四季しおり2026年2月に読んだ本の中から、特にこれは面白い!と思った23冊の記録である。
・2025年11月に読んで特に面白かった本16冊 – 小川哲『火星の女王』ほか
・2025年10月に読んで特に面白かった本15冊 – 『本好きに捧げる英国ミステリ傑作選』ほか
・2025年9月に読んで特に面白かった本15冊 – アンソニー・ホロヴィッツ『マーブル館殺人事件』ほか
・2025年8月に読んで特に面白かった本17冊 – パーシヴァル・エヴェレット『ジェイムズ』ほか
・2025年7月に読んで特に面白かった本10冊 – 夜馬裕『イシナガキクエを探しています』ほか
1.飴村行『粘膜大戦』
黄金の仮面を剥ぐ鍵と、人体改造された兵
シリーズ前作『粘膜探偵』が出たのが2018年。そして2026年になった今、粘膜シリーズの新作が読めるなんて……嬉しすぎる!
飴村行の粘膜シリーズは、常に読者の理性を試してきた。その集大成となる本作は、第二次世界大戦下の架空の歴史を舞台にした、まさに血みどろのオールスター戦だ。
東南アジアのジャングル、帝国陸軍の謀略、そして異形の爬虫人。湿り気を帯びた熱気の中で、倫理が溶け落ちていく。
物語の核となるのは、占領下にある小国の王族、マテル姫が被る黄金の仮面だ。軍部はこの姫を利用して民衆を煽ろうと画策し、仮面を開ける唯一の鍵「久遠ノ爪」の捜索を堀川大尉に命じる。だが、そこは単なる戦場ではなかった。
一方、内地では予知能力を持つ人工斥候兵の少女キノブが、ある奇妙な任務に就いていた。さらにジャングルの奥地では、幻覚剤ムンベを巡る秘密指令を受ける二等兵の姿。複数の視点が交錯し、物語は制御不能の暴走を始める。
絶望の連鎖を断ち切る、逆恨みのエネルギー
このシリーズの魅力である、キャラクターたちの軽妙な台詞回しは今作でも健在。凄惨な殺戮が繰り広げられる一方で、どこか吉本新喜劇のような滑稽さが漂う。この恐怖と笑いが紙一重で同居する歪なリズムこそが、本作を唯一無二の存在にしている理由だ。
そして、計算し尽くされたアクションの山場と、先を読ませない怒涛の展開も良かった。ジャッキー・チェンの映画を彷彿とさせるアクロバティックな死闘が、爬虫人や人体改造といった異形の設定と融合し、強烈なイメージとなって脳を直撃する。
著者が語る「逆恨み精神」がそのまま燃料になっているかのように、ページからは魂をえぐる熱が噴き出してくる。これには巻き込まれずにはいられない。
戦争という巨大な狂気の中で、翻弄され、壊れていく個人。だが、物語の終わりには、シリーズを総括するような不思議な感慨が待ち受けている。
内容紹介の予想を裏切り、未来へとバトンが渡されるようなエピローグ。それは、あまりに過激な暴力の果てに見出した、歪な形の希望なのかもしれない。


2.東川篤哉 『じゃあ、これは殺人ってことで』
ユーモアミステリの達人が仕掛ける斜め上の真相
緻密な計算と、それ以上のマヌケさが奇跡的なバランスで同居する場所がある。日本最大(?)の犯罪都市・烏賊川市(いかがわし)だ。
東川篤哉によるシリーズ最新短編集は、お馴染みの面々が繰り広げる、あまりに人間臭いドタバタ劇の詰め合わせ。本格ミステリの鉄壁なロジックを、あえて偶然や勘違いという名のスパイスでかき混ぜる手法は、まさに名人芸。
収録された五つの事件は、どれも冒頭からいかがわしさが満載だ。ある男性の刺殺事件を巡り、一頭のプードルが重要な役割を果たす『深夜プラス犬』。絶妙なミスリードの先に待つ解決は、ミステリの型を熟知した人ほど驚くはずだ。
完璧な伏線と、投げやりなタイトルに隠された至福
東川篤哉の凄みは、ふざけ切った設定の裏に、一点の曇りもないロジックを隠し持っている点にある。
犯人の緻密な計画が、予期せぬ偶然によって崩壊していく様は、悲劇を通り越して芸術的な喜劇だ。真相が明かされた瞬間、その意外性に笑い、同時に完璧に計算された伏線回収の手際。これはもう、素直に感心するしかない。
シリーズのファンにとって、鵜飼や流平、そして砂川警部といったお馴染みの面々が繰り広げるドタバタ劇は、もはや実家のような安心感がある。
とりわけ表題作『じゃあ、これは殺人ってことで』は秀逸だ。密室殺人を巡って登場人物たちが必死にトリックをひねり出す倒叙もの。この投げやりにも思えるタイトルが、最後にすとんと腑に落ちる瞬間。その快感こそ、烏賊川市シリーズの持ち味だ。
陰惨な場面を排除し、ひたすら遊び心でコーティングされた物語群は、あらゐけいいち氏によるポップなカバーイラストそのままに、軽快でカラフル。
久々に登場するマイカちゃんも含め、愛すべきキャラクターたちが右往左往する姿を眺める時間は、何物にも代えがたい贅沢だ。
3.高田崇史『QED 天河伝説、桜舞い』
才能がありすぎた能楽師は、なぜ消されたのか
ミステリ好きなら避けては通れないシリーズの一つ、高田崇史の「QED」。
その最新作『天河伝説、桜舞い』は、日本史の教科書がさらっと流した空白に、全力でドロップキックを叩き込むような一冊だ。
舞台は奈良の秘境、天河大弁財天社。数百年の時を超えて、封印されていた真実を暴き出すプロセスは、最高にワクワクする知の冒険である。
歴史の影に消えた人たちへ贈る、優しき鎮魂歌
おなじみの物知り探偵・桑原崇が挑むのは、天才・元雅がなぜ若くして暗殺されたのかという謎。現代だと「たかが芸人が殺されるなんて」と思うかもしれないが、当時の能楽は、今でいうSNSやテレビ以上に強力な情報発信メディアだった。
だからこそ、そこで語られる内容は権力者にとって、喉元に突きつけられた刃と同じくらい怖かった。崇は、世阿弥が残した美しい謡曲のフレーズを、高度な暗号として読み解いていく。すると見えてくるのは、天皇家を二分した南北朝の動乱という、日本史最大のタブーだ。
一介の芸能者が国家を揺るがす秘密を握っていたとしたら……?バラバラだった歴史のピースが、崇の鮮やかなロジックで一本の線に繋がっていく快感は、パズルが完成する瞬間の興奮そのものだ。
