祖父のいる村で暮らすことになった相馬 律(そうま りつ)は、田舎に馴染めず、日々をうんざりしながら過ごしていた。
しかし転校生の美少年・高遠 (たかとお るか)と出会ってから、生活が一変する。
透き通るように真っ白い肌、艶のあるふっくらとした唇、大きな瞳にまっすぐな鼻、そして色っぽい黒子。
この人ならざる美しさを持つ瑠樺に、律はたちまち夢中になる。
そしてある日、怪我をした瑠樺を保健室に運んだことをきっかけに、体を重ねて恋人同士になる。
愛に浮かれ、快楽に溺れる律。
しかしそんな律の心とは裏腹に、周囲ではおかしなことが起こり始める。
生徒たちがなぜか律を避けたり、認知症で会話の難しかった祖父がハッキリと瑠樺を拒絶したり、庭には季節外れの花が大量に咲き乱れたりしたのだ。
やがて律のもとに、森山神社のイミコ(忌子)を務めているという女性がやって来る。
彼女は冷たい目線を投げかけ、言い放った。
「あなたは腹磯のアレに魅入られている。死にますよ」
腹磯のアレとは一体何なのか―?
どこまでも美しく欲深い愛を描いた、背徳感に溢れるBL系ホラー!
耽美なBLとドロドロのホラー

『パライソのどん底』は、新鋭ホラー作家として注目されている芦花公園さんの初のBL小説です。
「あの芦花公園さんがBLを!」と、ビックリする方も多いのではないでしょうか。
でも読み始めると、これがものすごく芦花さんらしいのです。
おぞましさと美しさとが絶妙に絡み合っていて、怖いけど強烈に魅せられてしまって読む手が止まらず、ズブズブと物語に引き込まれていくのです。
もちろんBLなので、その手の描写はたくさん出てきます。
瑠樺の人間離れしたなまめかしさに、律は一瞬で虜になって、序盤でいきなり肉体関係を結びますしね。
でも確かにBLではありますが、決して肉感的で生々しいタイプのBLではなく耽美系であり、いやらしさよりも美しさの方が勝っています。
それ以上に読者としては、「これほど急激に律を惹きつける、瑠樺の悪魔的な魅力」に興味をそそられます。
で、案の定瑠樺は◯◯なわけですが、この物語は「愛した美少年が実は怪異でした」なんて単純なものでは済みません。
第一章の終盤くらいから、どんどんドロドロぐちゃぐちゃな方向へと進んでいくのです。
村ぐるみの秘め事、イミコ(忌子)の役割、腹を食い破られた少女、床を跳ねまわる鱗まみれの何か。
芦花公園さんの本領発揮とばかりに、とてつもなく禍々しい状況が続き、読者は否応なく引き込まれていきます。
極めつけは、ずっと昔から繰り返されてきた因習、因縁、そして卵……、これが何より怖い!
最後の最後まで、体の芯から汚染されていくような怖さを味わえます。
様々な伝承を繋ぎ合わせた新解釈
『パライソのどん底』は、いくつかの童話や伝説、言い伝えがモチーフとされているところも特徴のひとつです。
誰もが知っているアンデルセンの悲恋の童話だったり、日本で古くから語り継がれている尼僧の民話だったり、禍々しい太古の神々が登場することで知られるクトゥルフ神話だったり。
『パライソのどん底』はそれらを部分的に拾い上げ、うまい具合に繋ぎ合わせた物語であり、言うなれば「古い伝承の新解釈」という感じです。
いずれの童話も伝承も比較的よく知られている話なので、読者は読みながら「あ、これはあの神話がベースになっているな」とすぐに気が付くと思います。
しかも意外な繋げ方になっており、「まさかあの話とこの話が、こう結びつくなんて!」と、解釈の鋭さに感心することしきり。
またタイトルにある「パライソ」ですが、これも面白くいじってあります。
「パライソ」はそのままだとスペイン語の「楽園」を意味する言葉であり、英語の「パラダイス」に該当するのですが、作中では「腹磯」という日本的な漢字表記となっています。
なんとなく海の怪異っぽい不気味な当て字ですが、その通り「腹磯」は日本のとある怪異伝承に関係があるのです。
このように『パライソのどん底』は、単純なBLホラーではなく、民俗学的な趣のある物語となっています。
実は瑠樺の名前や、瑠樺が興奮した時にしきりに口にする「灼ける」という言葉にも、元ネタがあります。
純粋に美しさや怖さを楽しむのも良いですが、随所に散りばめられたネタを拾い集めながら読むと、より一層楽しめるでしょう。
デビュー前の幻の作品が完結!
『パライソのどん底』は、実は芦花公園さんがデビューする前に執筆していた作品です。
当時は小説投稿サイトのカクヨムで連載されており、その愛欲にまみれた耽美でドス黒い世界観が反響を呼び、SNSで大きな話題となったそうです。
ところがその後『ほねがらみ』でデビューして多忙になり、最後まで描き切ることが叶わず、放置状態になっていたのだとか。
ある意味「幻の作品」だったわけですが、それがいよいよ完結し、書籍として刊行されたのが、本書『パライソのどん底』です。
カクヨムで読んでいた方にとっては間違いなく大喜び&大興奮で飛びつかずにいられない作品ですし、デビュー後の芦花公園さんのファンも、興味津々で手に取りたくなる作品だと思います。
もちろんBLがお好きな方や、ホラーがお好きな方、古い伝承系の物語が好きな方にとっても、きっと面白く読める作品です。
逆に、BLが苦手な方は敬遠してしまうかもしれませんが、本書のテーマはBLではなく、渦巻く愛情と欲望とがもたらす闇です。
ここにBLという要素を加えることで、より耽美で尊いムードが醸し出されているので、ある意味BL要素は物語のスパイスと言えます。
そのためBLに不慣れな方でも案外サクッと読めるかもしれません。ぜひ、ご一読を!


