『朝からブルマンの男』- 2,000円のコーヒーをなぜいつも残すのか?から始まる、とびきりの日常の謎5連発【読書日記】

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2000円のコーヒーなんて、そもそも注文するだけでも勇気がいる。

それを、週に三度も頼んで、しかも毎回5,000円札で支払い、なぜか半分ほど残して帰っていく――そんな男がいたら、誰だって気になって仕方ないはずだ。

水見はがねのデビュー作『朝からブルマンの男』は、まさにそんな「なんで?」が詰まった日常の謎から幕を開ける。

静かな喫茶店に忍び込んだ違和感。それは些細なものだからこそ心に引っかかる。謎の派手さではなく、身近な風景のズレが、不穏さを呼び込んでくる。その匙加減が絶妙だ。

この短編集は、ただの一発屋じゃない。収録された五編すべてに異なるトリックが用意されていて、どれもジャンル愛と構成力の塊みたいな作りになっている。なのに読みやすくて、くどくない。

本格ミステリの文法をしっかり踏まえつつ、現代的なセンスでアップデートしてる。こりゃ、すごい新人が出てきたな、と素直に思った。

しかもこの人、「闇バイト」や「化学ネタ」まで扱ってるのに、全然無理がない。軽やかに、でも芯を通して書いてる感じ。

読み終えた後、「いいミステリを読んだなあ」って思える。そういう感想って、実はかなり貴重だ。

目次

ミステリ研究会のホームズとワトソン

主人公コンビがまたいい。

探偵役の葉山緑里(はやまみどり)は、大学のミステリ研究会の会長。クールで頭が切れて、一人称は「ぼく」。この女性が「ぼく」って言うのが好きだ、うん。少女マンガに出てきそうな雰囲気なんだけど、思考は完全にシャーロック・ホームズ寄り。推理の冴えがとにかく鋭い。

語り手は後輩の冬木志亜(ふゆきしあ)。こちらは人懐っこくて現実的。推理のタネになる出来事を拾ってくるのはたいてい彼女の方で、その感覚のズレが物語の入口になっている。つまり、志亜が読者の目線、緑里が読者の代弁。まさに理想のコンビだ。

二人のやりとりには、青春らしい軽さと、論理の重みがバランスよく混ざっている。「え、そこまで考えてたの?」っていう緑里の推理に、志亜が「えー、でもそれって変じゃない?」って返す。まるで探偵と読者が、対話してるような不思議な構図。それがこのシリーズの最大の魅力かもしれない。

しかも、舞台が大学ってのが絶妙にちょうどいい。高校よりも自由で、でもまだ大人未満。バイトあり、寮生活あり、課題に追われるリアルな日々の中で、ちょっとした違和感が、謎として立ち上がってくる。その距離感が、物語に今っぽさを与えてくれる。

それぞれの謎に、ちゃんと「顔」がある

どの短編にも個性があって、「この話はこれ」とすぐ思い出せるのがすごい。

ざっくり紹介してみる。

まず表題作『朝からブルマンの男』。

コーヒーの謎から始まって、まさかの事件へとつながる展開は、まるでジェットコースター。読んでて「えっ、そんな方向行くの?」って驚きがある。でもちゃんと伏線は張られていて、解決はスカッとする。まさにデビュー作にふさわしい一編だ。

『学生寮の幽霊』は、怪談っぽさをまとった密室ミステリ。ある一室だけ幽霊が出るって話なんだけど、その理由がまたロジカルでニヤリとさせられる。「怪異に見えるものの正体を暴く」っていう快感、これぞ本格の醍醐味。

『ウミガメのごはん』は一転して、ほんわか系。「単身赴任中の父親が帰宅する金曜の料理だけがなぜまずいのか?」という謎が、あの有名な『ウミガメのスープ』とリンクしてて、ジャンルへの愛情がにじんでいる。読み終わると心がポカポカする系のミステリ。

『受験の朝のドッペルゲンガー』は、がっつり鉄道トリック。時刻表ミステリへのオマージュたっぷりで、かつ舞台は大学受験というプレッシャーMAXな日。青春×論理がガッチリ噛み合った快作だ。

ラストの『きみはリービッヒ』は、鉱物と暗号解読がテーマ。ちょっと文学っぽい空気もありつつ、友情と裏切りの余韻が残る。シリーズの中でも一番〈陰〉のある話かもしれない。

どの話も「短編でここまでできるの?」ってくらい内容が詰まってるのに、読んでて窮屈じゃない。

それは、構成力と筆致のセンスが両方ないとできないことなんだよなあ。

「日常の謎」って、こんなに今っぽくなるんだ

この作品を読んで一番感じたのは、「日常の謎」ってまだまだ進化できるんだな、ってことだ。

日常の謎の代表格といえば、やっぱり北村薫の〈円紫さんと私〉シリーズだろう。素晴らしい魅力の中に、どこかノスタルジックな空気があった。閉じた世界で、すこしだけ日常が揺れる、そういう穏やかな魅力。

でも水見はがねは、そこに「現代の不穏」を混ぜてくる。闇バイトの存在、複雑化する人間関係、スマホ世代の距離感。

そういうものが自然と物語の背景に溶け込んでいて、「ああ、今の学生って、こういう空気の中で生きてるんだな」と伝わってくる。

だからこそ、この作品は安心して読めるだけじゃ終わらない。

ちょっと引っかかる。不穏さが残る。そして、それを解き明かす探偵役が、ちゃんと若い女性であるということも、今の時代らしいと思った。

古典の構造に、新しい視点と声が吹き込まれてる。そういう意味で、このシリーズは「次のミステリ」なんだと思う。

なんでもない朝のブルーマウンテンに、これだけのドラマと謎が詰め込めるって、正直驚いた。

もし興味をもったなら、一話目だけでも読んでみてほしい。

きっと、あなたの中に眠っていた「なんで?」が、ひょっこり顔を出すから。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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