葉真中顕『鼓動』- 18年引きこもった男が犯したホームレス殺しと親殺しの真相は?

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公園で、ホームレスの老女が殺され顔を焼かれる事件が起こった。

犯人は近くに住む48歳無職の男性・草鹿秀郎。

警察の取り調べによると、草鹿は18年自室に引きこもっており、老女以外に父親のこともメッタ刺しにして殺したとのこと。

なぜ草鹿はこれほど長く引きこもった挙句、残忍な方法を選んで老女と父親を殺害したのか。

彼らの間に、一体何があったのか。

この事件を担当することになったのは、女性刑事の奥貫綾乃。

綾乃は草鹿の生い立ちから調査を進めるが、その過程で自らの闇にぶつかってしまう。

彼女はかつて、我が子を慈しんで育てることができず、家庭を切り捨てていた。

そんな過去を持つ自分を、綾乃は被害者の老女に重ね、「いつか自分もこのように死ぬのかもしれない」と考える。

やがて事件は、引きこもりだけでなく貧困や虐待、年金不正受給など、いくつもの社会の闇が絡んでいることが判明し―。

目次

犯人の供述が辛すぎる

『鼓動』は、「女性刑事・奥貫綾乃シリーズ」の第三弾です。

現代社会の問題にフォーカスした社会派ミステリーであり、今作のテーマは大人の引きこもり。

50代になっても引きこもっている我が子を80代の親が世話をするという、いわゆる「8050問題」が主軸となっています。

序盤で二人殺されますが、犯人はすぐに48歳無職の草鹿だとわかり、早々に逮捕されます。

以後は、草鹿がなぜ引きこもったのか、なぜ殺人という大きな罪を犯したのか、その原因が彼の供述によって明かされていきます。

これがもう、読めば読むほど重くて、やるせない気分になる内容…!

中学時代の陰湿ないじめと孤立、就職氷河期の中での焦りや敗北、ブラック企業で受けた数々の屈辱、そして絶望。

そういった苦しみのひとつひとつが草鹿の自己肯定感を下げ、自尊心をどこまでも削り、心身を追い詰めていくのです。

誰も彼に向き合ってくれないし、家族でさえも寄り添わないし、それどころか存在を否定し殺そうとまでしてくる始末。

つ…辛すぎる…。もちろんだからと言って、人を殺していい理由にはなりませんよね。

殺しても、人生が楽になったり救われたりすることは決してありません。

でもそんな草鹿にも、やがて救いの光となるものが見えてきます。

その鍵を握るのが、主人公であり女刑事の綾乃です。

真逆な二人が抱える同じ闇

『鼓動』には、草鹿の供述パート以外に、綾乃のパートもあります。

こちらは綾乃が事件を追いながら、自身の過去に苛まれるという流れです。

綾乃はかつて、結婚して娘を出産しましたが、どうしても上手に愛することができず、虐待までしてしまい、自己嫌悪に陥っていました。

そのため離婚して娘や夫の前から去るのですが、罪悪感が常に付きまとい、結局苦しむ日々から逃れられません。

だからこそ、孤独なホームレスとなり殺された老女に、つい自分を重ねてしまったのですね。

そしてそんな綾乃の姿は、草鹿とも重なる部分があります。

理解してほしいし、寄り添ってほしいけれど、誰からも助けを得られず、破滅への道を進むしかない最悪最低な自分。

この自分を呪うかのような悲痛な叫びは、草鹿パートでも綾乃パートでも行間から溢れてきて、読者の胸を締め付けます。

このように二人は、刑事と殺人犯という真逆の立場でありながら、強烈な自己否定という闇を心に抱いています。

加えて二人は同年代であり、同じ時代背景や社会の歪みの中で、苦しみながら生きてきました。

そのシンパシーゆえか、終盤で綾乃は事件の本当の意味での真相を見抜くのですが、ここが本書最大の見どころ!

綾乃が見抜いた真実が草鹿の救いになり、それが同時に綾乃の人生にとっても大きな意味を成すのです。

自分のこと、親のこと、生活のこと、社会のこと、そして明日を生きるということ。

読者的にも様々な思いが渦巻いて、ラストでは涙をこらえるのが難しいくらいの感動を味わえますよ。

深い共感を呼ぶ社会派ミステリー

葉真中顕さんの「奥貫綾乃シリーズ」は感慨深い社会派ミステリーとして人気ですが、今作『鼓動』は、過去作のどれにも増して重くて深く、感情を揺さぶられる作品だと思います。

主人公・綾乃の過去もですが、それ以上に草鹿の半生が衝撃的。

草鹿は決して怠け者だったわけではなく、むしろ真面目に頑張るタイプでした。

でも、どんなに努力しても、空回りしたり、かえって悪い事態になったりで、実が結ばれることはなく、ついに立ち上がれなくなってしまいます。

こんなの、環境や時代が悪かったとしか言いようがない…。

それに、誰しも人生において、うまくいかなくて苦しんだ経験があると思います。

だからこそ読者は草鹿の辛さがわかるし、社会に対する怒りも湧き、深く感情移入しながら本書を読むことになるのです。

また今作では、社会に巣くう様々な悪徳ビジネスも登場します。

年金や生活保護費を狙った囲い屋、引きこもりを再教育する引き出し屋などです。

いずれも弱っている人たちを食い物にする類のものであり、読者としては胸が痛みます。

悲しいことにこういったビジネスは、作中だけの話ではなく、実際に存在しますし、ニュースや新聞でもたびたび報道されています。

そのリアリティが、読者の胸を一層重く暗くしていくのです。

だからこそ、救いのあるラストシーンで、涙が溢れてくるのですね。

社会の歪みに関心のある方、人生における苦しみを感じている方、とりわけ就職氷河期で苦しんだ方には、ぜひ読んでほしい一冊です。

もしかしたらそこから、「明日を今日より豊かにする」ための光を見出せるかもしれません。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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