光弘が勤める大手デベロッパーでは、渋谷駅の再開発事業のために現場の地下を調べることになった。
SNSで「人骨が出た」「有害なものが出てる」「作業員全員入院」など、この場所についての薄気味悪い書き込みが続いたからだった。
広報担当者として現場に赴き、単身で地下深くまで続く階段を下りていく光弘。
恐怖をどうにかして受け流しながら下りきると、そこには図面にはない謎の空間が広がっていた。
どこまで続いているかわからないほど広く、白い石灰のような粉塵が舞い上がり、人骨を灰になるまで燃やす火葬場のような臭いが漂っている。
また白い紙がひらひらと垂れる注連縄(しめなわ)が設置されており、まるで神社や祭壇のように見えた。
さらに奥には、男が一人、鎖でつながれていた。
光弘は混乱しながらも男を解放し、共に階段をのぼって地上に出る。
これが、自身や家族を恐怖のどん底へと引きずり込む、祟りの始まりだとも知らずに―。
怨念が渦巻く地・東京
もしも自分の住んでいる地域の土壌から無数の人骨でできていたとしたら、どうしますか?
しかも渦巻く怨念で、土そのものが祟りのようになってしまっていたら、どう対処しますか?
『骨灰』は、まさにその状態となった東京を描いた、壮大な現代ホラーです。
東京は言わずとしれた日本の首都で、超高層ビルが所狭しと建ち並んでいますが、でもそのビル群の下に多くの遺体が埋もれている事実は、意外と知られていません。
東京大空襲、関東大震災をはじめとした100回を超える大火災の焼死者たちが、実は今でも東京の地下にいるのです。
もちろんそのままの状態ではなく、骨や灰が溶けて土と混ざって固まって、ビル群の土台となっています。
つまり東京は、おびただしい量の骨灰の上で発展し、人々はそれを踏みつけながら生活しているということです。
もうこの時点で、鳥肌が立つほど怖いですよね!
『骨灰』の主人公・光弘は、仕事で工事現場の地下を調査していた時に、まさにその骨たちに祟られてしまいます。
正確には、地下で鎖につながれていた男を発見し、解放したことで死者の怒りを買ってしまったのです。
祟りを受けたことで、光弘の周囲では様々な怪奇現象が起こり、光弘自身も精神状態がどんどんおかしくなっていきます。
鎖の男の正体は何なのか、祟られた光弘はどうなるのか、そして東京の地に無数に蓄積された恨みはどうすれば鎮まるのか、これらが『骨灰』の主なテーマです。
事実がベースとなっているのでリアリティがあり、決して他人ごとではない恐怖を味わえます。
祟りで狂っていく姿が異様
冒頭から怖さ全開の『骨灰』ですが、その中でも特に怖いのは、光弘が工事現場の地下に向かうシーン!
「人骨が出た」「作業員全員入院」などの妙な噂が立っている場所にたった一人で行くなんて、それだけで怖いのに、階段を下れば下るほど空間は不気味になるし、火葬場みたいな臭いが充満してくるし、喉が焼けたみたいに痛くなってくるしで、あまりの不気味さに、光弘はもちろん読んでいる側までゾクゾクしてきます。
しかも最下層で鎖に繋がれていた男もまた怖くて、なぜここにいるのか、正体は何なのか謎ですし、話もどこか通じません。
解放して地上に連れて行こうとすると唐突に火災が起こるし、なんとか地上に逃れたら、男の姿はどこにもなく、他の作業員たちも姿を見ていないと言うのです。
実はこの時点で光弘は既に骨灰に祟られており、以後は様々な怪奇現象に襲われます。
自宅のインターホンが誰もいないのに鳴り続けたり、廊下に白い足跡があったり、娘に光弘のあとを常について回る「見えないお客さん」が見えたり。
また、娘がうつろな顔で「あつい、あつい」と水を飲み続けたかと思えば、パジャマにポツポツと火がついて、あっという間に全身を包んで燃え上がる……という光景が見えたりと、とにかく怖いことがノンストップで起こり続けます。
やがて光弘の前に亡くなったはずの父が現れ、光弘はまるで父の亡霊に操られているかのように奇妙な言動をとるようになります。
この「狂っていく様子」が、なんとも恐ろしい……!
同じことを延々と繰り返しますし、周囲の声には全く耳を貸しませんし、そのくせ父からの異常な命令にはすぐに従ってそのことに一切疑問を抱かないのです。
一種異様なその姿に「憑りつかれているというのは、こういう状態なんだろうな」と、背筋がぞわっとしました。
祟られ、操られた光弘は、一体何をさせられるのか。
無数の怨念が渦巻く東京は、一体どうなるのか。
倫理を汚すような恐怖が、ラストまでずっと続きます。
もはや安心して歩けない……
東京の土壌全体に潜む怨念というスケールの大きなホラー小説であり、個人的には今まで読んだホラー小説の中でも特に印象に残りました。
なんというか、怖さが足元からジワジワと染み込んでくるというか、読み終えた後も不気味で不安な感じが全然抜けなくて、後を引くのですよね。
今後東京のビル街を歩くたびに、「この下には怨念にまみれた骨灰があるのだな」と思って、怖くなりそうな気がします。
正直、ちょっと土を掘り起こすだけで何かが出てきそうで怖くて、庭の土いじりも当分できなさそうです。
『骨灰』は、このくらい強烈なトラウマを残す作品です。
なぜなら、あまりにも現実とリンクしすぎるから。
たとえば、家などの建物を建築する前には必ず地鎮祭が行われますが、これもきっと「そういうこと」なのですよね。
鎮めなければならない何かが地中には確かに存在しているという、確固たる証拠。
そう思うと、自分が住んでいる家さえ決して安心できる空間ではないのだと思えて、震えが来ます。
興味を持たれた方は、ぜひ読んでみてください。
第169回直木賞の候補作に選ばれた作品なので、傑作であるのは間違いなく、それだけでも読む意味があると思います。