石持浅海『あなたには、殺せません』- 論議で犯罪発生を未然に防ぐ!?新感覚の倒叙ミステリ短編集

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犯罪者には、実行前に迷いがあるものだ。
この段階でもしも思い留まらせることができれば、犯罪の発生を防ぎ、世の中を良くしていくことができるのではないか。

この考えから、とあるNPO法人では、犯罪を迷う人々のための相談窓口が開かれていた。
相方の裏切りが許せないというミュージシャン。
夫が人を殺したため、発覚前に夫を殺してしまおうとする妻。
好きな女性の事故死を、その姉のせいだと考え、恨む男。
次々に窓口にやって来る犯罪者予備軍たち。
けれど彼らの殺人計画は穴だらけで、そのまま実行すればまず失敗すると思われる。
だから相談員は、今日も彼らの計画を聞き、穴を指摘しては出鼻をくじく。
「あなたには、殺せません。失敗に終わるでしょう。なぜなら―」
計画のどこに問題があるのか、隅々まで指摘を受けた犯罪者予備軍たちは、果たして犯行を諦めるだろうか?

◎犯罪を防ぐため?それとも―

『あなたには、殺せません』は、これから犯罪を起こそうとする人々を思い留まらせようとするNPO法人を描いた、全5編のミステリー連作短編集です。
殺したい人がいるけれど良心が咎めたり、警察に捕まるのが怖かったりで、なかなか実行に移せないでいる犯罪者予備軍って、世の中に結構いそうですよね。
そのような人々を、このNPO法人は「駆け込み寺」のごとく受け入れ、犯罪をやめるよう諭しているのです。

具体的には、彼らが立てた犯行計画の穴をどんどん突いていきます。
「あなたの計画は、これこれこういう理由で失敗するでしょう」的な指摘をし続けることで、犯罪者予備軍に「やっぱり人を殺すなんて無理なんだ…」と犯行を諦めさせるわけですね。
つまり相談員は、計画にケチをつけ、アラをとことん捜し、ダメ出しをしまくるわけで。
なんだか意地悪で性格が悪そうな感じに見えるのですが、でもこれは犯罪を防ぐためであり、世の中を良くしていくためには大事なこと!
…と言いつつ、実はそうでもなかったりします(笑)
というのも、読者には徐々に相談員の印象が違って見えてきて、「もしやこの人、犯罪者予備軍を思い留まらせるつもりは毛頭なくて、むしろ背中を押したいのでは?」とさえ思えてくるのです。
だって計画の穴を指摘することは、裏を返せば、失敗を防ぐための強力なアドバイスになりますよね。
ということは、相談員が指摘すればするほど、犯罪者予備軍の計画は穴のない完璧なものになっていくわけです。

さぁ、果たしてこの「駆け込み寺」によって、世の犯罪は減るのでしょうか。
それとも…?

◎各話のあらすじと見どころ

『五線紙上の殺意』

相方に裏切られて憤るミュージシャンからの相談です。
殺すことで恨みを晴らそうとするのですが、相談員は当然その計画の脆さを指摘してきます。
それを聞いたミュージシャンは、何を選択するのか?

このNPO法人や相談員の真意、そして作品のテーマが見えてくる、第一話に相応しい物語です。

『夫の罪と妻の罪』

夫が不倫相手を殺す瞬間を見てしまった妻が、発覚することを恐れて、夫を殺すことを決めます。
その理由は、「殺してしまえば、夫は警察に捕まらないので、自分は殺人犯の妻にならずに済む」という身勝手なもの。
相談員は、もちろんその計画に難癖をつけるのですが―?

人殺しをした夫も夫ですが、妻も妻。
自己中な愚か者がどんな末路を辿るのか、空恐ろしくなってくる作品です。

『ねじれの位置の殺人』

川が氾濫し、逃げ遅れた女性が亡くなります。
それを彼女の双子の姉のせいだと考えた男が、復讐のために殺害計画を企てます。

これもまた、自己中な人間が「人を呪わば穴二つ」的に自滅していく物語かと思いきや。
まさかのオチが、スパーンと爽快にキマります!

『かなり具体的な提案』

DVを受けていた英会話講師を助けようとしたところ、仲間が裏切ったため、講師は自殺してしまいます。
しかも仲間は責任を主人公に擦り付けてきたため、主人公は殺意を抱くのですが―。

オチがかなりビックリで、想定外すぎる場所からの、背筋も凍りつく一撃が来ます。
個人的には全5編で一番衝撃を受けました。

『完璧な計画』

女性同士のカップルのうち、片方が世間体を気にしてお見合い結婚をすることになりました。
パートナーはそれが許せず、殺してしまおうと思い詰めます。

女性の情念が渦巻く、ドロッドロの物語。
何をもって「完璧な計画」とするのか、ロジカルな進行がひたすらに面白い!
想定外すぎるオチも見事です。

◎ブラックなビックリ展開がたまらない

石持 浅海さんの『あなたには、殺せません』をご紹介しました。
「犯罪を辞めさせる」という大義名分を掲げつつ、むしろ犯行計画を完成させていくという発想が面白い作品でしたね。

といっても、相談員のアラ捜しによって犯行計画が完璧に進むようになるかといえば、必ずしもそうではありません。
むしろ失敗に終わるというか、思いもよらぬ方向に進んでいくこと多く、その顛末がまた抜群に面白い!
自分がかえってひどい目に遭ったり、想定していなかった人が死んでしまったりと、各話で様々なビックリ仰天のオチが用意されています。
このどんでん返しのキレ味は、『世にも奇妙な物語』や星新一氏のショート・ショートを思わせます。
たいてい、どうにもフォローできないようなひどい状況になって終わるので、「この先一体どうなるの!?」と気になって気になって、後を引くところも良いですね。

とにかく、読み始めたら手を止めようがないくらい没頭してしまう上、読了後もあれこれ考えずにいられなくなる作品ですよ。
ブラックなビックリ展開やどんでん返しがお好きな方であれば、楽しめること間違いなしですので、ぜひ読んでみてくださいね。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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