『車井戸は何故軋る 横溝正史傑作短編集』- この一冊で横溝正史を堪能できる、悪夢の遊園地

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四季しおり
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書する人です。
特にミステリー小説が大好きです。

横溝正史と聞いてまず思い浮かぶのは、やっぱり『犬神家の一族』や『八つ墓村』といった、金田一耕助シリーズの長編作品だろう。

霧に煙る村、血に塗れた旧家、やたらと多い遺産相続争い、そしてなによりも、ボサボサ頭の探偵・金田一耕助の活躍。あの世界観は、日本ミステリーの象徴のような存在になっている。

でも、横溝正史って実はそれだけじゃない。むしろ短編を読むと、彼の底知れなさというか、作家としての幅広さに「えっ、こんなことも書くの!?」と驚かされること請け合いだ。

今回ご紹介する『車井戸は何故軋る 横溝正史傑作短編集』は、そんな意外な横溝正史の魅力がぎっしり詰まった短編集である。

東京創元社が編んだこの一冊は、デビュー作から代表的な怪奇譚、そしてちょっと笑える珍品まで揃った横溝ワールドの万華鏡。読んでいると、横溝正史という作家の頭の中がどれだけ自由奔放で、同時に緻密だったかがよくわかる。

論理、幻想、土俗、倒錯、耽美、サスペンス、ユーモア……ぜんぶ乗せの文学的フルコースだ。

目次

恐怖と論理の矛盾的融合

この短編集の何がすごいかって、ひとつひとつの作品がぜんぜん似てないのに、「なるほど、これが横溝正史か」と思えること。つまり、どの話も独自のカラーを持ちつつ、作家としての横溝らしさがびしっと通底している。

横溝作品のベースには、しっかりしたロジックと謎解きの快感がある。いわゆる本格好きにも十分刺さる構成のものが多い。たとえばデビュー作の『恐ろしき四月馬鹿』は、学生寮を舞台にした密室殺人モノ。

被害者が消えた密室、残された血痕、そして論理的に絞り込まれていく犯人像。この作品からすでに横溝の才能は全開で、読んでいて「この頃からすでに完成してるじゃん……」と舌を巻く。

一方で『蔵の中』『睡れる花嫁』などは、論理では説明できないゾワゾワ系。死体愛好、近親相姦、倒錯愛、そういった要素が、あくまで淡々と、しかし濃厚に描かれていく。謎解きよりも人間の心の闇や歪みの描写がメインで、「これは果たしてミステリなのか?」とすら思わせるが、それでもどこかロジカルな冷静さがあるのが横溝らしい。

あと、『猫と蝋人形』『妖説孔雀樹』などは、幻想小説としても読める。蝋人形の不気味さ、孔雀の木にまつわる伝承、異国情緒と因習が絡む物語。まるで乱歩や夢野久作の系譜に連なるような、幻想怪奇の空気がたっぷり漂っている。

作品一覧を一望してみよう

ここで、本書に収録されている全17編の作品をざっと紹介しておこう。

タイトルを見ただけでワクワクする人は買って損なし!

