【自作ショートショート No.54】『宝箱』

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悪魔の海域と呼ばれ、漁師から恐れられている場所がある。

この海域では船の事故が頻繁に起こっており、いつしかそう呼ばれるようになっていたのだ。

さて、そんな悪魔の海域ではある伝説がまことしやかに囁かれている。

それは金銀財宝の湧き出る宝箱が眠っているというものだ。

ある学者は「金銀財宝を狙って多くの船が訪れるゆえに沈没事故も多くなるのだ」との説を唱えている。

その真偽のほどは不明だが、金銀財宝を目当てに船が多く訪れることは事実だった。

「一獲千金を狙ってやるぜ」

一人の男が宝箱の噂を聞きつけ、この海域にやってきた。

「悪魔の海域ってのはこの辺りのはずだ」

男が海底探査用のレーダーを起動する。

レーダーには、何隻もの船の残骸が映っている。

「すごい数だ。俺も気をつけないとな」

男はバチンと両頬を叩き、気を引き締めた。

一呼吸を置き、レーダーをじっと見つめる。が、宝箱らしきものは見当たらない。

男は少しずつ船を移動させて、レーダーを確認していく。何もない。

また船を動かし、レーダーを覗き込む。それを何度も繰り返した。

「暗くなってきたな。今日の調査は終わりにするか」

男は船をとめて、いかりを下ろす。

それから船内へ戻って軽く食事をとった。

宝が見つかるまでは海上で生活する、男はそう決めていた。

食料と飲料は十分に準備してある。

「明日こそ見つけてやるぜ」

男はランプの灯りを消し、眠りについた。

しかし翌日も宝は発見できず、さらに1週間が過ぎた。

この1週間、男はずっと変化のないレーダーを見ていた。映るのは魚群や船の残骸ばかり。

代わり映えのしない映像に飽き飽きしていた。たっぷり用意してきた食料も残りわずかだ。

一旦港へ帰り、食料を補充すべきか、それとももう少し粘るかと迷っていたその時である。

レーダーに見たことのない影が映った。

「ん?なんだこれは?」

レーダーを操作し、影にズームさせる。

「ま、まさか!」

男は慌てて、船の上に出た。海底を覗き込む。何も見えない。

「よし」

男は潜水服を着用し、海に飛び込んだ。レーダーが指し示していた地点を目指して泳ぐ。

その場所に近づくに連れ、男の興奮も高まってくる。

「おぉ」

四角い物体——それは黄金に輝く宝箱であった。

「やった。やったぞ」

男は宝箱を持ち上げ、海面に浮上する。船に戻った男は、ふとおかしなことに気づいた。

「やけに軽いな」

金銀財宝が入っているにしては宝箱が軽いのだ。

「まさかな」

男はおそるおそる宝箱を開ける。中身は空っぽだった。

「ウソだろ。何も入ってねえじゃねえか。先に誰かが見つけちまったのか」

男は落胆し、船のヘリに座り込む。

「ん?」

宝箱の側面に何やら文字が書いてある。

「なんだ?」

そこに書いてあったのは『金銀財宝の湧き出る呪文ワケワケキンギン』という一文。

「ワケワケキンギン!」

男は半信半疑で呪文を唱える。すると空だった宝箱が、みるみる金銀財宝で満たされていく。

「おお!」

男は歓喜に沸いた。気付けば、宝箱は財宝でいっぱいだった。

「金銀財宝の湧き出る宝箱ってのはこういう意味だったのか」

男は金銀財宝を取り出し、宝箱を空にした。

「よし。ワケワケキンギン!」

男はもう一度呪文を唱える。宝箱がまたも金銀財宝でいっぱいになった。

「こいつはすげえお宝を手に入れたぞ」

男はニタリと笑った。

「ワケワケキンギン!」

「ワケワケキンギン!」

「ワケワケキンギン!」

男は何度も呪文を唱えた。そのたびに金銀財宝が増えていく。

「まだだ。まだ足りねえ!」

呪文を唱えれば唱えるほど増える金銀財宝の数々。それらを前にして、男の欲が尽きるはずもない。

「ワケワケキンギン!」

「ワケワケキンギン!」

宝箱からどんどん湧き出る金銀財宝は、あっという間に船内を埋め尽くした。

「これ以上は無理そうだな」

男は呪文を唱えるのをやめ、船の針路を港に向けた。

「ん?」

ミシミシという音が響く。

「なんだ?」

その音は止まることなく、勢いを増していく。

「なんなんだ?」

と、その時、船が大きく揺れた。

「うわ」

男はバランスを崩して、転倒する。

「え?」

男の視線があるものを捉えた。それは船に走った亀裂。

「な、なんで?」

男は辺りを見渡す。

「あ」

男は気付いた。金銀財宝の量が、船の積載量を超えていることに。

「あ、ああああ!」

気付いた時にはすでに遅く、船は傾き、沈み始めていた。

「おい、冗談じゃねえぞ、せっかくお宝を見つけたってのに。俺は大金持ちになるんだ。こんなところで死んでたまるかーー」

男の叫びは広い海にむなしく響き、やがて静かになった。

再び海底に沈んだ宝箱は、また誰かがやってくるのを待ち構えるのだった。

半年後、小型船に乗って一人の若者がやってきた。

「ここが悪魔の海域か。随分と船が沈んでいるな。ま、俺はそんなヘマはしねえけどな……」

(了)

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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