
子供の頃、夢見たことがある。
たとえば、本棚がスーッと横に動いて、奥に秘密の書斎が現れるとか、古びた柱時計の中に人が入れる秘密通路があるとか、壁に「ひらけごま!」と唱えるとクルッと回転して隠し部屋が登場するとか。
あれだ。アニメや絵本の中で見た、あのドキドキ。現実の家にも、あんな仕掛けがあったらいいのにって、思ってたあれ。
で、もし実際にそんな仕掛けを作る会社があったら、どうする?
ジジ・パンディアンの『壁から死体?』は、まさにその子どものころに夢見た世界に、ズカズカと死体を突っ込んでくる。夢の空間から現れるのが宝じゃなくて、まさかの死体。ページをめくった瞬間から、ワクワクとゾクゾクが同時に始まる。
なにこれ最高じゃん!
物語の舞台は、サンフランシスコの〈秘密の階段建築社〉。依頼主の家に隠し階段や隠し部屋を仕込むのが専門っていう、もうその設定だけでご飯3杯いけそうな工務店。
この建築社が作るのは、夢の続きみたいな空間なんだけど、そこに「建築的ミスディレクション」なんてギミックが加わると、空間自体が謎を仕掛けてくるんだからたまらない。
秘密の階段と、仕掛けだらけの家族経営

物語の舞台はサンフランシスコ。主人公テンペスト・ラージが家族と一緒に暮らす家、というより、巨大なツリーハウスを改造しまくった秘密基地みたいな家からすべては始まる。
彼女の家族が営む〈秘密の階段建築社〉は、ただのリフォーム会社じゃない。むしろ「家に魔法をかける建築士たち」と言った方がしっくりくる。
壁の中に隠し階段を仕込んだり、床にパズルを埋め込んだり。建築とイリュージョンが合体したような仕事ぶりに、テンペストの祖父アショクのスパイスのきいた料理が加われば、もうこれはコージーミステリの理想郷だ。
でも、この会社の存在が単なる面白い舞台設定で終わらないところが、パンディアンのすごさ。建物そのものが謎を内包し、事件の一部として機能していくのだ。建築的ミスディレクションという概念──物理的な構造で人の認識を惑わす──が、物語全体のキーになっている。
まるで魔法陣のような家の構造を、どう読み解くか。それがテンペストの探偵術でもある。
主人公テンペスト・ラージの魅力
テンペスト・ラージ。名前からしてすでにカッコいい。しかも元ラスベガスのイリュージョニスト。ステージで観客を騙し続けてきた彼女が、今度はリアルな殺人事件の謎を解く側に回るという展開。
一度はキャリアを絶たれ、地元に戻ってきた彼女が、しぶしぶ家業を手伝っていたら、古い壁の中から死体が出てくる。もう、日常に戻ってくるどころか、非日常にドンと放り込まれてしまう。でもその巻き込まれ方が自然で、無理がない。
テンペストのマジシャンとしてのスキルが、そのまま探偵スキルとして使えるのも気持ちいい。人の目を欺く技術、人間の先入観を突くセンス、見えないトリックを見抜く洞察力。まるで、読者自身が種明かしをしてもらってるような感覚になる。
あと、テンペストを取り巻く人間関係がすごく良い。家族経営の工務店ってだけで温かさがにじみ出るし、祖父アショクの作るインド&スコットランド料理がもう読んでてお腹が減る。
親友アイヴィとの関係も、テンポが良くて軽快。やっぱりコージーミステリにはこういう安心できる人間関係が必要不可欠だよなぁ、としみじみ思った。
壁の中の死体が呼び起こす古典魂
さて、問題の死体である。
〈秘密の階段建築社〉がリフォームしてた屋敷の壁の中から、まさかの死体が出てくる。いやもう、出オチとして完璧。しかも、その死体がテンペストの過去と深く関係していることがわかると、単なる密室トリックではなくなってくる。
被害者は彼女のステージ・ダブルだったキャシディ。事故でショーを降りたテンペストの代わりに舞台に立った女性。ってことは、犯人は「テンペストと間違えて殺した」のか? それとも「テンペストにメッセージを送っている」のか? と、一気に物語が個人的な戦いに変わる瞬間だ。
この「壁の中の死体」というトリック自体、ジョン・ディクスン・カーばりの本格派。いかにしてそこに死体が収まっていたのか? いつ? 誰が? どうやって? 全部が論理的に説明されなきゃいけないから、読んでるこちらも頭フル回転。
でも、奇抜なトリックだけじゃない。パンディアンのすごいところは、そこにきちんと感情を流し込んでくるところだ。テンペストが母の失踪と向き合う場面とか、一族に伝わる呪いの話とか、読みながら胸が痛くなる。
謎と一緒に、心にも効くミステリって、最高すぎんか?
しかもこの作品、ガチガチの論理パズルに終始しないところがいい。人間味がたっぷりなのだ。テンペストを取り巻く家族や仲間たち、祖父アショクのスパイシー料理や、親友アイヴィの図書館トークが、物語をぐっとあたたかくしてくれている。
特に注目したいのが、〈密室図書館〉という夢のような場所だ。ここにはあらゆるミステリ本が揃っていて、密室トリックの参考資料もバッチリ。テンペストとアイヴィのオタクトークを聞いてるだけでも楽しい。
「謎解き」だけじゃない。「日常の癒し」も、この本の魅力の一部だ。トリックにワクワクしつつ、読後は不思議とほっとする。まさに、コージーミステリの理想形じゃないか。
コージーと本格の、理想的なミックスジュース
この小説、何が一番面白いって、「本格ミステリ」と「コージーミステリ」の良いとこ取りをしてるところだ。
殺人事件はしっかり「ありえない状況」から始まって、それがちゃんと論理で解き明かされる。でもその間に出てくるのは、家族で囲む美味しそうな食卓、仲間たちとの何気ないやり取り、テンペストのちょっとしたトホホな失敗(かわいい)……そういう日常の癒やしがちゃんと詰まってる。
密室図書館とか、探偵の基地っぽい場所も登場するし、全体の空気感がまるで現代版の『名探偵ポワロ』みたいな優雅さもある。だけど設定やトリックはちゃんとアップデートされてて、読んでて古さは一切感じない。
パンディアンの筆致には、昔ながらのミステリへの愛と、今の読者を楽しませようという情熱が同居してる感じがする。こういう作品が出てくると、「ミステリってまだまだ可能性あるんだな〜」と嬉しくなってしまう。
ジジ・パンディアンの『壁から死体?』、一言でまとめると「こんな作品、待ってた!」って感じだ。古典ミステリが好きな人にも、キャラ重視のコージーが好きな人にも、どっちにもガッツリ刺さると思う。
魔法みたいな仕掛けが動く世界で、知恵と勇気で謎を解く主人公。事件の背後には、ちゃんと人間の想いがあって、それが確かに読み手の心に届く。
読み終わったあと、思わず壁をノックしたくなる。
もしかしたら、向こうに誰かが、何かが、いるかもしれないって。
秘密の扉の向こうで待ってるのは、冒険とスリルと、少しだけ切ない過去。
それをそっと開いてくれるのが、この本なのだ。
