『増補新装版 オカルト・クロニクル』- 「奇妙」を愛する全ての人へ。オカルトファン必読の伝説の書が帰ってきた【読書日記】

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四季しおり
ただのミステリオタク
年間300冊くらい読書する人です。
特にミステリー小説が大好きです。

幽霊が本当にいるのかとか、超能力が実在するのかとか、そんな話は昔から繰り返されてきた。

でも正直、そういう「信じる? 信じない?」の水掛け論にはもう疲れてきた感がある。オカルトに多少なりとも興味がある人なら、なおさらそうじゃないだろうか。

そんな中で登場するのが、松閣オルタの『オカルト・クロニクル』である。

この本は、誰かの主張を押しつけてくるわけでも、笑い飛ばすでもなく、ただ淡々と「奇妙な事件」や「おかしな出来事」「不穏な人物たち」を並べていく。それも、相当な執念と情報量で。

そして読み進めていくうちに気づく。「なんかこっちの頭の中まで侵食されてないか?」と。冷静な分析に、妙にクセになる文体、そして不意打ちのように挟まれるユーモア。それらが混ざり合って、気づけばどんどん引き込まれている。これはもう、オカルトを読むのではなく、オカルトに付き合わされている感覚に近い。

もともと2018年に出版されてたこの本は、出版社の解散によってすぐに入手困難になった。今では〈伝説の絶版本〉なんて言われていた存在だった。それが『増補新装版』として帰ってきた。ありがたすぎる。

というわけで、ここから先は、この本がなぜ唯一無二なのかを、ミステリとオカルトが好きな人間の目線で語っていく。

目次

会社員にしてクロニクラー。松閣オルタという存在

まず注目すべきは、著者・松閣オルタという人物そのものだ。

この人、平日は会社員として働きながら、オフの時間でオカルト事件を調べ、記録し、まとめている。いわゆる本業がオカルトじゃないのに、この深掘りの量と質。もうそれだけで尊敬に値する。

大学の研究者でもなければ、ジャーナリストでもない。だけど、その外側にいる人ならではの距離感がすごく心地いい。商業的な意図もなければ、自己演出の匂いもない。ただ、純粋な興味と執念だけで突き進んでる感じがして、めちゃくちゃ信頼できるのだ。

資料を読み込んで、現地にも足を運んで、矛盾点はきちんと指摘する。でも断言はしない。誰かをバカにすることもない。あくまで「これはこういう情報があるよ」と提示してくれる。そのスタンスが、本当にありがたい。

懐疑的ではあるけれど、斬り捨てはしない。可能性を否定しない。だからこそ、オカルトに限らず「謎」というものに対して、素直に向き合える読書体験が成立している。

そして何より注目したいのは、あの独特な語り口。少しクセはあるが、読み進めると妙にハマる。ふいに挟まれるジョークや変な言い回しが、不穏なテーマを扱っているにもかかわらず、どこか人間味を保ってくれるのだ。

つまりこの本は、異界の話なのに、すごく「人」の本でもある。著者の声がずっとそばにある感じがして、読んでいて一人じゃない感覚がある。この距離感が、唯一無二なのだ。

謎に答えないことが、逆に読みごたえになる

オカルト本とは、読後に「で、結局何だったの?」というモヤモヤが残るものも多い。正体不明のまま終わる話が並んでいて、「ふーん……」で終わってしまうこともある。

でも、『オカルト・クロニクル』は、そもそもそういう答えを出す気がない。むしろ「解けないままでも、その複雑さをちゃんと味わってほしい」と言ってくるタイプの本だ。

たとえば有名な「井の頭公園バラバラ殺人事件」。あれだけ奇妙で、怖くて、報道も錯綜していた事件に対して、松閣オルタは焦らず、煽らず、淡々と情報を整理していく。既存の仮説や報道の矛盾点に丁寧にツッコミを入れ、事件の構造そのものを炙り出していくのだ。

結果として読者は、謎の解明こそされないものの、「何がわかっていて、何がわかっていないのか」がはっきりする。その視界のクリアさが、読後に独特の満足感をもたらす。

答えを示すことを放棄しているのではない。むしろ、答えを出さないことで、世界の複雑さとどう付き合っていくかを問われている。そう感じる。これはミステリでもオカルトでも、そしてリアルワールドでも、非常に大事な態度だと思う。

それに、何も解決されていないはずなのに、読んでいて不思議と納得してしまうのが面白い。なぜか? きっとその理由は、著者の整理の仕方が丁寧すぎるほど丁寧だからだ。情報の濃度も高いし、そもそも扱っているネタが気になるものばかり。興味の入り口に立たされた読者が、最後まで導かれるようにしてページをめくってしまう。