この物語が単なる謎解きで終わらないのは、歴史の荒波に飲み込まれていった人たちへの、温かい眼差しがあるからだろう。崇が導き出す答えは、時に公式の歴史を真っ向から否定するほど刺激的。でも、そこには納得せざるを得ないほどの強い説得力があるのだ。
なぜ歴史は書き換えられたのか。誰が嘘をつく必要があったのか。その理由を追い詰めた先にあるのは、哀しくも美しい、人間たちの執念のドラマだ。
桜が舞い散る天川の景色とともに明かされる真実は、どんなミステリのどんでん返しよりも胸に迫るものがある。
歴史の裏側に隠されたドロドロの情念を、知性の力で鮮やかに解き放つ。まさに、大人のための最高に贅沢なミステリだ。
4.麻根重次『スノウマンの葬列 真々部律香の推理断章』
猛吹雪の雪山、テントの中で見つかった夫婦の遺体。夫の体の上には、なぜか無数の小さな雪ダルマが並べられ、妻は夫から切り取られた小指を握りしめていた。
そんな、悪夢のようなビジュアルから物語は始まる本作は、安曇野で謎解きコンサルタントを営む真々部律香が、警察もお手上げの不可能犯罪に挑む連作短編集。
猟奇的な装飾と、研ぎ澄まされたロジック。この対比がたまらなく刺激的な一冊だ。
「なぜ飾ったか」という謎が、真実の扉をこじ開ける
この本の面白さは、死体現場の不気味なデコレーションを、単なるショック療法で終わらせないところにある。
『スノウマンの葬列』の雪ダルマも、犯人がわざわざ手間をかけて作ったのには、物理的、あるいは心理的な「どうしてもそうせざるを得なかった理由」が隠されていた。
律香は、そんなカオスな現場に対して、コンサルタントらしい冷徹なロジックをぶつけていく。「アリバイがある人しか鍵を持てず、鍵を持てない人しかアリバイがない」という、まるでパズルが噛み合わないような密室事件も、彼女の手にかかれば、一つの美しい正解へと導かれてしまう。奇妙な現象の裏側に潜む機能的な必然性を暴き出すプロセスは、まさにミステリの醍醐味だ。
探偵役の律香が、感情に流されない謎解きのプロとして描かれているのも、現代的で読みやすいポイントだと思う。事件の悲劇性にどっぷり浸かるのではなく、あくまで、あり得ない現象をどう論理的に説明するかという思考のゲームに集中させてくれるのだ。
密室、毒殺、冷蔵庫の中の凍死体。並んでいるのは、ミステリ好きなら思わず身を乗り出すような魅力的な謎ばかり。安曇野の豊かな自然を背景にしながら、展開されるのは極めて人工的でハイレベルな論理のパズル。
バラバラだった断片が、律香の推理によって一つの線につながる瞬間には、まさに本格ミステリの原点にあるような純粋な快感がある。
5.森晶麿『消失村の殺戮理論』
地図から消された村で、知性は牙を剥く
キャンプに行くような軽いノリで足を踏み入れたら最後、二度と元の価値観には戻れない。
そんなヤバい村が、現代の日本に隠されているとしたら?
本作は、文部科学省がひた隠す謎の集落「網花村」を舞台にした、最高にスリリングなミステリだ。
因習村という手垢のついた設定を、最新の論理でフルリノベーションしたような、キレッキレの本格ものに仕上がっている。
神様の仕業か、それとも狂った計算か
物語のメインを張るのは、帝旺大学の若き准教授・岩井戸と、そのゼミ生たちだ。彼らが調査に訪れた村には、双頭の大山椒魚〈さうはん様〉を崇める、おどろおどろしい信仰が根を張っていた。
目玉は、女性を箱に入れて消し去る〈花匣の儀〉。村人たちに言わせれば、人が消えるのは「神様が連れて行った」という当たり前の現象。そこに事件性なんて少しも感じていないのが、また不気味でいい。
ここでワクワクするのは、私たちが信じる近代的なロジックと、村独自の狂ったルールが正面衝突する瞬間だ。大量消失という不可能犯罪を前に、学生たちは必死に知恵を絞る。けれど、常識という武器がここでは全く通用しない。
中盤、物語はただの村ホラーから一気にスケールアップする。なぜこの村は隔離されているのか。その裏に見え隠れするのは、効率と合理性ばかりを追い求めてきた現代社会が、ゴミ箱に捨てたつもりの野生の思考だ。
双頭の神が巻き起こす殺戮は、もしかすると、理屈で全てを説明できると思い上がった現代人への痛烈な皮肉かもしれない。著者の語りはどこまでも理知的で、伏線の回収も良かった。
民俗学的なスパイスを効かせつつ、中身はガチガチに硬派な論理のパズルを楽しめる一本だ。
6.大島清昭『冷蔵庫婆の怪談』
呪いの裏側にある、人間臭いロジック
放課後の教室で耳にした、得体の知れない都市伝説。大人になれば忘れてしまうような他愛ない怪談が、もしも現実の殺意と結びついたら。
本作は、そんなゾクゾクするシチュエーションを、驚くほどスマートな論理で解き明かしていく連作ミステリだ。実話怪談のような不気味さと、本格パズルのスッキリ感が絶妙に混ざり合っていてる。
怪談を情報の地図として読み解く面白さ
物語の核となるのは、怪談作家の呻木叫子。彼女はオカルトをただ信じるわけでも、頭ごなしに否定するわけでもない。人々が語り継ぐ怪異を社会が生み出した情報として分析する、いわば怪談のプロフェッショナルだ。
表題作では、かつて流行した都市伝説をなぞるように、子供が殺されて冷蔵庫に遺棄されるという凄惨な事件が起きる。叫子は、単に犯人を追うだけじゃない。なぜその怪談が選ばれ、不確かな噂がいかにして「具体的な殺人の手順書」に変わってしまったのか。フィクションが現実を侵食していく過程、それを暴く手際がものすごくいい。
『蘆野家の怪談』のエピソードも、ミステリ好きにはたまらない。特定の家の娘が25歳になると必ず命を絶つという、血塗られた呪い。一見すると超常現象にしか思えないこの祟りに対し、叫子は真っ向から論理のメスを入れていく。
