タイトルに「大全」とあるけど、正直、最初はよくあるビジュアル系妖怪図鑑の中国版だろうと思っていた。
ところがどっこい、この本、めちゃくちゃ本格的だった。
たしかにカラーイラスト満載だし、目を引く造本なんだけど、中身はむしろ〈学術書×画集×神話大系〉とでも言いたくなる重厚さ。読んでいて、「これ、研究者も創作する人も、ただの妖怪好きも全員読むべきでは?」という気持ちになる。
まずページをめくって驚くのが、妖怪や神仙の数。全部で305種が紹介されてて、しかもそれぞれに関連する神話・物語が217話、挿絵は417点以上。もうこの数字の時点でお腹いっぱいだ。
でも、ちゃんとカテゴリ分けされてるから読みやすい。妖魔鬼怪、奇禽異獣、神仙異人、仙草奇虫……なんかRPGの属性みたいだけど、これがまた絶妙な分類。
そして挿絵のレベルが異様に高い。中国の若手人気イラストレーターから伝統水墨画家まで起用されていて、世界観が見事に立体化されてる。
古典の木版画と新作イラストが並べてあるページなんか、時空が歪むかと思った。資料性と芸術性が一冊に詰まってるって、なかなか無い。
「志怪」って何?って思ったけど、わかると面白さ倍増

この本の一番の特徴は、志怪(しかい)という古代中国の伝統ジャンルにどっぷり浸かってる点だと思う。
志怪ってのは、ざっくり言えば「怪しいもの記録してみた」っていうスタンスの文学ジャンルで、怪異とか幽霊とか神仙とか、現実と非現実のあいだにある存在を本当にいたかもしれないってテンションで書き残してるやつだ。
面白いのは、これが単なるおとぎ話じゃないってこと。『捜神記』とか『聊斎志異』みたいな古典がガンガン引かれてて、「これは史実ではないけど、記録する価値がある現象」として扱われてる。現代の「フィクション」とも違うし、「歴史」でもない。曖昧だけど、だからこそ豊かなグレーゾーン。
そして、この志怪のスピリットを、現代に蘇らせようと本気でやってるのが「志怪社」っていう編集チームだ。この名前からしてガチ感すごい。
彼らは文化の保存者であると同時に、創造者でもある。妖怪を記録することで、自分たちの文化と世界観を再構築してるわけで、これはもう現代の民間伝承と言ってもいい。
神話と妖怪の中間にある世界を覗く
この本に出てくる妖怪たちは、日本の「身近なものに宿る霊」的な存在とちょっと違う。いや、だいぶ違う。もっとこう、宇宙規模だったり、国家や王朝と関係していたり、天地創造に関わってたりする。「田んぼの隅にいる妖怪」じゃなくて、「この世界の理そのもの」みたいなスケール感だ。
たとえば、燭龍(しょくりゅう)なんて神様、目を開けると昼になって、閉じると夜になるっていう……謎の天体スイッチ。あるいは、九天玄女(きゅうてんげんにょ)という女神は、兵法と戦術の達人で、英雄を導く存在。なんだかアベンジャーズ感がある。
でも、その横に「水鬼」みたいな、溺死者の霊が身代わりを探してさまようという超地味で怖いやつもいて、温度差で風邪ひきそうになる。
そういう風に、神話的な崇高さと民間伝承的な怖さが混在してるのが本書の醍醐味なのだけど、その多層性を支えてるのが、なんといっても情報の構造化。辞書的にも読めるし、ストーリーとして流し読みもできるし、目的に合わせて使える感じ。これ、クリエイターにもめちゃくちゃありがたい。アイデアの種がゴロゴロ落ちてる。
じゃあ日本の妖怪とは何が違うの?
読んでいて何度も思ったのが、「日本の妖怪文化とはぜんぜんアプローチが違うな」ってことだ。たとえば日本だと、水木しげるの影響もあって、妖怪ってどこか可愛かったり、近所にいそうな存在だったりする。
親しみやすさ重視というか。付喪神(つくもがみ)なんて、使い古した道具に魂が宿るっていう発想だけど、これはアニミズム的な感性から来てるよね。
一方で、中国妖怪はもっと宇宙論的で、官僚制度っぽい階層構造がある。神仙の世界には役職があるし、ちゃんと管理されてる感じがある。なんなら、地獄も役所の一部みたいなノリだし。
妖怪たちも、天命や歴史的事件とリンクしてたりするから、文脈がいちいち重い。その分、神話と民間伝承の距離が近いというか、曖昧な境界のなかで色んなものがうごめいている。
面白いのは、九尾の狐みたいに日中両方に登場する妖怪の「バージョン違い」も見えること。同じモチーフでも、中国では神格化され、日本では妖艶な美女にアレンジされたりしてて、「文化ってこうやって変化するんだな」としみじみする。
未来の物語のための資料集
この本を読むと、なんか変な夢を見そうな気がする。異形の者たちが何百人も行進してるようなやつ。
つまり、それくらい“効く”。図鑑というより、脳内世界に直接インストールされるデータベースって感じ。
そして何より素晴らしいのが、「これを読んだ人が、次の物語を作る側に回れる」ってことだ。文章、図像、背景知識……創作の素材が、これでもかと詰まってる。
妖怪が好きな人、中国文化に興味がある人、神話世界で遊びたい人、絵が好きな人、全部に刺さる。
『中国妖怪大全』は、過去の記録じゃない。
これから新しい神話や物語を紡ぐための、現代の創世記なのだと思う。