『マーブル館殺人事件』- ホロヴィッツがまたやってくれた!探偵小説を素材に作られた、最高の犯人当てミステリ【読書日記】

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四季しおり
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書する人です。
特にミステリー小説が大好きです。

アンソニー・ホロヴィッツの名前を見るたびに、毎回うれしいため息が出る。

どうせまた面倒くさい仕掛けを仕込んできてるに違いない、と思いつつ、それでもページを開かずにはいられない。そして案の定、今回もとんでもないものを読まされてしまった。

『マーブル館殺人事件』は、スーザン・ライランドを主人公とする〈アティカス・ピュント〉シリーズの第3作。と言っても、例によってただの続編ではない。これがまた、恐ろしくよくできた探偵小説そのものを扱った探偵小説なのである。

導入からして秀逸だ。読者が夢中になって読み進めていた原稿が、最後の数ページで唐突に途切れる。未完の原稿。殺された著者。そして、物語の続きを知るために探偵役のスーザンが現実の謎を解く。そんな展開、読むしかないだろう!

舞台をギリシャからロンドンへ戻したのも功を奏している。逃げ場のない編集者スーザンが、再び文学という名の地雷原に足を踏み入れる羽目になる。

設定も、構造も、キャラクターも、全部が綿密に設計されたパズルのようで、読んでいてニヤニヤが止まらなかった。

目次

編集者が探偵になるとき、ミステリは二度始まる

このシリーズの醍醐味は、現実と作中作がミルフィーユみたいに交互に現れるところだ。今回もそれは健在。いや、むしろ過去作よりも一層高度になっていたかもしれない。

まず「現実世界」では、スーザンが後継作家の書いたピュントシリーズの新作『ピュント最後の事件』を編集している。ところがその原稿が、彼の祖母の不審死をほのめかすような内容で、なにやらきな臭い。そしてその若き著者・エリオットは、原稿の完成前に死んでしまう。未完の原稿を残して。

そしてもう一つの軸、「作中作」として描かれるのが、ピュントが活躍する1950年代の英国ミステリだ。舞台は田舎のカントリーハウス。

一族の女当主が殺されて、誰もが怪しいという黄金時代スタイルの王道展開。ピュントがコツコツと聞き込みを重ねていく様子は、まさにポワロを彷彿とさせる。

で、何が面白いって、この二つの物語がただの対比構造にとどまらず、互いに深く関わり合ってくることだ。現実の事件と作中作の展開が、鏡合わせのように絡み合い、片方の謎を解くともう片方の地図が浮かび上がってくる。

まるで手がかりをまたいで読む体験。こういう仕掛けこそ、まさにホロヴィッツの真骨頂だ。

スーザン・ライランドという探偵

このシリーズの探偵は、アティカス・ピュントとスーザン・ライランドのダブル主人公制だが、やはり面白さの中心にいるのはスーザンの方だと思う。編集者という職業柄、彼女は物語を読む・整えるプロであり、だからこそ物語の中に潜む真実を見抜く目を持っている。

しかも彼女、結構ずけずけと動くし、勝手に人の家に上がり込んだりする。普通の探偵よりよっぽど危なっかしい。でも、その人間臭さがいい。自分の思い込みで突っ走ることもあるし、過去作で相当なトラブルにも遭っている。

それでも懲りずに真相を追いかけるところに、ある種の業の深さというか、「探偵に向いてないのに探偵をやらされてしまっている人」感がある。

この「探偵に選ばれてしまった人」というポジションが、物語をより面白くしている。読者と同じ視線を持ちながら、どこか読者よりも一歩だけ前を歩く。その一歩があるからこそ、読者は彼女の行動に納得し、時に驚かされ、そして共感するのである。

書かれなかった結末が意味するもの

『マーブル館殺人事件』最大の仕掛けは、作中作が「未完」だという点だ。『カササギ殺人事件』では物理的に抜け落ちたページを探す話だったが、今回はそもそも書かれていない。著者がその前に殺されてしまったのだから。

この違いは大きい。今回は「存在しない答え」を前にして、スーザンが自力で犯人を特定しなければならない。つまり、“誰が犯人か”だけでなく、“著者はどういう結末を書こうとしていたか”まで推理しなきゃいけない。これって、いわば探偵小説における「神の視点」を欠いた状態での謎解きで、めちゃくちゃ難易度が高い。

それに、この「著者の死」というモチーフそのものが、ホロヴィッツの作品テーマと絶妙に絡んでいる。彼はボンドやホームズの続編を書く公認作家でもある。つまり、他人が創ったキャラクターの後継者なのだ。

今回、後継作家が殺されるというプロットを持ってきたのは、まさにこのテーマへのメタ的返答だろう。作品内での「遺産をどう扱うか」という問いは、ホロヴィッツ自身の創作と直結している。

このあたりの作り込みは、もはや小説というよりジャンル批評の域に達している。読みながら「そこまでやるか!」と何度も唸ってしまった。

パズルミステリの未来はここにある

と、こんな感じで語ってきた『マーブル館殺人事件』だけど、間違いなくホロヴィッツの代表作の一つになると確信した。トリックの精度も、プロットの重なりも、メタ性の深さも、すべてが高い次元で融合している。

黄金時代ミステリの懐かしさを持ちながら、現代的なテーマ性とメタ構造をしっかり組み込む。しかも、それを「二重構造」というわかりやすい形式で読ませてしまうのだから、本当に上手い。

スーザンとピュント、二人の探偵がそれぞれ異なる時代で動いているのに、なぜか同じ一つのミステリの精神を背負っているように感じる。

シリーズはまだ続く可能性があるらしいけど、正直、ここまでの完成度を超えるのは至難の業だろう。でも、ホロヴィッツならやってくれるかもしれない。

いや、やってほしい。だって、こんなに知的で楽しくて、手の込んだミステリの祭典を毎回読ませてくれる作家なんて、他にいないんだから。

というわけで、探偵小説の新たな地平を見せてくれたホロヴィッツに最大級の拍手を。

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