神津凛子『サイレント 黙認』- 負の連鎖が忌まわしき悪夢を招く戦慄のオゾミス

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とある建設会社に勤める勝人は、カフェ店員である華と出会い、徐々に距離を縮めていく。

しかしそれ以降、勝人は奇妙な子どもを目にするようになっていた。

見えない幻影に苦しめられる勝人であったが、優しい華に救われることでなんとか生活していた。

そんな中、華の母のケガの快癒祝いに勝人と華が訪れる。

そこには華の弟とその親友も居合わせたが、2人は勝人に対してなんとも言えない違和感を覚えていた。

―華の弟・星也と華は、血の繋がらない義理の姉弟である。

姉にわずかな恋心を抱いていた星也は、親友・葉月とともに勝人のことを調べることにするが……?

勝人の過去を探ろうとする星也に戦慄の恐怖が襲いかかる―!

目次

オゾミス作家の待望の一冊

「そんなバカな!?」と思わせるとんでもないトリックが仕掛けられている「バカミス」、読後の後味が非常に悪い「イヤイミス」、さらに最近はおぞましい結末が待ち受けている「オゾミス」作品も数多く登場しています。

今作はそんな「オゾミス」のパイオニア、神津凛子氏の最新刊です。

コーヒーショップ店員である華と建築会社で働く勝人の恋愛模様から一転し、それぞれの登場人物に隠された秘密が次々に暴かれていきます。

タイトルに「黙認」とある通り、誰にも言えずにいた小さな出来事が大きな事件に発展していくという展開にページをめくる手が止まらなくなってしまうことでしょう。

人には誰しも他人に言えないようなことがありますが、その結果大きな代償を支払わねばならなくなる…という展開は、もしかしたら自分もこうなるかもしれない、とさらに恐ろしく感じられます。

主人公の歪んだ過去は悲しいですが、それゆえにぞっとするシーンも多いです。

ミステリー小説ですので当然真犯人はいます。

ですが読みながら自分で推理をしていても、最後の最後で裏切られることでしょう。

作中の些細な違和感が積み重なって最後に解き明かされていくので、どんな描写も読み飛ばさずにしっかり記憶しておくことをおすすめします。

人間の本質の恐ろしさを丁寧に描く

一般的な家庭で育ったのであればおよそ体験しないような虐待、結婚式でおこなわれる恐ろしい儀式など、読んでいるだけで血の気が引いてしまうような描写が多く、幽霊などではなく人間の恐ろしさを味わえます。

およそ普通の人であれば思いつかないようなおぞましい仕打ちに衝撃を受けた読者も少なくないでしょう。

怪しい、おかしい、サイコパスだと思うような登場人物もいますが、読み進める内にその人物がそうなってしまった背景なども明かされていきます。

普通に生きられなかった登場人物たちはかわいそうでもありますが、事件の真相を知ると同情するだけには留められないでしょう。

物語の最初は華と勝人の淡い恋愛物語のようでもありますが、視点が変わるだけでその印象は大きく変わります。

そう感じさせてくれるのは、作者の丁寧な描写のおかげでしょう。

それぞれの登場人物の些細な違和感をさりげなく読者に提示し、「この人が絶対怪しい!」とは思わせないようにしつつ「みんなどこかおかしい…」と思わせてくれます。

悲壮な結末が待っていますが、登場人物の育った環境や周囲のめぐり合わせを考えると、どこからやり直してもこの結末は防げなかったのだろうと感じられます。

終盤にかけての追い込みにハラハラすること間違いなし

作者の神津氏は「スイート・マイホーム」で作家デビューしたミステリー作家さんです。

「スイート・マイホーム」では念願かなって購入したマイホームで次々に起こる恐ろしい出来事を描きます。

心霊現象に思われたその正体が実は人間の仕業であり、主人公は想像を絶するような恐怖体験を味わいます。

次作「ママ」は女手一つで娘を育てるシングルマザーを描きます。

主人公の成美は見知らぬ男に拉致され、記憶の蓋を無理やりこじ開けられることに。

いずれも人の本質の恐ろしさを描く「オゾミス」であり、このジャンルが好きな方にとってはたまらない作品です。

そして最新作の「サイレント 黙認」でも、普通では考えられないような行動、コミュニティーが登場します。

ミステリー小説ではあるもののこのような人間の描写が非常に巧みな作家ですので、普段ミステリー小説をあまり読まない方でもチャレンジしやすいでしょう。

ただ、読後の印象は非常に悪いです。

まさしく「おぞましい」という感想を抱くこと間違いなしですので、ある程度覚悟を決めて読んだ方がいいかもしれません。

ただ、おぞましい読後感を味わいたいなら最高の一冊です。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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