大学で名探偵倶楽部に所属している白兎(はくと)と志希(しき)は、ある日道端で倒れそうになっていた唯を助ける。
彼女はミステリー作家・御剣の娘で、20年前に父が著したベストセラー『神薙虚無最後の事件』に残された謎を追っていた。
この本は実在の高校生名探偵・神薙の活躍を描いたもので、シリーズ最終巻でありながら、未だに真相が明かされていないのだ。
加えて世間からは「神薙は実在していないのではないか?」と捏造疑惑も出ていた。
真実をどうしても知りたい唯は、白兎たち名探偵倶楽部のメンバーに謎解きを依頼するが―。
推理した者の数だけ答えがある、多重解決ミステリー!
テンションが上がる中二病感
『神薙虚無最後の事件』は、全体が二つのパートに分かれています。
ひとつは、白兎のパート。
白兎は大学の名探偵倶楽部のメンバーで、唯からミステリー小説『神薙虚無最後の事件』の謎解きを依頼されます。
白兎の後輩の志希や先輩の金剛寺も加わり、皆で推理し、議論するという流れです。
もうひとつは『神薙虚無最後の事件』のパートで、これは重要シーンが抜粋して掲載されており、作中作として読めるようになっています。
ストーリーとしては、欠陥探偵と呼ばれる神薙が、ライバルである久遠寺の隠れ家「オルゴール館」で殺人事件の謎を追うというもの。
この作中作パートが、抜群に面白い!
ミステリーですが「中二病センスたっぷりなラノベ」のノリなのです。
たとえば登場人物の名前や肩書きからしてそれっぽく、怪盗王の久遠寺写楽(くおんじしゃらく)や、守護者の水守稜湖(みなもりいずこ)、使徒の十六夜紅海(いざよいくれみ)などなど、いかにもカッコ良さげなネーミングとなっています。
しかも武器にも、黄金戦棺(ゴールデン・スランバー)や落日供物(ラスト・ジャッジメント)といった呼び名がついているのですよ。
この中二病ゴコロをくすぐる武器名、見ているだけでテンションが上がりませんか?
つい自分もポーズをとって叫んでみたくなる衝動にかられます。
肝心のストーリーも、重要シーンのみが抜粋されている分テンポが非常に良く、事件や謎が急ピッチで広がっていくため、ワクワクが止まりません。
読めば読むほど作中作の世界に入り込み、気が付けば白兎たち名探偵倶楽部のメンバーと同じように、謎解きに夢中になっている自分がいるはずです。
目からウロコの推理と真相
本書の最大の特徴は「多重解決」で、これは複数人が推理をし、それぞれ異なる答えを見つけていくというもの。
そのため真相は決してひとつではなく、白兎も志希も金剛寺も各自の着眼点で推理を進め、別々の答えを導き出します。
いやもう、ひとりひとりの推理が実に見事!
オーソドックスなものもあれば、完全に盲点を突いた推理、突拍子もない方向からの推理もあり「その考え方があったか!」と目からウロコ。
どの推理もアプローチや方向性が全然違っており、それでいて的確で説得力があるので、読んでいて惚れ惚れしっぱなしです。
また推理を依頼した唯が「本当の真実」ではなく「自分が納得できる真実」を求めており、ここがまた大きなポイントとなっています。
唯を納得させれば良いわけですから、言い換えれば、唯に採用された推理が「真相」となるわけで。
真偽のほどは二の次…とまでは言わないまでも、採用してもらう(=勝利する)ための、ある種の駆け引きが生まれます。
これにより各自の推理発表が一層複雑化し、物語の面白味がアップしているのです。
これはもう、実際に読んで感じていただくのが一番です。
読めば、ミステリー好きであれば、ぜひ自分も推理に参加して、オリジナルの真相を出してみたくなるはず。
「自分なら、ここに着目する」
「自分なら、もっと優れた答えを出せるかも」
と、どんどん挑戦的な気持ちになっていくのです。
まるで登場人物の一人になったかのように、自分なりの推理を心底楽しめる、これが『神薙虚無最後の事件』の最大の魅力でしょう。
二度も選ばれた傑作
『神薙虚無最後の事件』は、作者の紺野 天龍さんが2019年に発表した作品です。
が、実は2012年に発表した『朝凪水素最後の事件』がベースとなっており、そちらはメフィスト賞の座談会に掲載されました。
それを全面的に書き直した作品が『神薙虚無最後の事件』であり、こちらは第29回鮎川哲也賞の最終候補作に選ばれています。
つまり本書は、形やタイトルを変え、7年の月日を経て、二度も脚光を浴びた作品なのです。
いかに優秀な作品であるか、いかに紺野天龍さんが情熱を注いできたかが、おわかりいただけるかと思います。
世間からの評価も高く、ミステリー界の大御所である辻 真先さんが「活殺自在に読者を手玉にとるミステリセンス」と絶賛しているほど。
他にも、麻耶雄嵩さんや今村昌弘さん、奈須きのこさんなど、多くの作家が称賛のコメントを寄せています。
そのくらい面白い作品であり、続編を望む声も多く出ています。
というのも、ストーリーやトリック、ギミックの巧みさはもちろんのこと、各キャラクターの個性が立っており「彼らの今後もぜひ見てみたい!」と読者に強く思わせるからです。
特に白兎と志希の関係性が、くっつきそうでくっつかず、なんとも甘酸っぱくてもどかしくて、行く末を見守りたくなります。
さらに結末も、どことなく続編を感じさせるものとなっているので、より期待してしまいます。
今のところ続編は発表されていないので、まずは本書を読み、多重解決の魅力を堪能してみてください。
この新しいタイプのミステリーにやみつきになり、シリーズ化を心から望むようになるでしょう。