中山七里『ヒポクラテスの悲嘆』引き籠り、暴力、老々介護……。家庭の闇をメスで暴く

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浦和医大法医学教室には、今年に入ってから三度もミイラ化した遺体が運び込まれていた。

このハイペースは異常だ。

今回の遺体は40代女性のもので、死後二ヶ月以上が経過。

埼玉県警の古手川の調べによると、彼女は二十年もの間引きこもっており、母親が食事を運んでいたものの、最近はあまり食べていなかったらしい。

その結果餓死し、部屋に冷房が効いていたため、腐敗せずにミイラ化した。

彼女は食事をとろうと思えばとれたはずなのに、なぜ食べなかったのか。

こうなる前に、なぜ部屋から出て救いを求めなかったのか。

そしてなぜ、近頃こうもミイラ化遺体が増えているのか。

家庭という闇に閉ざされた真相を、法医学教室が解剖によって暴き出す!

目次

身近な社会問題がテーマ

『ヒポクラテスの悲嘆』は、法医学ミステリー「ヒポクラテス」シリーズの第五弾です。

今作も浦和医大法医学教室を舞台に、光崎教授、栂野助教、キャシー准教授が数々の遺体を解剖し、死の背景を探ります。

五つのエピソードが描かれた連作短編集となっており、いずれもテーマは家庭の闇。

引き籠りや老々介護などなど、現代日本を象徴する社会問題が取り扱われています。

そのような中で起こってしまった「死」が、本当に見たまんまの出来事なのか、それとも裏に何らかの事情を秘めているのか。

家庭という他人からは見えづらい領域だからこそ生じた闇を、法医学教室が「死体は嘘をつかない」を合言葉に、見事に白日の下に晒します。

身近な問題だからこそ、ドキドキしながら、時には心を抉られるような思いで、食い入るように読むことができます。

各話のあらすじと見どころ

『一 7040』

引き籠りの40代女性が、自室でミイラ化した遺体となって発見されます。

一見餓死のようですが、解剖によって別の可能性が浮上して―。

章題の数字は、いわゆる「7040問題」を表しています。

40代の我が子が社会的に自立していない場合、70代の年金暮らしの親がどうやって面倒を見るのか、という問題ですね。

「自分たちが逝ってしまった後の我が子」を思う親心が痛々しく、読んでいて切なくなります。

見どころは、やはり光崎の解剖!

まさか胃の中にあんなものがあったなんて…!

『二 8050』

またしても餓死と思われる遺体が運び込まれます。

家庭内暴力を振るっていた50代息子のもので、暴力による骨折で母親が入院している間に餓死したとのことですが―。

80代の親が50代の子の生活を支えるという「8050問題」がテーマ。

最大のポイントは、食べ物も水も十分に用意されていたのに、なぜ息子が餓死したのか、という点です。

第一話同様に、追い詰められた親の苦悩に胸が痛む物語です。

『三 8070』

認知症の80代妻を介護していた70代夫が、浴槽で溺れて亡くなりました。

警察の見立てでは、入浴介助中の事故とのことですが、解剖の結果、思いもよらない事実が見えてきます。

いわゆる「老々介護問題」を取り扱った物語です。

長年連れ添った夫婦には、積もり積もったしがらみもあるわけで。

「それがこんな形で爆発するのか」と空恐ろしくなるとともに、それを見抜く解剖にも驚かされました。

『四 9060』

90代男性の遺体が、床下から出てきました。

死後一年半は経過しミイラ化しているのですが、奇妙なことに近所の人の証言では、本人が遺体発見の当日にも散歩していたらしく―。

90代の親と60代の息子による「9060問題」がテーマ。

60代になってもまだ引きこもっている子に対して、90代の親がどれほど不安を抱いていたのか。

遺体に秘められた親心が、なんともいたたまれない物語です。

『五 6030』

ロスジェネ世代(就職氷河期に苦しんだ世代)の息子が、社会を恨んで無差別殺人事件を起こし、行方不明に。

その後遺体が発見されますが、死因は撲殺。

犯人は、経済産業省に勤める父親と思われましたが―。

キャリアの父とロスジェネ世代の息子とを描いた、「6030問題」をテーマとした物語。

光崎教授が解剖すると、胃の内容物から親子関係まで見えてしまうのですね。

また、引き籠りによって苦しむのは一体誰なのか、深く考えさせられる物語でもあります。

現実に起こりうるリアルな悲劇

引き籠りや老々介護がクローズアップされており、シリーズ過去作とは少し毛色の違う、社会派ミステリーとしての趣が強い作品でした。

タイトルが示している通り、全編において根底にあるのは「嘆き」であり、そのためか個人的にはシリーズ中で最も深みと重みとを感じました。

現在の日本で本当に起こりうる(既に起こっている可能性も十分にある)物語なので、リアリティによる迫力もすごかったですね。

何歳になっても親は親であり、責任感という名の親心を捨てられず、それがある意味家庭での呪縛になっているのかもしれません……。

このように『ヒポクラテスの悲嘆』は、非常に考えさせられる作品です。

テーマがセンセーショナルなので、そこに目が行きがちですが、もちろんキャラクターの魅力もたっぷり。

特に古手川の奮闘が見どころで、今回は勘の鋭さがキラリと光っています!

真琴の頑張りや人間関係、キャシーが語るアメリカでの引き籠りの現状も興味深いですよ。

光崎教授は相変わらずで、腕の良さも口の悪さも健在!(笑)

物語的にも、プロローグとエピローグによって、全五編の物語がきれいに繋がるところが見事です。

ラストはなんともほろ苦く、これまたずっしりとした余韻を残します。

シリーズのファンの方はもちろん、リアルな社会派ミステリーに興味のある方も、ぜひ読んでみてください!(๑>◡<๑)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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