在ですが、その情熱が時に先走り、周囲をハラハラさせるような危なっかしい一面も持ち合わせています。他人のプライベートに少々踏み込みすぎると感じる場面もあるかもしれませんが、その真っ直ぐな行動力こそが、膠着した事態を動かす原動力となるのです。
そんなアリシアを温かく、そして的確にサポートするのが妹のリネットです。現実的でしっかり者の彼女は、時に暴走しがちなアリシアの良き「ストッパー」役となり、冷静な判断で姉を助けます。この姉妹の絶妙なコンビネーションも、物語の大きな魅力の一つです。
古着店のオーナーから医師まで、多彩なメンバーの面々
読書会には、アリシアとリネットの他にも、実に個性的な面々が集っています。おしゃれな古着店の女性オーナーであるクレア、毒薬の知識が豊富なハンサムな医師アンダース、おしゃべりで明るい図書館員のミッシー、そして同性愛者で博識な古生物学者のペリーなど、それぞれが際立ったキャラクターと背景を持っています。
これらの登場人物たちは、単なる事件解決のための駒としてではなく、一人ひとりが生き生きと描かれており、読者は読み進めるうちに、誰かしらに親近感を覚えたり、お気に入りのキャラクターを見つけたりする楽しみを味わうことができるはずです。メンバーそれぞれが抱える秘密が、事件の真相に深く関わっており、彼らの人間模様からも目が離せません。
クリスティへの愛が謎を解く鍵となる:作品に息づくオマージュの数々
アガサ・クリスティ作品への言及が、物語に深みを与える様子
この物語を語る上で欠かせないのが、ミステリの女王アガサ・クリスティとその作品群への深い愛情と敬意です。それは作品の隅々にまで息づいており、物語の大きな特徴となっています。ブッククラブのメンバーは皆クリスティの熱心な愛好家であり、作中ではクリスティの様々な小説について語り合ったり、彼女の作品で用いられたトリックやプロットが、現実の事件を解き明かす上での重要なヒントとして浮かび上がったりする場面が効果的に描かれています。
このクリスティ作品との相互参照は、特にクリスティファンにとってはたまらない魅力であり、作中に登場する作品名やテーマに触れるたびに、改めてそれらの名作を読み返したくなるような、ミステリ愛の連鎖を生み出す力を持っています。
ミステリの女王への敬意が感じられる、ファンにはたまらない仕掛け
事件の展開やその解決方法自体が、どこかクリスティ作品を彷彿とさせるような趣向になっていることも、本作の楽しみの一つです。クリスティ作品に造詣が深い読者であればあるほど、作者が仕掛けた巧妙なオマージュに気づき、より一層深く物語を味わうことができるかもしれません。時には、その知識ゆえに事件の真相をいち早く見抜いてしまうこともあるかもしれませんが、それはそれで、作者との知恵比べを楽しむような、また別の種類の興奮を与えてくれるでしょう。
単なる表面的な引用に留まらず、クリスティの生涯における出来事(例えば、彼女自身の謎の失踪事件が、バーバラ失踪の謎と重ねて語られる可能性 )や、彼女が用いた文学的手法そのものが、ブッククラブのメンバーたちの思考や行動に影響を与えているかのようです。まさに、アガサ・クリスティという存在が、物語の隠れた登場人物のように、作品全体を導いていると言っても過言ではありません。
おわりに:ミステリ初心者も長年のファンも、誰もが楽しめるシリーズ第一作
『マーダー・ミステリ・ブッククラブ』は、魅力的なシリーズの幕開けを飾る作品であり、主要な登場人物たちの紹介も兼ねているため、この巻から読み始めるのに最適です。会話が多く、テンポの良い読みやすい文体で書かれているため、普段あまりミステリを読み慣れていないという方にも、きっと親しみやすいことでしょう。
その一方で、物語の随所に散りばめられたアガサ・クリスティへのオマージュの数々は、長年のミステリファンをも唸らせる深みと遊び心に満ちています。
個性豊かなキャラクターたちが織りなす人間ドラマ、二転三転する事件の行方、そしてアガサ・クリスティ作品との心憎いまでのリンクなど、読後にはきっと誰かと感想を語り合いたくなる要素が満載です。この作品は、単に一つの事件を描くだけでなく、読書会というコミュニティがシリーズを通じてどのように発展していくのか、メンバーたちの関係性がどう変化していくのかという、長期的な楽しみも提供してくれます。
ミステリを読むことの純粋な楽しさ、そして謎を解き明かすときの高揚感――その原点を思い出させてくれるような、魅力に満ちた一冊です。
次の展開を追わずにはいられなくなる、そんな心地よい緊張と期待感に包まれながら、物語の世界へと深く引き込まれていくことでしょう。
ページをめくる手が止まらなくなるような素晴らしい読書体験が、きっとあなたを待っています。
