矢庭優日『エゴに捧げるトリック』- 本書に仕掛けられた人類の存亡を左右するトリックとは?

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2105年現在、Extraordinary Ghost Octopus – 通称「EGO」と呼ばれる怪物達に世界を支配され、人類は危機に瀕している。

そんな時代の中、「エスペリオン」と呼ばれる催眠術師の養成校に、「僕」こと、吾妻福太郎という一人の転校生がやってきた。

福太郎が生活を始める養成校には、パイ、R王子、鋼堂タケシ、イプシロンの生徒4人と先生1人が在籍している。

彼ら催眠術士は、お互いの催眠力や催眠耐性を競い合うため、まるで嗜みのように催眠術を使っているが、実際は撃退に催眠が有効なEGOと闘うために使われるものなのだ。

本来の目的を忘れそうになった頃、EGOとの戦いに備えるため、先生は生徒達にある卒業試験を受けるよう命ずることとなる。

生徒達は真剣な面持ちで試験に挑んでいたが、その最中、突如殺人事件が巻き起こり、福太郎は容疑をかけられることに……。

互いに真実しか話せない催眠を掛け合う閉鎖的空間の中、登場キャラクターの証言がすべての鍵を握る「謎解きミステリー」をお楽しみください。

目次

催眠術の概念を取り入れたトリッキーな世界観

この作品では、「エスペリオン」と呼ばれる隔離された施設の中で、何者かによって殺害された遺体を発見し、主人公が容疑をかけられるところから始まります。

謎の殺人事件、隔離された空間、限られた人数の登場人物。

これらの要素は、ドキドキ感を生み出す推理ミステリー小説ならではの展開といえるのではないでしょうか。

一般的なミステリー小説では、現場に残された「血痕」や「遺体の証言」など、あらゆる証拠を手掛かりに犯人探しをしていきますが、容疑をかけられた人物は、当然「嘘」をつくことで言い逃れようとします。

しかし『エゴに捧げるトリック』では、登場人物は皆、強力な催眠術の使い手であり、互いに真実しか伝えることができない催眠を掛け合って、事件の隠蔽を試みます。

「睡眠術」というトリッキーな概念を取り入れて嘘をつけない状況を作り出してもなお、証言の手掛かりを掴めない逆説的なストーリーは、これまでにほとんどないといっても良いでしょう。

各キャラクターの個性、睡眠術を活かした心理戦や独特な世界観がふんだんに盛り込まれた本書は、頭をフル回転させて物語の展開を推理するのが好きな方にぜひおすすめしたい1冊です。

非現実的で先の読めない物語でありながら、ロジカルな描写

現実では起こり得ないドラスティックな要素や特殊設定は、読者のワクワク感や緊張感を引き出す上で大切ですが、話が飛躍しすぎることで、読者を置いてけぼりにしてしまう可能性があります。

しかしこの作品では、ミステリー小説に「催眠術」というトリッキーな要素が含まれていながらも、物語の背景や特殊能力の優劣などが、具体的かつロジカルに描写されているのが興味深い点です。

たとえば「催眠をかける側の発言はなるべく聞くようにする」という暗黙のルールが根付いていたり、催眠術の能力などが数値で示されていたりします。

たとえ催眠術という馴染みのない概念があったとしても、定量的でロジカルな描写がされているため、前提知識に関係なく誰もが楽しめる内容になっているのです。

また、この世界では真実しか話せないというルールがあるにもかかわらず、証言の手掛かりを掴めないこともまた、面白い要素であるといえます。

冒頭だけでは話の展開を想像することは難しく、読み始めた当初は作者の掌中で踊らされているかのような気持ちになるほど想定外の連続です。

それでも最後には、ロジカルかつ巧妙な描写で、読者の斜め上を行く真相に迫っていきます。

「ミステリー小説は、物語の序盤から犯人が分かってしまうから楽しめない」という方にとっても、最後までじっくりと楽しめる1冊になっているのが、この本の魅力といえるでしょう。

第10回アガサ・クリスティー賞最終候補作は流石に面白い!

著者の矢庭さんは作家としての経歴はまだ2年程であるにもかかわらず、彼が創り出す独特な世界観、二転三転する先の読めない展開が盛り沢山の作品は、多くのミステリー好きから絶賛されています。

特に『エゴに捧げるトリック』は、古典的なミステリー小説の魅力を存分に活かしながらも、「睡眠術士」と呼ばれる特殊な能力を持った登場人物が個性的に描写されているため、他の小説にはない斬新な展開を楽しむことができます。

また、物語で巻き起こった殺人事件の背景では、愛媛県を舞台にしたSF世界、EGOと呼ばれる未知の怪物、遺伝子操作によって生み出された人間なども描写されています。

強力な睡眠術を掛け合う展開は特殊な設定といえますが、日本を舞台とした近未来的な物語は、どこか現実味のある絶妙なラインを突いているのです。

そのため、本書の主人公と読者自身の未来像を重ねながら読み進めていけるのも、本書の醍醐味の1つといえるでしょう。

頭をひねらなければ先の読めない推理ミステリー小説を求めている方はもちろん、睡眠術を最大限に発揮して、お互いに駆け引きを行う登場キャラクター達に感情移入したい方も、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

また、矢庭さんのTwitterでは、「今は密室殺人モノを書きたい」という発信がされており、今後、新しい作品が刊行される可能性もあるでしょう。

作家デビューして間もない矢庭さんの作品はまだまだ知られていないことも多いので、今のうちからチェックして、誰よりも早く「矢庭ワールド」に浸る準備を始めてみてはいかがでしょうか。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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