著者が描くのは、怪異を単に「呪いでした」と切り捨てる物語じゃない。呪いが信じられているコミュニティで、人間がどんな思惑で動くのか。そのドロドロした心理の果てに、祟りを成立させている仕組みを炙り出す展開は本当に気持ちがいい。
冷蔵庫という身近な家電の冷たさや、古い家系に漂う息苦しさ。日本的なホラーのジメッとした空気感を楽しみつつ、最後には冷徹なまでにロジカルな着地点に連れて行ってくれる。
恐怖を論理で解剖していくこの快感は、やっぱり大島作品ならではだ。
7.恒川光太郎『幽民奇聞』
鬼か、切支丹か。歴史の裂け目に棲む影の機構
本作は、文明開化という時代の転換期に、歴史の表舞台から徹底して消し去られた謎の集団「キ」の足跡を辿る連作短編集。
若き民俗学者・鶯谷玄也が、各地に遺された記録を紐解くたび、教科書には決して載ることのない、この国のもうひとつの顔を目の当たりにすることになる。
物語の核となる「キ」と呼ばれる者たちは、人並み外れた身体能力を持ち、独自の秩序と言語を持つ異形の集団だ。
二本松藩の少年が家族を失い、謎の集団に救われる『鬼婆図探訪』や、人語を操る猿が記したとされる『狒々日記』の怪異。それらは一見、単なる空想の産物のように思える。
だが、この作品の凄みは、それらが二本松少年隊の悲劇や血税一揆といった、血の通った史実と見事に融合している点にある。
異形と人間。争乱の果てに辿り着く郷愁の正体
郵便局員が拳銃を携行していた時代。その殺伐としたリアリティの上に、妖しくも美しい幻想が接ぎ木されることで、「本当に『キ』が存在したのではないか」という眩暈のような錯覚が認識を激しく揺さぶる。それは、時代の変化に取り残され、衰退していく者たちが放つ、静かな無常感の記録でもある。
独立した短編たちが、民俗学的な探究という一本の糸で繋がっていく構成もすごく芸術的だ。特に、ある「キ」の激動の半生を綴る『最後のキ』から、エピローグへと至る流れは圧巻。かつての伊豆の学校時代のエピソードや、ススキ野原の先で明かされる真実は、物語全体を親子の愛や郷愁という普遍的な温かさで包み込んでいく。
異形な存在への恐怖は、いつの間にか、彼らと人間との間に芽生える奇妙な絆への愛おしさに変わる。幻想と史実、異形と人間。その境界線を描く筆づかいは、初期の恒川作品っぽさがあって好きだ。
幻想と史実が絡み合う面白さはもちろんある。でも、それ以上に心に残るのは、時代に取り残された者たちへのまなざしの優しさだ。
怪異譚として読んでも、歴史ロマンとして読んでもいい。そのどちらもきちんと成立しているのが、この作品の強さだと思う。
8.折原一『六つ首村』
伝説の連続殺人と、顔のない当主が待つ屋敷
横溝正史が築き上げた「因習村ミステリ」という様式美。そこに叙述トリックの魔術師・折原一が真っ向から挑んだのが本作だ。
舞台は北関東の山奥。名前からして不穏な『六つ首村』という響きに、血が騒いでしまうのはもう仕方がない。
物語は、ライターの克哉のもとに義姉を名乗る謎の女が現れるところから加速する。自分は30年前の惨劇を生き延びた一族の生き残りだという、衝撃の告白。
自らのルーツを求めて村に足を踏み入れた彼を待っていたのは、一切の素顔を見せない当主・夢男や、過去に縛られた村人たちの刺すような視線だ。
密室と叙述の結婚。古典への愛が生んだ怪物的トリック
さらに面白いのが、かつての事件を再現するドラマロケが同時進行するという仕掛けだ。現実の村で起きる奇妙な出来事と、虚構であるはずのドラマ撮影が、気づけば境界を失っていく。この揺らぎがたまらない。
昭和の匂いが濃厚なクローズド・サークルかと思いきや、そこに差し込まれるのは現代的な悪意と、幾層にも折り重なる文章の罠。日記、記録、そして現在の探索。視点が重なり合うたびに、こちらの認識は心地よくかき乱される。
そして何より、横溝オマージュ全開のドロドロした情緒の中へ、きわめてロジカルな不可能犯罪を放り込んでくる大胆さが面白い。密室殺人や瞬間移動といった本格のガジェットが、因習という名の濃霧に包まれて提示されるのだ。
折原一は、それを単なる物理トリックでは終わらせない。叙述トリックを組み合わせることで、解明の瞬間に世界そのものが裏返るような衝撃をきっちり用意している。
終盤、散りばめられた伏線が回収されていくあの感触。パズルのピースが小気味よくハマっていく快感は、やはり格別だ。ただの謎解きにとどまらない。そこには報われなかった情念と、何十年も積み重なった復讐の重みが横たわっている。
横溝作品への深い敬意をにじませながらも、最後に突きつけられる真相は、紛れもなく折原ミステリの鋭い刃そのものだ。
9.井上悠宇『予言館の殺人』
霊能力は、果たして論理の盾を貫けるのか
井上悠宇が描くのは、最強の霊能者たちと、他人の嘘に過敏な名探偵が対峙する、あまりに刺激的なクローズド・サークルだ。
六歳の頃に両親を亡くした惨劇の地、通称「予言館」に再び招かれた大学生の慎司。そこで彼を待っていたのは、霊能力を配信で証明しようとする、前代未聞の公開推理劇だった。
霊視という非論理を、心理学という刃で削ぎ落とす
この物語の面白さは、最強の霊能者軍団が主張する多種多様な真相に対し、探偵役の慎司が真っ向から挑む攻防にある。
彼らが披露する鮮やかな解決を、慎司は「それは心理的テクニックや情報の辻褄合わせに過ぎない」と冷徹に分析していく。霊能力というブラックボックスを、ロジカルな枠組みでいかに解体し、納得感のある答えを導き出すか。そのプロセスは興奮をどこまでも煽り立てる。
特に後半から終盤にかけての展開がすごくいい。配信という極めて現代的な装置を用いながら、逃げ場のない洋館での連続殺人という様式美を見事に両立させている。
畳みかけるように回収される伏線と、二転三転する構図。それまでの平穏な分析が、殺意の連鎖という濁流に飲み込まれていくスピード感にただ圧倒される。
立証不可能な事象に対し、物語としてどのような真相を与えるのか。その困難な謎に挑んだ結末は、想像以上のものだった。