「スッキリする読後感」というより、「なるほど、それが限界か。でもそこまではちゃんと見えたな」という納得。『オカルト・クロニクル』の魅力は、まさにこの読者の知性を信じてくれている感じにある。

ジャンルも時代も越えて並ぶ、奇妙な記録たち

この本に収められている事件や現象は、とにかく多彩で濃い。しかもただ量があるだけじゃなくて、それぞれの話に「選ばれた理由」があることが伝わってくる。つまり、単なる珍しいネタ集めではないのだ。

たとえばこんなラインナップ。

  • ロシアの雪山で登山者たちが謎の死を遂げた「ディアトロフ峠事件」
  • 日本のツイン・ピークスと呼ばれることもある「熊取町七名連続怪死事件」
  • 24年後に車と遺骨が発見された「坪野鉱泉失踪事件」
  • 幽霊船として噂される「良栄丸」の奇怪な記録
  • 日本のUMA界のレジェンド「ヒバゴン」の目撃談
  • セイラム魔女裁判に見る、集団ヒステリーの恐怖
  • 19世紀のフランスで報告された、ドッペルゲンガーの奇妙な事件

これだけ並べると、オカルト、犯罪、歴史、未確認生物とジャンルがバラバラに見えるかもしれない。でも、松閣オルタの手にかかると、すべてが「この世界に存在する、説明のつかない現象たち」として、統一されたテーマの上に並べられる。

そしてその語りは、どれも本気だ。茶化さないし、ビビらせようともしない。読み手と同じ目線で、「これ、どう思います?」と語りかけてくる。これがいい。威圧しない。構えない。あくまで、読み手に委ねてくる。だからこそ読み進められる。

あと注目したいのは、統計を使った分析パートだ。「心霊スポット統計学」なんていう、一見ふざけたような章も、読んでみると妙に納得できる。オカルトの定量化というのは、なかなか見かけない手法だが、それをちゃんと面白くやってしまうところが、この著者のセンスだ。

とにかくこの本は、ジャンルの壁を越えて、「気になるものは全部詰めました」的な懐の深さがある。そこに一貫して流れているのは、謎へのリスペクトとでも言うべき、著者のスタンスなのだと思う。

『増補新装版』は、ただの復刊ではない

今回出た『増補新装版』は、過去の名著をもう一度読めるようにした、というだけではない。現実に起きた出来事を反映して、内容が大幅に更新されている。これが非常に重要だ。

たとえば、先にも少し触れた「坪野鉱泉失踪事件」。これは1996年に起きた失踪事件で、2018年の初版では未解決のまま扱われていた。しかしその後、2020年に衝撃的な展開があった。被害者の車と遺骨が、24年ぶりに発見されたのだ。

このニュースを受けて、松閣オルタは該当章を完全に書き直している。過去に出した文章をそのまま再掲してもよかったはずなのに、そうはしなかった。その姿勢がもう、誠実という言葉では足りないほど誠実だ。

この一例だけでも、『オカルト・クロニクル』という本が、古い話をまとめただけの資料集ではなく、現実世界とちゃんと向き合っている生きた記録であることが伝わってくる。

タイトルにある「クロニクル(年代記)」は伊達じゃないのだ。新しい事件が起これば、そこに接続しなおされるし、過去の事件に動きがあれば、それも反映される。

こうした柔軟さと更新性があるからこそ、この本は資料として読むことも、思索のきっかけとして読むこともできる。

謎が解けなくても、人はここまで深く考えられる

『オカルト・クロニクル 増補新装版』を読んで何より感動したのは、「謎を解かないまま終わるのに、ものすごく満たされた気持ちになる」ことだった。

答えが出ない。でも、問題の輪郭がはっきり見える。

断定はしない。でも、見えているところまでをきちんと示してくれる。

幽霊や怪異がどうこう以前に、そこに関わった人間の痕跡が、読む側にまで確かに届いてくる。

松閣オルタは、読者を信者にさせない。その代わり、〈観察者〉〈協力者〉〈共犯者〉のどれかにしてくる。読んでいると、「これは本当に起きたことなのか?」「自分だったらどう関わるだろうか?」という問いが、自然と頭に浮かぶ。

この本は、オカルトに興味がある人だけのためのものじゃない。

未解決事件が気になる人。

歴史のほころびに惹かれる人。

「世界には、まだ説明のつかないことがある」と思いたい人。

そんなすべての人に開かれている。

四季しおり

この本を読んだからといって、世界の謎が減るわけじゃない。むしろ、わからないことの魅力にハマっていく。……それって、最高にワクワクするし、スリルのある体験だと思わないか?

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