恐ろしき四月馬鹿

横溝の記念すべきデビュー作。学生寮という密室空間で起きた殺人事件。軽やかなユーモアと本格的なトリックが融合した、若さと技巧が炸裂する一編。

河獺

カワウソの伝説が残る山村で起きた女性の死。老人の回顧によって語られる怪異譚は、土地と呪い、記憶と罪が交錯する、不気味で寂しげな余韻が残る作品。

画室の犯罪

若き天才画家が密室で刺殺される。アトリエの中に残された一枚の絵が、事件の謎を解く鍵となる。美術と殺意が交わる耽美系ミステリ。

広告人形

顔にコンプレックスを抱く男が、自作のマスクで自分を変えていく。だが、その行動が思わぬ事件を招き……。変装×ユーモア×小悪党という横溝の意外な一面が光る。

裏切る時計

アリバイの要として機能するはずの時計が、むしろ真実を隠していた? トリック重視の本格派。

山名耕作の不思議な生活

謎の隣人の奇行をめぐる一編。人はなぜ変な行動を取るのか? ちょっと不条理、ちょっとユーモラス、最後にゾッとさせられる。

あ・てる・てえる・ふいるむ

フィルムに記録された“ある事実”。映像が証言になる時、人は過去とどう向き合うのか。どこか幻想めいた印象が残る佳作。

蔵の中

姉と弟が蔵で過ごす不穏な日々。物語中物語の形式を取り、視点のズレと読者の視線を問いかけてくる。倒錯と狂気の蜜が滴る傑作。

猫と蝋人形

猫の視線、蝋人形の沈黙。生と死、動と静の対比が美しくも恐ろしく描かれる。静謐な恐怖。

妖説孔雀樹

南洋の幻想と因習。孔雀の羽が絡むミステリアスな物語。横溝正史の異国的嗜好が表れた変化球。

刺青された男

肌を見せない船員の正体とは? 刺青が語る過去の因縁と暴力。短いながらもどっしり重い一作。

車井戸は何故軋る

表題作。戦争から帰還した男は本当に“あの人”なのか? 妹の手紙によって語られる怪奇と疑惑。横溝正史の最高傑作のひとつといっていい。

蝙蝠と蛞蝓

作家志望の青年が妄想した殺人が、なぜか現実に起きてしまう。金田一耕助の気味の悪さを逆手にとったメタ的短編。

蜃気楼島の情熱

瀬戸内海の孤島に建つ奇妙な屋敷で起きる妊婦殺害事件。愛と嫉妬、虚栄と憎悪。金田一が自らの装いについて語る場面も印象的。

睡れる花嫁

花嫁衣装の死体。死体愛好というテーマに踏み込みながら、人の執着と哀しみを描き出す。読む者の倫理感を容赦なくえぐる。

鞄の中の女

鞄の中にいたのは死体か、それとも……? 逃亡劇と疑惑の交錯が描く、ややユーモアを含んだパズルミステリ。

空蝉処女

戦争によって記憶を失った少女が村に現れる。彼女は誰なのか? 何を忘れているのか? 戦後の喪失と再生がテーマの、切ない系ミステリ。

怖さのバリエーションが凄すぎる

この短編集のすごいところは、「怖さの種類が多すぎる」ってことだ。

物理的に怖い話、精神的に怖い話、じわじわくる話、ドカンと衝撃を受ける話、何かイヤな後味が残るやつ。特に『蔵の中』『睡れる花嫁』『猫と蝋人形』あたりは、普通に読んでても「それを書くのか!」とゾワッとくる。

その一方で、『恐ろしき四月馬鹿』や『広告人形』のように、ちょっとユーモラスだったり、オチにニヤリとさせられたりする軽めの作品もある。読者に呼吸をさせる配慮すら感じる構成。とはいえ、気を抜くとまた即・地獄行きなので油断は禁物だ。

そして、金田一耕助も短編で出てくるとなんか距離感が変わる。長編だと名探偵然としてるが、短編だと変人ぶりや地味な日常が妙にリアルに見えて、「この人もちゃんと生きてるんだな」と思わされる。個人的には『蝙蝠と蛞蝓』のメタな金田一描写がめちゃくちゃ好きだ。

短編という刃で切り込む横溝の本質

結論を言うと、『車井戸は何故軋る』は、横溝正史の真価を一番効率よく体感できる一冊だと思う。しかも、ただ効率がいいだけじゃない。読めば読むほど味が出る、スルメのような一冊でもある。

短編は、長編と違ってスパッと終わる。でも横溝正史の短編は、スパッと終わったあとに、じっとりと残るのだ。読了後にしばらく固まるやつ。日常に戻っても、なぜか井戸の音が聞こえる気がしたりする。

で、そんな気配を楽しめるようになったら、もうあなたも立派な横溝沼の住人である。

この短編集は、ミステリでもあり、ホラーでもあり、耽美でもあり、怪談でもある。どこから読んでもOK。でも、最後にはきっと自分だけの推し短編が見つかるはずだ。

横溝正史って、やっぱり天才だわ。そう思わせてくれる、珠玉の17編が詰まった一冊。

ミステリ好きも、ホラー好きも、古典好きも、怖い話マニアも、まとめて面倒見てくれる心強い作品集である。

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