本格ミステリの可能性を、特殊設定というフィルターを通して拡張してみせた本作。最後の一頁をめくった後に手にするのは、完璧なパズルの完成図だけではない。
そこには、真実という名の光に焼かれた人々の、剥き出しの心が横たわっている。
10.斜線堂有紀『回樹』
世界のバグさえも、ただの背景にすぎない
ある日突然、地上に高さ1キロもの巨大な人型物体が現れたら。普通なら宇宙人の侵略か?なんて大騒ぎになるけれど、この物語ではそれがいつの間にか巨大な植物として日常に溶け込んでしまう。
本作は、そんな奇妙なガジェットが組み込まれた6つの物語を収めた短編集。SFの形を借りつつ、その実、人間のドロドロとした感情や関係性を鋭く描き出す、キレ味抜群の一冊だ。
この本の面白さは、SF的な大事件が起きても、登場人物たちがそれにちっとも翻弄されないところにある。
秋田の湿原に突如現れた全長1キロの人型存在『回樹』。それは人の死体だけを吸収し、さらに故人を愛していた者の感情までも取り込んでしまう奇妙な物だった……という表題作では、異形がそびえ立つ世界で一人の作家とパートナーの壊れかけた関係が淡々と綴られる。
普通なら世界の謎を解き明かす展開になりそうなものだが、ここでは巨大な物体なんて、二人の愛憎劇を際立たせるためのちょっと変わった背景にすぎない。
巨大な異常事態より、目の前のあなた
他にも、生きている人間の骨にメッセージを刻む『骨刻』や、死体が絶対に腐敗しなくなる『不滅』など、設定だけ見ればどれも超弩級の異常事態ばかり。
でも、著者が描こうとするのは科学的な説明じゃない。そんなバグだらけの世界だからこそ浮き彫りになる、誰かへの異常な執着や、割り切れない想いといった、人間としての業の深さだ。
死体が物理的に壊せない世界で、人はどうやって死を受け入れるのか。
レントゲンを通さないと読めない骨の文字が、どれほど相手を縛り付けるのか。
こうした極限状態の設定は、登場人物たちの感情を極限まで引き出すための装置として機能している。理屈では説明がつかない不条理が日常を支配しているからこそ、逆説的に人間が誰かを愛したり憎んだりするという行為の自律的な強さが、鮮やかに浮かび上がってくるのだ。
全ての謎が論理的にスッキリ解決するわけではない。でも、その説明のつかない闇の中に、私たちが普段隠している生々しい本音が隠されていることに気づかされる。
SF的なギミックを楽しみながら、最後には自分自身の心の奥底を覗き込んでしまうような、不思議で贅沢な物語だ。
11.床品美帆『降り止まぬ雨の殺人:京都辻占探偵六角』
古都の雨に隠された、日傘と密室の冷たい罠
京都の路地裏にある六角法衣店。仏具を扱うこの店には、店主の六角聡明が引き受ける「失せ物探し」というちょっと変わった副業があった。
始まりは、7年前の事故で亡くなった妹の遺品である、一本の日傘の持ち主を捜してほしいという、どこか切ない依頼だった。
しかし、そんな日常の延長線上にあるはずの物語が、いつの間にか逃げ場のない密室殺人の迷宮へと変わっていく。このジャンルが鮮やかに切り替わる瞬間がすごくいい。
日傘探しが招き寄せた、解けない暗号と死の連鎖
最初は、亡くなった妹の過去をたどるような、しっとりとした情緒あふれるミステリのように思える。雨の京都、和傘、そして法衣店。しかし、そんな美しい風景の中で調査を進める六角たちの前に、突如として死が立ちはだかる。
手がかりを知る人物の不審死、そして逃げ場のない密室で起きた凄惨な事件。現場に残された謎の暗号と、幽霊のように現れる白いワンピースの女。
日常のささやかな謎が、気づけば本格的な不可能犯罪へと変貌を遂げている。京都の美しい風景が、実は血塗られた悪意を隠すための巨大な目隠しだったのではないか。そんな疑念が膨らんでいく展開から、目が離せなくなる。
探偵役が法衣店の店主だというのも、この物語の深いところだ。彼が行う「失せ物探し」は、単に物を探すだけではない。失われた記憶や、こじれてしまった人間関係をもう一度つなぎ直す、いわば心の供養のような作業だ。
7年前の悲劇が、今の密室事件とどうつながるのか。バラバラに散らばったピース、雨、日傘、暗号、そして白い服の女が、六角の論理的な思考によって一本の糸で縫い合わされていく。
怪談のような不気味さと、ガチガチに硬派な密室トリック。
この二つが京都という街の空気の中で一つに溶け合い、最後には水底に沈んでいた人間のドロドロとした執着が浮かび上がる。
その解決のカタルシスは、本格ミステリとして最高峰のものだ。
12.酉島伝法『無常商店街』
詐欺師まがいの相棒と挑む、認識のサバイバル
酉島伝法の描く世界は、私たちの思う当たり前を言語の魔術でドロドロに溶かしてしまう。
舞台は浮図市掌紋町。この街の地図は、なんと右手の手相と対応している。生命線や頭脳線が物理的な境界線として機能するなんとも異形な空間だ。
翻訳家の宮原が、姉の留守番を頼まれて訪れたのは、決して近づいてはならない無常商店街だった。一歩足を踏み入れれば、そこはもう私たちの知る三次元ではない。
「不滅がまち」「フルーツ灌頂」「増減コロバス教室」……。並ぶ看板の文字は意味をなさず、引き返そうにも道は生き物のように姿を変える。
看板の文字がゲシュタルト崩壊する、めくるめく造語の迷宮
とくに面白いのは、その圧倒的なディテール描写だ。古びた店構え、並べられた得体の知れない商品、住人たちの噛み合わない会話。それら全てが執拗なまでの解像度で迫り、読んでいるこちらの認識までがバグり始める。
作者・酉島伝法は、言葉によって物理法則を書き換えてしまう。ただの買い物が、いつの間にか異界の儀式へと変質していく過程は、最高にシュールで、最高に恐ろしい。
この狂った迷宮を突破するために、宮原はアリアドネの伊藤と名乗る男と手を組むことに。彼らが目指すのは、街最大のイベント掌紋祭。そこで行われる「踊り合い」に参加しなければ、この異界からは抜け出せない。なんという悪夢!
