柳広司『パンとペンの事件簿』- どんな事件もペンで解決!大正時代の文筆集団・売文社

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「ぼく」はさんざん殴られ、蹴られ、路上に打ち捨てられた。

暴行を受けた理由は、勤務先の工場で労働条件改善の交渉をしたからだ。

それを苦々しく思った工場は、ヤクザを雇い、ぼくを暴力で追い出したわけだ。

重傷を負って路上に倒れたぼくは、社会主義者たちに拾われ、彼らの結社である「売文社」で手当てを受けた。
不思議な人々だった。

彼らは「困っている人がいたら助ける」をモットーに、ペンを武器として、文章に関する仕事なら何でも引き受けて、その報酬で生活していた。

つまり、ペンを使ってパンを求めていたのだ。

そして、それをもって世の中の理不尽に抗っているようだった。

「売文社」の居候となったぼくも、彼らと行動を共にすることになった。

予想以上に蔓延していた社会の不条理に、ぼくたちはペンで打ち勝つことができるのだろうか。

目次

生きるために食べて、食べるために書く

『パンとペンの事件簿』は、明治~大正時代の社会主義の結社「売文社」を舞台とした歴史ミステリーです。

形式としては連作短編集で、全4編が収録されています。

当時の社会主義は、政府から弾圧されて「冬の時代」の真っ最中にあったのですが、この物語は決して暗い感じではありません。

むしろその逆で、明るくて、パワーとユーモアでいっぱい!

これは売文社のリーダー・堺利彦が、度量の大きな人物で、面倒見がよくてリベラルだから。

そもそも売文社は、弾圧によって仕事や行き場を失った同志たちのために設立されました。

文章に関する依頼を受ける会社を作ることで、同志たちが仕事にありつける環境を整えたのですね。

仕事ができるということは、報酬を得て、生活できるということ。

同志が集まるということは、交流ができ、共に成長し合えるということ。

つまり売文社は、当時の社会主義者たちにとって、前向きに生きることそのものだったのです。

だから『パンとペンの事件簿』は、とってもパワフル!

「冬の時代」で枯れてしまうことなく、ペンで働き、パンで生き、日々を溌剌と生きる様子が描かれています。

読んでいて明るく楽しい気分になれますし、元気や勇気ももらえますね。

しかも登場人物は、堺利彦を始め、大杉栄や荒畑寒村など実在した著名な社会主義者ばかり。

もちろん売文社も実在していました。

「ほんの100年くらい前に、こんなにも魅力的な人々や集まりが本当に存在していた」

この事実が、圧倒的なリアリティとなって、物語を一層楽しく読ませてくれます。

困り事はペンの力で解決

『パンとペンの事件簿』の見どころは、なんといっても売文社の仕事内容!

基本的には翻訳や手紙の代筆といった文章に関する仕事なのですが、堺利彦は人生相談や探偵調査にも意欲的。

なんせ「困っている人がいれば助ける。それが社会主義」と考えている人なので、困り事を見かければすぐに首を突っ込み、助け舟を出そうとします。

なんという懐の大きさ!

主人公である「ぼく」も、こうして拾われた一人です。

「ぼく」は暴行の末に路上に捨てられていたところを拾ってもらい、介抱してもらい、売文社の一室に居候させてもらうことになりました。

その恩義もあり、また仕事を失った身であることから、必然的に堺の手伝いをすることになるのですが、それがなんとも痛快で。

暴漢の退治から、人さらい集団との対峙、裁判の傍聴、果ては女装まで、あらゆることをやらされます。

およそ文章の仕事と全く関係なさそうですが、これが意外とそうでもなく、うまいこと文章を取り入れて、巧みに使うのですよね。

そのアイデアが面白いし、文章のパワーで事態がどんどん好転していく様子がたまらなく爽快!

この珍妙な展開を素直に受け入れて、一緒になってパワフルに立ち回る「ぼく」も、魅力的です。

また売文社の他のメンバーも、それぞれに個性的で素敵です。

ものすごく優しかったり、超インテリだったり、おしゃれだったり。

中でも目を引くのが弁護士の山崎今朝弥で、その変人っぷりはインパクト抜群!

彼らが、売文社に持ち込まれた事件の数々をどう解決していくのか。

その過程で、理不尽の多いこの世の中をどう変えていくのか。

時代の変革を、たっぷりのスリルとユーモアでお楽しみください!

楽しく読めて学びにもなる一冊

『パンとペンの事件簿』は、もとはAudible(オーディブル)のために人気作家の柳広司さんが書き下ろしたオーディオファースト作品です。

Audibleとは、プロの俳優や声優が朗読した作品を聴いて楽しむことができるオーディオブックサービス。

『パンとペンの事件簿』では、俳優の岡部たかしさんが朗読されています。

そしてそれを書籍化したものが、本書です。

もとがAudibleなので、文章がとにかくわかりやすくてリズミカル!

描写の端々から情景がパッと思い浮かぶくらい具体的なのですよね。

おかげで、明治~大正時代の社会主義という一見難しそうなテーマにもかかわらず、テンポよく楽しめます。

もちろん堺利彦たちの明るく軽妙なキャラクター性もあったればこそ。

歴史ミステリーが苦手な方でも、スイスイ読めること請け合いです。

それでいて、何気に歴史の勉強にもなるところも本書の魅力。

なにせ登場人物たちの一部は歴史の教科書にも出てきますし、実在の事件も描かれているのです。

1911年の大逆事件(幸徳秋水ら24名の社会主義者たちが死刑に処された事件)は、特に有名ですね。

楽しく読めて、学びもあって、良いところ満載の一冊ですので、ぜひ読んでみてください!

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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