【自作ショートショートNo.73】『幸運をもたらす石』

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エヌ氏は平凡なサラリーマンだった。

毎日毎日、満員電車に揺られてオフィスにたどり着き、惰性で仕事をする、そんな日々。出世はとうに諦めていた。

特に大きな夢や目標もなく、ただなんとなく日々を過ごしていたのだった。

そんなある日のこと、この日もいつもと変わらず、やる気のないまま仕事を終え、疲れ切って家へ帰るところだった。

エヌ氏は重い足取りで、人気のない公園を横切ったのだが、その時何気なく足元を見下ろした。

するとそこに光る何かが落ちていた。拾い上げてみると、それは緑色に光る美しい石だった。

「おや、何だ?ひょっとすると珍しい石かもしれん」

何のけなしに石をポケットに入れると、エヌ氏は家路についた。

一人暮らしの狭い部屋へ帰ると、エヌ氏は明るい中で改めて拾った石を確かめてみた。

「キレイな石だな。こりゃあ値打ちのある宝石かもしれんぞ」

エヌ氏は少しうれしくなった。

そしてこの日は翌日が休日だったこともあってか、久々にぐっすり眠ることができたのだった。

翌朝、目覚めたエヌ氏は、いつもと違ってすごく気分がいいことに気が付いた。

普段であれば休日は昼近くまで寝ていることが多いのに、まだ早朝だ。

「そうだ、昨日拾った石は……」

枕元に置いてあった石を手に取ると、やはり美しく光っていた。

エヌ氏はその石を胸ポケットに入れて、外へ出た。せっかく早起きしたのだから散歩にでも行こうと思ったのだ。

いつもであればたとえ早起きしたとしても、そんな気分にはならないのだが。

そうして玄関を一歩出たところ、紙切れが落ちていた。拾い上げてみると宝くじだ。

それと同時に胸が熱くなった気がしたエヌ氏は、ポケットから石を取り出した。

「おや?」

不思議なことに昨夜より、輝きが増しているような気がする。

何となく予感がしたエヌ氏はすぐさま部屋へ取って返し、新聞を確認した。

「ま、まさか?!信じられん」

先ほど拾った宝くじが、なんと一等に当選していたのだ。

一か月後、三億円もの大金が手に入ったエヌ氏は会社を辞め、夢だった世界旅行に出かけた。

その旅先でも幸運に恵まれ、親切な人々と出会い、思いがけないアクシデントもエヌ氏にとってはすべてが楽しい思い出となった。

そして旅行も終わりに近づいた頃、恋人までできた。可愛らしくよく笑う彼女は、まさに理想の女性だった。

まるで石の力に導かれているようだった。

そうなのだ、光る石を拾って以来、エヌ氏の人生は良いことばかり。

幸運をもたらす石なのかもしれない。エヌ氏はそう思い、石をとても大切にした。

数か月かけて世界中を旅したエヌ氏は故郷へ帰って来ると、光る石を神棚に祀った。

それから当選金を元手に商売を始め、大成功を収めた。旅先で出会った女性とは結婚し、子宝にも恵まれた。

すべて順風満帆だった。それもこれも全部、光る石のおかげだ。

この時エヌ氏は、すべての幸運が石の力だと確信していた。

しかし、そんなエヌ氏にも試練が訪れる。

エヌ氏の乗る飛行機のエンジンが故障したのだ。

他の乗客たちが青ざめる中、しかしエヌ氏だけは落ち着いていた。

なぜなら自分の幸運を信じていたからだ。出かける際は肌身離さず、持ち歩いている光る石は、この時も胸ポケットにしっかり収まっていた。

ところが飛行機は山に激突し、大破した。
 
「俺には幸運の石がついてるから、死ぬわけがない……」

エヌ氏は薄れゆく意識の中、そう考えた。

事故現場は悲惨な状況だった。乗客乗員全員が死亡するという大惨事。

遺体はバラバラに散らばっており、身元の判別が困難な状態だった。

そんな中、一人の遺体だけが奇跡的にキレイな状態で発見された。その遺体こそ、エヌ氏だった。

「なんてことだ」

救助隊員たちは、驚きを隠せなかった。他の遺体はひどく損傷していたのに、エヌ氏の遺体だけがまるで眠っているかのように安らかに横たわっていたからだ。

「この仏さん、運が良いですね……」

一人の救助隊員が、呟いた。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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