しかも物語は単なる怪談では終わらない。宮原が異界の奥底へ進むほど、彼自身の記憶や無意識が街の風景と混ざり合っていく。
効率や合理性が支配する現代社会の真裏で、これほどまでに無駄で、豊かで、おぞましい異世界を構築できる作家が他にいるだろうか。
読み終える頃には、自分の手のひらに刻まれたシワさえも、何かの入り口に見えてくる。
13.斧田小夜『では人類、ごきげんよう』
センサーが感知する亡霊と、殲滅を司る伝説の毒
ミステリの醍醐味は、論理によって不可解な謎を解き明かすこと。だが、斧田小夜が描く世界は、その論理の網で神話そのものを捕獲し、最新のテクノロジーとして再定義してしまう。
第10回創元SF短編賞の本作が見せてくれたのは、伝説の毒鳥が民主化運動を踏みにじり、AIが亡霊にバックミラーをむしり取られる、あまりに鮮烈な光景だった。
酩酊する麒麟が予感させる、星々の終わりの物語
まず圧倒されるのは、古典的な怪異を現代のガジェットに差し替える、その鋭い手口だ。
例えば『ほいち』。あの耳なし芳一の舞台で、自律走行車のAIが亡霊に遭遇するというトンデモ物語。バックミラーを耳に見立て、それを引きちぎられることで視覚センサーが損なわれていく描写は、SF的なリアリティと古典の不気味さが見事に融合している。
さらに、政治的な抑圧と超越的な暴力を重ね合わせた『飲鴆止渇(いんちんしかつ)』の衝撃も忘れがたい。猛毒を持つ巨鳥・鴆が、デモ隊と軍が衝突する広場に現れ、敵味方なく殺戮を繰り広げる。
収録作はどれも、時空を軽々と飛び越えていく。漢の武帝と酒を酌み交わし、酔えば光となって宇宙へ還る意識体としての麒麟。あるいは、太陽系外の探査に派遣されたAIが、ユーモアを交えて報告してくる人類への「ごきげんよう」という挨拶。そこには、壮大なスケールでありながら、個人の人生や営みを愛おしむような温かな視線が同居しているように思う。
特に、時系列を遡る構成で描かれる『海闊天空(かいかつてんくう)』のプロットは圧巻だ。バラバラだった断片が最後に一つの絵を結ぶ瞬間、短編とは思えないほどの重厚な読後感に包まれる。
神獣という名のシステムが、いかに人間の情念を糧にしてきたか。その残酷なまでの美しさに、ただ息を呑むばかりだ。
14.榎田ユウリ『殺し屋がレジにいる』
無敵のババァが教える、自分を取り戻すための怒り
主人公は、更年期の不調に耐え、理不尽な客や家族に舐められ続けてきた52歳のパート主婦、榊冴子。
自分を押し殺すことで波風を立てずに生きてきた彼女が、ある日、真っ黄色なジャージに身を包んだ72歳の現役殺し屋・山田グロリアと出会う。
この出会いが、冴子の人生を修羅の道へと変貌させていく。
この作品の何が面白いのか。それは、グロリアという型破りなキャラクターに尽きる。口が悪く、暴力すら辞さない彼女の哲学は明快だ。社会が高齢女性に求める優しさや謙虚さを、彼女はブルース・リーさながらのキックで粉砕していく。
冴子が彼女に弟子入りするのは、格闘技を学びたいからだけではない。モラハラ夫に囚われた親友を救いたい、そして何より、自分を透明な存在として扱う世界に対して「否」を突きつけたいという切実な願いからだ。
ページから溢れ出す、エンパワーメントの熱狂
老人ホームを隠れ家にする癖の強い元一流殺し屋たちの指導のもと、冴子は眠っていた感情を呼び覚ましていく。それは、長年安売りしてきた「すみません」という言葉を捨て、正当な怒りを再構築する、魂のリベンジ・マッチだ。
この本が放つエネルギーは、もはや傑作インド映画『RRR』のような熱量に近い。冴子を抑圧してきた男性たちの卑小さや、職場のカスハラといった現代社会の歪みが、皮肉たっぷりに描かれる。だからこそ、彼女が自らの尊厳のために拳を振るう瞬間の快感は、物理的なアクションを超えて、血を熱く沸き立たせるものだ。
「しょうがない」と諦めるのは生きるために必要かもしれないが、それは少しずつ自分を殺す行為でもある。冴子が自分自身の人生の主導権を奪い返していく過程は、あらゆる年代の女性、いや、社会の理不尽に耐える全ての人にとっての希望となるのではないか。
とにかく痛快。でもそれだけじゃ終わらない。読み終えたあと、自分の中にもグロリアの魂が宿っている気がしてくる。
理不尽に黙らないこと、自分を後回しにしないこと。
この物語は、そのスイッチを思い出させてくれる。
15.大山誠一郎『死の絆 赤い博物館』
コミュ障の天才と、実直な刑事が挑む再捜査
大山誠一郎が描く本作の舞台は、警視庁の片隅にひっそりと佇む付属犯罪資料館、通称『赤い博物館』。
そこには、時効を迎え、世間から忘れ去られた未解決事件の証拠品や捜査資料が眠っている。
かつての捜査陣が匙を投げた冷え切った事件を、一歩も部屋から出ない安楽椅子探偵が鮮やかなロジックで溶かしていく。この過程がとにかく面白い。
物語の中心にいるのは、キャリアでありながら8年以上も館長を務める謎多き美女・緋色冴子と、ある事情で捜査一課を追われた寺田聡の二人。
冴子は館長室に引きこもったまま出てこないが、彼女には驚異的な異能があった。膨大な資料を読み込むだけで、当時の見落としや論理の綻びを完璧に見抜く力だ。
過去の傷を癒やす、冷徹な仮面の裏にある情熱
冴子の指示を受け、寺田が風化した現場や関係者を訪ね歩き、新たな断片を拾い集めていく。三十年前の殺人事件に突然現れた自首者、あるいは、接点のないはずの国会議員とホームレスが同じ場所で殺された謎。
十数年の歳月を経て、もはや真相に辿り着く術はないと思われた事件が、冴子の冷徹な推論によって、全く別の顔を見せ始める。物理的な証拠や化学繊維の特性といった事実を起点に、事件の構図を根底から覆す逆転の発想は、本格ミステリの醍醐味だ。
しかも本作は、単なるパズル解きには留まらない。冴子が論理の力で暴き出すのは、犯人の正体だけでなく、事件の影で止まってしまった関係者たちの人生そのものだ。
