東北の山奥に潜む古い家である不村家は、昭和から現代、未来永劫と血脈に囚われ続ける一族である。
不村家では人智を超える能力を持つ子が生まれることがあり、彼らはときに不村一族繁栄の兆しとされていた。
しかしその裏では、健常な人を憎む「あわこさま」と呼ばれる異形の存在が潜んでいた。
異形の奉公人たちや狗神遣いの少女、そして生首で生き存える双子の姉妹。
不村家で代々生まれてくる特殊な才能を備えた子は、あわこさまに体のどこかを食われて生まれてくるのだ。
「あわこさま」は、なぜ不村家の家系に憑き続けるのだろうか。
そして不村家と共存を続ける「あわこさま」の正体とは……。
不村一族の代々の悲劇を描く、和風ホラーミステリー。
時系列を追って描かれる連作ホラー短編集
『不村家奇譚』は、過去から未来にかけて描かれる連作ホラー短編集です。
連作短編集といえば、各章の内容がコンパクトで読みやすい点が特徴的ですが、本作もその長所をしっかりと継承しています。
こうした長所が最大限に活かされていることで、小説をあまり読んだことがない方や文章を読むのが苦手な方であっても、気軽に読み進められるようになっているのです。
また、本作の物語では「憑神あわこさま」との共存を通じて、ホラー小説ならではのおどろおどろしさが巧みに表現されており、読みやすさを良い意味で裏切る形で重厚感のある作品に仕上がっているのが特徴です。
各章ごとでホラー小説ならではのじっとりとした緊張感を引き継ぎながらも、物語の雰囲気を変化させながらストーリーが進行していくため、細かな発見や驚きを度々実感することができます。
その中でも、物語の後半へと進んでいくにつれて「憑神あわこさま」の存在と不村一族の関係性が徐々に明らかになるストーリー展開は圧巻です。
全体的な印象としては、物語の結末を理解するため必要な伏線を時系列を追って拾い上げていくロジカルな構成に仕上がっているので、最後にはスッキリとした余韻を味わいながら読み終えられること間違いなしでしょう。
各章ごとに雰囲気がガラリと変わる面白さ
不村一族を主軸とする登場人物達の生々しい温度と質感を感じながらも、「憑神あわこさま」の正体に迫るストーリー展開は、本作の見所の1つです。
これまで数々のホラージャンルの映画や小説を楽しんできた方であれば、本作の世界観にピッタリとはまるのではないでしょうか。
しかしその一方で「ホラーが苦手な人でも楽しめるのかな?」と不安に感じている方もいらっしゃるかもしれません。
結論としては、ホラージャンルの雰囲気が苦手な方であってもまったく問題ないです。
本作の物語は、読者を驚かせるような刺激強めのホラー描写は少なく「怪異の不思議さ」や「不村家の奇妙さ」などの不可思議な事象に焦点を当てており、どちらかというと伝奇小説のような作風に仕上がっています。
もちろん、ホラーならではの仄暗い雰囲気も漂ってはいるのですが、同時にどこか幻想的な雰囲気も感じられるので、読み終えた後に嫌な緊張感や余韻を残すことはありません。
また、各章で語り手や視点が変化しながら物語が進行していく点も、ホラー描写の重苦しさを軽減する役割を担っているのではないかと思います。
「前章まではホラー要素強めだったのに次章からガラリと世界観が変わった」という発見があらゆる場面に散りばめられているため、怖い雰囲気の物語が好きかどうかにかかわらず、誰もが気軽に挑戦できるホラー小説の1冊といえるでしょう。
血と畏れが織りなす、類稀なる因果律を見よ。
著者の彩藤さんは1989年に岩手県で生まれ、2014年に刊行したミステリー小説『サナキの森』で新潮ミステリー大賞を受賞した後に、作家デビューを果たしました。
これまでの作品の執筆経験から、気軽さを備えた青春ミステリー系統のライトノベルや、ホラー描写を豊富に取り入れたゴシックホラーの作風を得意としています。
まったく異なる作風といえる2つのミステリージャンルを巧妙に使い分けるスキルの高さが審査員から高く評価され、多くの読者の注目を集めるきっかけとなりました。
そんなホラーミステリー作家の名手といえる彩藤さんが執筆した本作『不村家奇譚』は、不村一族に憑き続ける奇妙な存在「あわこさま」の正体に迫る、不気味な世界観が特徴の物語です。
本作の表紙は、本格的なホラー描写がふんだんに盛り込まれているような印象を与えますが、その裏側では「和風ゴシックホラー × ミステリー」の作風を匂わせる描写の方が多く取り入れられています。
途中グロテスクな描写も少々盛り込まれていますが、どこか耽美な雰囲気も感じられるため、ホラー小説が苦手な方でも新鮮な気分を味わいながら読み進めることができます。
その中でも章が変わるごとに物語の雰囲気がガラリと変わるストーリー構成は、他の作品にはあまり見られない要素といえるでしょう。
ホラー小説が好きな方や苦手だけど挑戦してみたい方、そして伝奇小説ならではの幻想的で不可思議な世界観が好きな方であれば、冒頭からその独特な雰囲気に没入できること間違いなしなので、興味があればぜひ読んでみてください。