俳優や劇作家を夢見る少女たちが集まる百花演劇学校。
毎年行われる定期公演で、一人の生徒が転落事故で命を失った。
彼女の名前は、設楽了。
脚本と演出における天賦の才を持ち、「神」とまで呼ばれる前途有望な少女だった。
一方で、了を「神」と崇めていない生徒もいた。
名前は結城さやか。
了をライバル視しつつも、どうしても追い越せず、万年二位の座で辛酸を舐めていた。
さやかは事故死した了の代わりに演出を務め、無事に公演を成功させることができ、胸をなでおろす。
ところがそんなさやかの前に、新入生の藤代貴水が現れる。
了とは地元の友達だったという貴水の目的は、「死の真相を調べる」こと。
貴水は、了は事故で死んだのではなく、誰かに追い詰められて自殺したと考えていたのだ。
不穏な空気の中、さやかは貴水の強引さに気圧され、共に真相を調べることになり―。
事故?自殺?天才の死に潜む謎
『少女マクベス』は、演劇学校で起こった不幸な事故の真相を追究する学園ミステリーです。
亡くなったのは、学校きっての大天才・設楽了。
定期公演『百獣のマクベス』で脚本と演出とを担当することになり注目を集めていたのですが、舞台の奈落に落ちて死んでしまいます。
事故死と発表されたものの、どうにも不審なところがあり、了のライバルのさやかと幼馴染の貴水が調べる、というのが物語の大筋。
不審な点とは、了が自ら奈落へと進み、ふらふらと吸い込まれるように落ちていったこと。
俳優ではない了が、なぜわざわざ舞台に上がり、よりによって奈落に近づいたのか、その目的は警察の調べでは明らかになっていません。
また了は、「盗聴」と「魔女」について悩みを抱えていたようです。
これらのことから貴水は、了は事故で死んだのではなく、精神的に追い詰められて自ら死を選んだのだと考えているのです。
誰もが「神」と崇めるほどの天才が、なぜこのような不審死を遂げたのか。
本当に事故だったのか、それとも自殺だったのか、あるいは他殺だったのか。
そして「盗聴」とは何のことで、「魔女」とは誰のことなのか。
序盤からいくつもの謎が浮上し、読者はみるみる物語に引き込まれていきます。
演劇という華々しいフィールドだからこそ、事件のドロドロとした雰囲気が一層際立って感じられるのです。
誰もが必死で、怪しい
『少女マクベス』の見どころは、登場人物の誰もが、ことごとく怪しく見えるところです。
主人公の一人であるさやかですら、怪しかったりします。
さやかは優秀ですが、了ほどの天才性はなく、常に二番手に甘んじていました。
努力家だからこそ、悔しさも強かったはずです。
また了は、死の前日に貴水と電話していた時、さやかのことを「魔女」と言ったようです。
さやかが「魔女」だとすると、了を精神的に追い詰めたのはさやかかもしれません。
他にも「魔女」らしき人物は、三人もいます。
俳優科の生徒である氷菜、綺羅、綾乃で、彼女たちは公演『百獣のマクベス』で魔女役を演じました。
三人は、それぞれ了を崇拝していました。
なにしろ了は、俳優の魅力を引き出し、舞台で最高に輝かせる天才なので、三人とも「自分こそが了に認められたい」と強く願っていたのです。
そこに何らかの確執があった可能性は、十分にありえます。
そして了の地元の友人である貴水も、何か秘密を抱えていそうな雰囲気。
死の真相を探るためとはいえ、あまりにも強引だったり執拗だったりするため、必死さが逆に怪しく見えてくるのですよね。
さらに了自身も怪しくて、天才ゆえに横柄で横暴で、かつては厳しすぎる演技指導で役者を病ませてしまったことも。
崇拝されてはいましたが、同時に恨みも買っていたわけですね。
このように多くの人物が、了の死に関わっていそうでキナ臭いです。
その分ミステリーとしての緊迫感が凄いですし、ドラマとしても激しいです。
何より、真相が明らかになった時の衝撃!
それまでの調査や推理が根底から覆され、それでいて納得感があり、ラストでは大きなカタルシスを味わえます。
登場人物全員がマクベス的
『少女マクベス』は、第71回日本推理作家協会賞の受賞作家・降田 天さんの作品です。
降田天さんは実はお一人ではなく、執筆担当の鮎川颯さんとプロット担当の萩野瑛さんの、二人一組の作家ユニット。
そのためでしょうか、降田 天さんの作品は人物造形のバリエーションが豊富で、各キャラクターがしっかり深掘りされています。
本書『少女マクベス』はその最たるもので、了もさやかも貴水も、それぞれ個性が際立っています。
エピソードも多く描かれているため、読者には性格だけでなく信念や心の闇まで見えてくるのですよね。
そしてそこが、『少女マクベス』という物語をより味わい深くしていると思います。
特にさやかの葛藤や苦しみ、そこから這い出るための必死の努力は、すごくアツい!
魔女役の三名、氷菜、綺羅、綾乃についても、それぞれ激しさと弱さが交錯していて、ドラマチックです。
もともと『少女マクベス』は、シェイクスピアの戯曲『マクベス』がモチーフとなっています。
『マクベス』は、主君を暗殺して自分が王となった将軍を描いた下剋上の物語で、心の揺れ動きが細かく表現されているところが特徴。
マクベスは野心と信念から王を暗殺したものの、いざトップに立つと、王としての重圧に苦しみ、復讐に怯え、精神的にみるみる不安定になり、哀れな末路をたどります。
冒頭からラストまで様々な感情が渦巻くのですが、『少女マクベス』にも通ずるところがあります。
演劇の舞台で花形となることを夢見て、自分を磨いたり、時には他人を蹴落としたりと、考えうる全てのやり方で足掻く様子は、まさにマクベス!
さやかだけでなく、『少女マクベス』の登場人物全員が、マクベスの要素を多分に含んでいるように見えるくらい。
そのため『マクベス』をご存知の方は、『少女マクベス』をより一層楽しめると思いますよ。
ドロッとした学園ミステリーがお好きな方も、きっと楽しめますので、ぜひ!