忘れ去られた事件にも、そこには誰かの深い情念や、秘められた傷跡が刻まれている。彼女が真実を白日の下に晒すことは、死者や遺された者たちの時間を再び動かす、救済の儀式でもあるのだ。
冴子自身の過去に触れるエピソードでは、彼女の冷徹な仮面の裏に潜む人間性が垣間見え、シリーズとしての深みを増している。短編としての密度が極めて高く、数十分の検討から導き出される衝撃の結末も見応えがあった。
過去を清算し、真の終止符を打つ。そのために必要なのは、感情ではなく、どこまでも厳密な論理なのだということを、本作は力強く証明している。
16.寝舟はやせ『入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください 2』
爛れた六本の指と、ベランダから届く死の怪談
ミステリの核心が論理的な解決だとするなら、本作はその前提が通用しない異界のルールに支配された一冊だ。
寝舟はやせが描くのは、どん底の青年が掴んだ、あまりに割に合わない再就職。住み込み必須、月給制、そして唯一の入居条件は「隣人と必ず仲良くすること」。
これだけ聞けば、心温まる下町人情もののように思えるかもしれない。だが、ベランダ越しに顔を出す友人の正体を知ったとき、背筋が凍りつく。
主人公のタカヒロが向き合うことになった隣人は、明らかにこの世の者ではない「何か」だった。黒く爛れた指、そして楽しげに語りかけてくる身の毛もよだつような怪談。
感想を一つ間違えれば命を奪われかねない緊読感の中で、彼は日々のコミュニケーションを続けていく。これこそが、本作が提示する最大かつ最悪の接客業だ。
恐怖の裏側に漂う、孤独な者同士の連帯
前作『入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください』に続く本作では、この異常な職場に以前の同僚が乱入し、平穏(?)だった日々が大きく揺らぎ始める。この仕事を代わってほしいという執拗な要求。それは、人間側が抱える底なしの強欲さが、異形の存在よりも恐ろしいことを意味している。
隣人が語る怪談の内容が少しずつ現実の風景を侵食し、マンション全体が巨大な迷宮へと変貌していく展開は、まさに日常侵食ホラーの真骨頂だ。
本作が単なるホラーで終わらないのは、タカヒロと隣人の間に芽生える、奇妙なバディ関係にある。容姿も語る内容も純然たる恐怖の対象でありながら、やり取りの端々には、どこかほのぼのとしたユーモアや連帯感が漂っているのだ。
死と隣り合わせの環境で、のらりくらりと危機の猛攻をかわしていくタカヒロの姿は、スリルと同時に不思議な癒やしがある。
メタ構造としての怪談も面白い。劇中で語られる友達から聞いた話は、一つひとつが独立した短編として完成されていて、それが現実の事件とリンクし始める瞬間の爽快感は凄まじい。読み進めるほどに、自分の隣の部屋からも何か声が聞こえてくるような、物語の枠を超えた戦慄が押し寄せてくる。
怖いはずなのに、どこか居心地がいい。この奇妙な感覚こそが本作の魅力だ。人間でも異形でも、孤独な者同士はなぜか隣り合ってしまう。タカヒロと隣人の関係は、不気味なのに妙に温かい。
17.夢枕獏『陰態の家 夢枕獏超越的物語集』
ホームズと漱石が邂逅し、伊右衛門が真実を語り出す
ミステリという枠組みを軽々と飛び越え、さらにその先の超越的な領域へ。
本作は、伝奇から格闘、SFまでを網羅してきた稀代の語り部・夢枕獏の、二十年にわたる執筆活動の結晶ともいえる短編集だ。収録された九つの物語は、いずれも現実の裂け目から異界の風が吹き込んでくるような、眩暈のするようなものばかり。
面白いのは、古典的なモチーフを見事にオマージュしてみせる、その手つきだ。『踊るお人形』では、なんとシャーロック・ホームズが明治の東京に現れ、夏目漱石を訪ねる。不可解な連続殺人事件の背後に蠢く化け猫の存在。
ジックの権化である名探偵と、日本の文豪、そして湿り気を帯びた怪異が交差する様は、この作者にしか描けない極上のクロスオーバーだ。
仰向けに這う老人と、情念が変質させる陰態の屋敷
また、『伊右衛門地獄噺』における凄みも見逃せない。砂村の掘立小屋で暮らす伊右衛門が語る、あの「四谷怪談」とは異なるお岩との真実。
江戸言葉の上品なリズムに乗せて語られる物語からは、執念や恨みを超えた、何とも形容しがたい美しさが立ち昇る。言葉の一つひとつが、江戸の夜の暗がりをそのまま連れてくるような感覚だ。
この本の魅力は、日常の中に突如として出現する理不尽な怪異の描写にもある。著者の実体験がベースだという、仰向けに這う老人の奇譚。
そこには説明も理屈もない。ただそこに在るという事実が、理屈を超えた恐怖と、どこか奇妙な安らぎを同時に与えてくれる。現実と虚構の境界が曖昧になり、自分の背後さえも怪しく感じてしまう。
著者の代表作の陰陽師シリーズにも通じる、人の情念こそが最強の呪となるという哲学。格闘要素を織り交ぜたハードボイルドな魅力も含め、本作には夢枕獏という作家が追求し続けてきた強さと異形の美が、ぐっと詰め込まれている。
二十年の歳月を一気に駆け抜ける、この上なく贅沢な物語の祝宴だ。
18.荻堂顕『ループ・オブ・ザ・コード』
ニューヨークを模した偽物の街で、子供たちが選んだ死
荻堂顕が描くのは、過酷な疫病禍を乗り越えたはずの近未来。だが、そこにあるのは希望ではなく、精巧に作り上げられた虚無だった。
国家そのものを国際社会から抹消され、過去も文化も奪われた人工都市〈イグノラビムス〉。歴史を消し去ることで平和を手に入れたはずのその場所で、今、最も残酷な異変が起きている。
この物語の面白さは、あまりに独創的で歪な世界設定にある。
二十年前の大虐殺を経て、名前すら剥奪されたその国は、今やニューヨークを模倣した無機質な人工都市として再建された。住民は加害者の汚名を着ずに済んだ代わりに、自らのアイデンティティを完全に失っている。
