最初に断っておくけれど、『ハウスメイド』は、文学性や精緻な心理描写に惹かれて読む本ではない。
そういうタイプの小説を探している人には、このドアは開けなくていいと思う。
けれど、「ページをめくる手が止まらない」ってやつを久しぶりに味わいたいなら、ようこそウィンチェスター邸へ。
主人公のミリーは、前科あり・住所なし・仕事なしの三重苦を抱えた20代の女性。そりゃあもう社会の最底辺からのスタートだ。そんな彼女に舞い込んだのが、豪邸に住むセレブ家族の住み込みハウスメイドという、怪しさ全開の求人だった。
条件良すぎ。絶対裏がある。けど読者としては、その裏をのぞいてみたいわけで。
案の定、奥さんであるニーナは美しく気まぐれで残酷。家を散らかしておいて「掃除がなってない」とキレ、娘に関する意味深な発言を繰り返し、ミリーを追い詰めていく。
一方の夫・アンドリューは優しくて同情的で、どこか憂いを帯びていて……もう、怪しい。しかもミリーの部屋には、外側からしか鍵がかからないっていう謎仕様。いやそれ監禁用じゃん。
読みながら思ったのは、「この作者、ストレスと緊張の作り方がうますぎる」ということ。閉鎖空間に、謎めいた夫婦、そして主人公の過去の秘密。
王道なんだけど、それゆえに効く。構造がシンプルだからこそ、展開の早さと意外性が映えるのだ。
書いてるの誰? 脳外科医です。

さて、じゃあこのスリラーを生み出したのはどんな人かというと……なんと現役の脳外科医。
フリーダ・マクファデンという名前、聞き慣れないかもしれないけど、アメリカではいま、スリラー界の超新星だ。しかも、自費出版からキャリアをスタートさせたというんだから、サクセスストーリーとしても出来すぎてる。
特筆すべきは、彼女が「脳損傷の専門家」であることだ。これは、ただのプロフィールじゃない。この設定だけで、彼女の書くサスペンスに「説得力」っていう魔法がかかる。だって、脳の構造に詳しい人が書いた心理サスペンスなんて、面白くないわけがないじゃん、と。
実際、『ハウスメイド』は心理的な仕掛けが満載だ。途中で何度も「そう来るか!」と声が漏れそうになったし、視点が切り替わるあたりでは読み進める手が止まらなかった。しかも、もともとこの作品、彼女自身が「ちょっとダークすぎる」という理由でお蔵入りにしてたらしい。
それを拾い上げた出版社も偉い。で、出した途端、全世界でバカ売れ。BookTok(TikTokの本好き界隈)でも大人気。そりゃ「脳外科医が書いたサイコスリラー!」って聞いたら、もう読まずにはいられなくなるのもわかる。
中毒になるスピード感とあざとさの設計
とにかく、この小説は「速い」。文章も短い。章も短い。登場人物も少ない。舞台も基本的に一軒家のみ。そう、すべてがスピードと没入感のために最適化されてるのだ。
そして最大の仕掛けが、物語の構造にある。三部構成になっていて、途中でドカンと視点が変わるのだ。しかもその切り替わり方が、物語全体をまるっと再解釈させるレベルの衝撃。いわゆる、二転三転する超どんでん返しだ。
読む側が知っていたはずの真実が、実はまるっと仕組まれてたっていう構造にはやられるしかない。ここがもう、強烈だ。最初からあやしいとは思ってたけど、そう来る!? という驚きがあって、読後にもう一回最初から読み返したくなる。
文体については好みが分かれると思う。正直、洗練されてるとは言えない。会話はやや大げさ、モノローグも多め。だけど、それすらも「この物語のスピード感」のためにあると考えれば、納得がいく。
複雑な比喩とか深い心理描写がない代わりに、とにかく読者の心を一方向に引っ張ってくれる。その力強さこそ、この作品の魅力だ。
なんというか、ポップコーンムービー的というか、ジェットコースター小説というか。読み始めたら3時間くらいで一気に終わる。これはある意味、現代の読書スタイルに合ってるんだと思う。
「くだらないけど、素晴らしい」 文化現象としての『ハウスメイド』
面白いのは、この作品に対する評価が真っ二つに割れてること。海外の書評サイトでは260万件超の評価があって、平均は4.2以上という高得点。でもレビューを読むと、「傑作!」という絶賛と、「ご都合主義のゴミ!」という酷評が入り混じっている。
個人的には、どっちの気持ちもわかる。確かにプロットは突っ込みどころ満載だし、リアリティより演出重視だし、キャラの行動にイラっとする場面もある。でも、そういう「粗」があっても、ストーリーの吸引力がそれを押し切る。
だから、ある人には「最高の暇つぶし」になり、別の人には「薄っぺらくて無理」になるわけだ。でもこれって、むしろ作品として強い証拠なんじゃないかと思ってる。
結局、このドアを開けるべきか
ここまで語ってきて思うのは、『ハウスメイド』って、読む人によって印象が180度変わる本だということ。
プロット命の人にはたまらないし、文章にうるさい人には耐えられないかもしれない。だけど、この本が放つ「読ませる力」だけは本物だ。
本好きって、どうしても「文章の美しさ」や「構成の巧みさ」に惹かれがちだけど、たまにはこういう「純・エンタメ」の爆走スリラーに身をゆだねてみるのもいいと思う。むしろ、「ああ、これが大衆小説のパワーか」と再認識させてくれる。
結論として、『ハウスメイド』は完璧な文学作品ではないかもしれない。でも、めちゃくちゃエンタメとして機能してるし、何より「面白さってこういうことだよね」って原点に立ち返らせてくれる作品だ。
というわけで、ウィンチェスター家では今、新しいハウスメイドを募集しているらしい。
家は美しく、秘密は深く、そして何もかもが見た目と違う。
鍵を開けて中に入るかどうかは、あなた次第だ。