作家の「私」が売りつけられた2冊の犯罪記録。
心霊マニアの祖父江という人物が書いたものらしい。
そこには、祖父江の仲間である美しき未亡人・姉崎曽恵子の奇怪な死について記されていた。
姉崎未亡人の遺体は、鍵のかかった土蔵に全裸で横たわっていた。
土蔵には鍵がかかっており、鍵は遺体の下。
あちこちから流血しており、傍には血を拭った着物と、不可思議な記号が書かれた紙きれが。
付近にいた浮浪者の証言によると、犯行時刻に邸宅に出入りしていたのは、中年紳士と矢絣の着物を着た女性の二人ということだ。
その記録にはさらに、霊媒師の奇妙な発言についても記されていた。
祖父江が黒川博士の邸宅で開かれた心霊学会に参加した時、メンバーの前で霊媒師が
「犯人はこの中にいる」
「目の前の美しい人が次に犠牲になる」
と言ったのだ。
一体犯人は誰で、どうやって未亡人を殺害したのか。
そしてこの記録は、なぜ「私」にもたらされたのか。
乱歩ワールドを見事に再構築

『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』は、江戸川乱歩の未完作品『悪霊』を、作家の芦辺拓さんが再構築し、書き継いだ作品です。
『悪霊』は1933年から連載がスタートしたものの、2ヶ月の休載を経て、わずか3回で中断となりました。
筋立てに困難があり、他ならぬ乱歩自身が「作家としての無力」から断念したそうです。
物語の内容としては、未亡人の密室殺人事件の謎を解く、という本格推理もの。
未亡人の遺体が全裸だったり、血がでたらめな方向に流れていたり、奇妙な記号が残されていたりと不可解な点の多い難事件です。
乱歩独特のおどろおどろしい筆致も相まって、妖しいムードと危険な香りでいっぱい!
これぞ乱歩と言わんばかりの導入部に、多くの読者が続きを期待し、出版社も盛大に宣伝していたのですが、連載3回でまさかの中断。
その後乱歩は亡くなり、『悪霊』は永遠の未完作品に…。
さぞかし大勢のファンが涙を呑んだことと思います。
ところが連載から90年を経た2023年、芦辺拓さんによって、ついに『悪霊』が完結しました!
それが本書『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』です。
芦辺さんは乱歩の大ファンで、以前から乱歩のパスティーシュ作品(作風を模倣した作品)を多く手掛けており、手腕には絶対的な信頼があります。
その芦辺さんが書き継いだのですから、本書のテイストは乱歩そっくり!
不穏な空気といい、猟奇的で生々しい表現といい、そのものと言ってもいいくらいの見事な乱歩ワールドが繰り広げられています。
もちろん未亡人殺害におけるフーダニット、ハウダニット、ホワイダニットもしっかり練り込まれており、ミステリーとしての完成度もバッチリ。
乱歩がねじ込んでいた膨大な伏線も、完膚なきまでに美しく回収されています。
乱歩作品として全く違和感を覚えることなく、心行くまで『悪霊』の続きを楽しむことができますよ!
随所に詰め込まれた乱歩らしさ
『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』の見どころは、物語の隅々に「乱歩」が息づいているところ。
芦辺さんは続きを執筆するにあたって、とことん乱歩らしさにこだわったようです。
というのも、作中に登場する人物や場所、さらにはトリックや殺害動機に至るまで、乱歩的な要素が大量に詰め込まれているのです。
たとえば読み進めていくと、ある重要人物が同性愛趣味を持っていたことがわかってきます。
同性愛といえば、乱歩ファンの頭にまず浮かぶのは、最高傑作として名高い『孤島の鬼』ではないでしょうか。
禁断の愛が話題となった長編探偵小説であり、映像化や舞台化、コミカライズされたことでも知られていますね。
これが、本書ではかなり大きなフィクターとして盛り込んであります。
また場所だと、本書には「迷宮パノラマ館」が登場します。
これは、乱歩の中編小説『パノラマ島奇談』を髣髴とさせますよね。
しかも迷路で鏡だらけというギミックつきで、これまた乱歩好みの舞台。
他にも、降霊会、美少女霊媒師、美少年ボーイ、六本木の張ホテル、半陰陽などなど、乱歩ファンがニヤッとせずにはいられない要素が満載!
読めば読むほどに乱歩らしさを発見できる、まさにファン狂喜の作品となっています。
乱歩愛に溢れる偉業と言うべき傑作
極めつけは、乱歩自身が登場し、作中で謎解きを行っているところ!
そう、本書では、乱歩が探偵役として活躍しているのです。
つまり芦辺さんは、かつて乱歩が「作家としての無力」として断念した作品の謎解きを、他ならぬ乱歩に解明させたわけですね。
しかも非の打ちどころのない怜悧な推理で、怒涛のようなロジカル展開は、カッコ良すぎて、読んでいて痺れるほど!
加えて本書では、なんとなんと乱歩が『悪霊』の連載を中断した理由にまで、納得できる説明がついています。
これはすごいことですよ。
芦辺さんは、90年という長きにわたって未完だった作品を立派に完成させただけでなく、連載中断という乱歩にとっての一種の「汚名」を見事にすすいだのです。
しかも乱歩を神レベルにカッコよく描き切ったのですから、もう乱歩ファンには感涙モノ!
ということで、『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』は、誰もが崇拝する「巨匠・江戸川乱歩」を、より崇高な存在たらしめる作品だと思います!
実は本書が刊行された2023年は、乱歩のデビュー100周年に当たります。
この点もまた乱歩へのリスペクトであり、芦辺さんがいかに乱歩を敬愛しているかが伝わってきますね。
とにかく、いろんな意味で偉業を成し遂げた大傑作です。
乱歩ファンの方はもちろん、ミステリー好きの方も、ぜひ一読することをおすすめします!