諜報戦の熱量と、静かな絶望が交差する瞬間
この理想郷で、二百人を超える児童が原因不明の奇病を発症した。身体的発作や意識混濁。そして何より不可解なのは、彼らが一切の食事を拒否し、自ら衰弱死を選んでいるという事実だ。
世界生存機関の調査員・アルフォンソは、その真相を探る中で、歴史を奪われた人々が抱える底なしの空虚と対峙することになる。生存を重要課題とする社会において、子供たちが放つ「生まれたくなかった」という叫びは、どんな武器よりも鋭く、胸をえぐるものだ。
本作は、謎の奇病を追う医療ミステリでありながら、生物兵器の奪取を目論むテロ組織との激しい攻防を描く諜報スリラーでもある。700ページを超える圧倒的なボリューム。だが、著者・荻堂顕が彩るスタイリッシュな描写に導かれ、息をつく暇もなく物語の奥深くへと引きずり込まれていく。
テクノロジーが死を遠ざけようとすればするほど、浮き彫りになるのは「なぜ生きなければならないのか」という剥き出しの命題だ。
歴史を忘却した代償として、人々は何を失ったのか。
アルフォンソが辿り着く真相は、安易な救済を許さない。
そこにあるのは、一本の重厚な映画を見終えた後のような、痺れるほどの戦慄と深い達成感だ。
19.ジャドスン・フィリップス『終止符には早すぎる』
摩天楼の頂上で繰り広げられる、命を懸けた言葉の攻防
ミステリの楽しさは、何も密室やアリバイ崩しだけではない。時にそれは、都会の喧騒が遠のくほどの高所で、一言の重みに命を懸ける極限の対話劇として結実する。
ジャドスン・フィリップスが描くのは、一九六〇年代ニューヨークの夜を舞台にした、あまりにスリリングで洗練されたサスペンスだ。
ビルのテラスの縁、今にも飛び降りようとする少女。そこへ現れたのは、あろうことか殺人容疑で追われる富豪投資家だった。
都会の喧騒と孤独が織りなす、鮮やかな幕切れの美学
警察や精神科医が手をこまねく中、容疑者の身でありながら現場に現れたマット・ヒグビー。
彼は莫大な富を持ちながらも、過去の黒い噂に付きまとわれる孤独な紳士だ。彼が死を望む少女ドーンに歩み寄る時、物語は単なる事件解決を超え、人間の内面に潜む罪と救済のドラマへと変貌する。
なぜ彼女は死を選ぼうとしているのか。そして、ヒグビーを陥れようとする真犯人は誰か。一歩踏み外せば奈落という極限状態の中で、登場人物たちの隠された過去が一つずつ剥き出しになっていく。冷徹な都会の夜景を背景に、それぞれの孤独が交差する様は、まるで名作映画のワンシーンを見ているみたいだ。
本作を彩るのは、知の巨人・植草甚一も絶賛したという、類まれなる洗練の空気感だ。アルコール中毒に苦しむ妖艶な恋人フランシスをはじめ、登場人物たちは皆、どこか壊れそうな脆さを抱えている。
だからこそ、彼らが交わす「人は自分自身の希望や夢にしか関係ないと思ってなにかをする」という冷徹な洞察が、逆説的に温かい救済の第一歩として響くのだ。
一九六二年の発表でありながら、都会に生きる人間の本質を突いたこの物語は、今なお色褪せない輝きを放っている。
20.マイクル・コナリー『迷宮』
現代のテロリズムと、七十年の時を超えた亡霊の交差
アメリカ警察小説の巨匠、マイクル・コナリー。その筆運びが到達した、新たな頂点がこの『迷宮』だ。
ロス市警の未解決事件班を率いるレネイ・バラードと、引退してもなおその執念が衰えを知らない伝説の男、ハリー・ボッシュ。この二人が並び立つとき、物語は単なる犯罪捜査を超え、アメリカという国家が抱える闇そのものを抉り出す。
物語の幕開けは、あまりに衝撃的だ。バラードがサーフィン中に銃とバッジを盗まれるという、警察官として致命的になりかねない失態を犯してしまう。彼女が極秘で助けを求めたのは、かつてのメンターであるボッシュだった。
家族の絆とプロの誇り。老兵が見せる最後の輝き
窃盗犯を追う二人が辿り着いたのは、あのアメリカ連邦議会議事堂襲撃事件の指名手配犯。小さな盗難事件が、いつしか国家の根幹を揺るがす大規模テロ阻止の極限捜査へと変貌していく。
さらに、ボッシュの娘マディが未解決事件班に加わり、伝説のブラック・ダリア事件に繋がる鍵を手にしたことで、物語のスケールは一気に膨れ上がる。
現代の政治的不安と、一九四七年の凄惨な未解決事件。全く異なる性質を持つ二つの謎が、コナリーの神懸かり的な構成によって、やがて一つの巨大なうねりとなって合流する。
本作を特別な一冊にしているのは、バラード、ボッシュ、そしてマディという三世代の捜査官が織りなす、家族のような絆だ。組織の論理に苦しみながらも独自の正義を貫こうとするバラードと、忍び寄る老いと闘いながら、獲物を逃さない狼のような執念を燃やすボッシュ。この対比がすごく良くて、なんだか胸が熱くなるのだ。
警察小説としての緻密なリアリズム、息をもつかせぬサスペンス、そして過去の亡霊と対峙するノワールの情緒。そのすべてが完璧な配合で詰め込まれている。
コナリーの新たな到達点であり、最高峰のエンターテインメントだ。迷宮の最深部で彼らが目撃する真実は、あまりに重く、けれど確かな正義の灯火を宿している。
結局のところ、私が警察小説に求めているのは、どれほど世界が濁ろうとも、決して折れない魂の輝きなのだ。
本作は、その眩しいまでの正義を、これ以上ない説得力で提示してくれた。
21.エル・コシマノ『サスペンス作家が殺し屋を特定するには』
請求書と乳母とマフィア。カオスすぎる潜入捜査
エル・コシマノの〈フィンレイ・ドノヴァン〉シリーズは、シングルマザーのサスペンス作家が、なぜか本物の事件に次々と巻き込まれていく人気作。
第三弾となる本作では、あろうことかマフィアから「警察内部に潜む正体不明の殺し屋を特定せよ」という、とんでもない密命を下されることになる。
主人公のフィンレイは、売れない作家業と終わりのない育児、そして積み上がる請求書に頭を抱える毎日。そんな彼女の生存戦略は、なんと信頼する乳母のヴェロと一緒に市民向け警察学校へ体験入学することだった。
期限はわずか二週間。失敗すれば自分も家族も命はない。この究極の巻き込まれ型設定が、物語をノンストップのジェットコースターに変えている。
法科学の知識と母の強さ。衝撃のラストが呼ぶ戦慄
法科学の授業を受けながら、不審な候補者を洗い出していくプロセスも面白い。そこに元夫の浮気相手が絡んできたり、想いを寄せる刑事の影がちらついたりと、私生活のトラブルが絶妙なタイミングで捜査を邪魔してくる。
深刻な状況のはずなのに、フィンレイとヴェロの小気味よい掛け合いのおかげで、物語に極上のユーモアとテンポの良さが生まれているのがいい。
とくに面白いのは、本格的なミステリのロジックと、母親としての図太い強さが同居している点だ。授業で学んだ専門知識が、実際の犯罪を暴く武器へと転じる構成はすごいとしか言えない。作家としての想像力をフル稼働させ、犯罪の闇をのらりくらりとかわしていく彼女たちの姿は、勇気と笑いを与えてくれる。
そして、何よりも驚いたのは、物語の終盤に待ち受ける衝撃の展開だ。ロマンスの行方に胸を躍らせていたのも束の間、すべてを根底から覆すような幕切れ。
ページを閉じた瞬間、次の一冊を手に取らずにはいられない、あまりに鮮やかな引きに絶句してしまった。
日常と非日常の境界をこれほどまでに軽やかに、かつスリリングに描いた作品は他に類を見ない。
22.アーナルデュル・インドリダソン『悪い男』
犯行現場に残された日常の匂いと、五感の捜査
北欧ミステリの至宝、アーナルデュル・インドリダソン。その代表作であるエーレンデュル・シリーズの第七弾は、驚くべき構成をとっている。
長年物語を牽引してきた主人公が消息を絶つ中、スポットライトを浴びたのは、同僚のエリンボルク刑事。アイスランドの長く暗い冬、極夜の街で起きた凄惨な殺人事件。
被害者は、女性を薬物で辱めることを繰り返してきた『悪い男』だった。現場に残された、タンドリーチキンの香りのする一枚のスカーフ。その微かな手がかりが、封印された過去を揺り起こしていく。
注目したいのは、四人の子の母親でもあるエリンボルクが見せる、生活感に根ざした鋭い洞察だ。現場に漂うスパイスの香りと、夫の仕事に由来するエンジンオイルの匂い。そんな非言語的な断片をパズルのように組み合わせ、彼女は地道に犯人の足跡を辿っていく。
沈黙という盾を捨て、尊厳を奪還する戦い
派手なアクションはない。あるのは、氷に閉ざされた街で一人ひとりの証言を積み上げる、粘り強い対話だ。被害者の男が積み重ねてきた卑劣な犯行の数々が明るみに出るにつれ、捜査は法的な裁きと道徳的な復讐の狭間で激しく揺れ動く。
このシリーズが北欧ミステリの傑作とされる理由は、性暴力という重いテーマに対する気高い精神にあると思っている。エリンボルクが女性たちに告げる「あなたが心を閉ざし、隠れてしまったら、男達は大手を振って世の中を生きていけるようになる」という言葉。それは、社会が強いてきた沈黙という名の呪縛を打ち砕くための、あまりに鋭い告発だ。
エーレンデュルの不在がもたらす一抹の喪失感。それを埋めるように、エリンボルクが自身の家庭や複雑な親族関係に悩みながらも、誠実に真実へと手を伸ばす姿が美しい。
一日中太陽が昇らないアイスランド特有の閉塞感が、人間の悪意を際立たせ、同時に魂の救済を願う切実さを引き立てている。
読み終えたとき、訪れるのは単なる事件の解決ではない。それは、暗闇の中で初めて灯された、小さな希望の火だ。
23.ジェス・ロウリー『怪物の森:未解決事件捜査官ヴァン・リード』
科学捜査の光が照らす、歪んだアリバイと嘘の連鎖
ジェス・ロウリーが描くのは、ミネソタ州の深い森で発見された「新しすぎる死体」を巡る戦慄の物語だ。
被害者は、一九八〇年に失踪した少女。四十年前に行方不明になった彼女が、なぜ今になって殺害され、生き埋めにされていたのか。
彼女が過ごした空白の年月は、一体誰の手によって奪われていたのか。あまりに不可解で残酷な謎が、静謐な森を恐怖の色に染めていく。
物語を牽引するのは、未解決事件捜査官のヴァン・リードと、辣腕科学捜査官のハリーという強力なタッグだ。現代の法科学を駆使した証拠分析と、鋭いプロファイリングが、風化したはずの事件の断片を鮮やかに繋ぎ合わせていく。
関係者たちが長年守り通してきた盤石なアリバイが、一点の綻びからガラガラと崩れ落ちる瞬間。そのロジカルな快感は、本格警察小説としての面白さがしっかりある。
閉鎖的な街が隠し続けた、魂の檻という絶望
だが、本作の真の凄みは、捜査官ヴァン自身の造形だ。ヴァンはかつてカルト集団の中で育ち、その魂に深い傷を負った怪物の被害者でもあった。
被害者の苦しみに共鳴し、自身のトラウマと衝突しながらも真実を追い続けるヴァンの姿は、単なるヒーロー像では収まらない。そこにあるのは、むき出しの人間そのものだ。
ミネソタの森という美しくも不気味な舞台装置も、事件の禍々しさを一段と際立たせている。捜査が進むにつれ浮き彫りになるのは、犯人の異常な目的と、長年にわたる拘束という絶望的な真実だ。
そこにあるのは、単なる猟奇殺人ではない。人間の内面に潜む怪物が、いかにして他者の人生を支配し、破壊し尽くすのか。その描写はあまりに克明で、読み進めるほどに足元が揺らぐような錯覚に陥る。
著者の語りは、どこか静かな思いやりを失わない。過去は消えない。だが、真実を直視することによってしか辿り着けない光もある。
犯人探しというパズルを超え、魂の奥底に触れる重厚なサスペンスだ。
ヴァンが自らの過去と対峙し、命懸けで辿り着く結末は、再生を願う全ての人への力強いエールとなっている。
おわりに
最後まで読んでいただきありがとうございました。
関連記事














































