『骨を喰む真珠』- 北沢陶の新たなる悪夢。『をんごく』を超えた戦慄の傑作

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近年、日本のミステリ・ホラー界に鮮烈な光芒を放つ新星が登場しました。北沢陶氏です。氏はデビュー作『をんごく』において、第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞の「大賞」「読者賞」「カクヨム賞」をトリプル受賞するという快挙を成し遂げ、その名を文壇に刻みました。

この華々しいデビューは、多くの読書子に次代の旗手としての期待を抱かせたことでしょう。『骨を喰む真珠』は、まさにその大きな期待の中で世に送り出された、氏の第二作にあたります。

本作は、大正時代の大阪という、独特の情緒と影を併せ持つ都市を舞台に、ミステリの緻密な謎解きと、背筋を凍らせるホラーの要素が見事に融合した作品です。デビュー作で示された才能が、第二作でどのように深化し、新たな物語世界を構築しているのか。その点に注目が集まるのは必然と言えます。

目次

大正浪漫と謎に満ちた大阪:『骨を喰む真珠』の舞台

物語の舞台は大正十四年(1925年)の大阪。病弱ながら負けん気の強い女性新聞記者・新波苑子は、担当する新聞の身の上相談欄に奇妙な投書を受け取ります。それは大阪にある大手製薬会社・丹邨製薬の社長令息からの助けを求める手紙でした。

不審に思った苑子は、新聞記者としての勘を働かせ、この依頼の真相を探るべく身分を偽って丹邨家に潜入取材(当時の言葉で「化け込み」)することにします。舞台となる丹邨家は、関西でも有数の高級住宅地である芦屋の大邸宅。その屋敷に家庭教師として入り込んだ苑子は、屋敷の中で次第に奇妙な出来事や一家が隠し持つ秘密の気配に気付いていきます。

丹邨家の人々は一見すると品の良い名家ですが、何かがおかしい。妻の登世は年齢に似合わぬ若さと美貌を保ち、しかし娘の礼以に対して異様なほど過剰に気を遣っている。病弱な息子・孝太郎は塞ぎ込みがちで、家長である社長の光将も人当たりは良いもののどこか影を感じさせます。さらに、丹邨社長の秘書を務める美青年・白潟には腹に一物ありげな雰囲気が漂い、豪華な屋敷内には舶来のゴシック小説を思わせる不穏な緊張感が張り詰めていきます。

やがて苑子は、自分の肺病による咳をピタリと止めてしまう効果を持つ真珠のような丸薬を丹邨家の娘・礼以から渡されます。一瞬にして症状が和らぐその不思議な丸薬に疑念を抱いた苑子は、こっそり持ち帰って知り合いの漢方医に成分分析を依頼しました。すると後日、「この薬には人間の骨の成分のようなものが含まれている」という戦慄の結果が返ってきます。

正体不明の“骨”が混ぜられた薬――この怪しげな丸薬と丹邨一家の秘密とは一体何なのでしょうか?それを知ったとき、苑子は身の毛もよだつ事態に巻き込まれていくことになります。それこそが「おぞましい悲劇の始まり」だったのです。

物語の核心についてはここでは伏せますが、果たして苑子はこの怪異の真相を暴き、無事に丹邨家を脱出することができるのか――ぜひ本編を手に取って確かめてみてください。

また、本作はホラーでありながら、同時に謎解きの要素もしっかりと盛り込まれています。主人公の苑子は新聞記者という立場もあって、投書の謎や丹邨家に隠された秘密を探る“探偵役”として物語を牽引するのです。読者もまた彼女と一緒に手がかりを追いかけ、徐々に真相に迫っていくスリルを味わえるでしょう。

館に潜入し調査を進めるという古典的なゴシック・ミステリの趣向が取り入れられており、一見平穏な名家の表向きの顔と、その裏に潜む狂気の実態との差が明らかになるに従って、ページをめくる手が止まらなくなるはずです。伏線もしっかり張り巡らされていて、後半に向けて「そう繋がるのか!」と驚かされる展開も用意されています。

屋敷に漂う不穏な空気

丹邨家の屋敷そのものもまた、不気味な存在感を放っています。古く格式高い佇まいの裏に隠された異様な雰囲気、そして一家の成員たちが見せる不可解な言動の数々が、じわじわと読者の不安を煽り、得体の知れない恐怖感を醸成していくのです。作中で描写される「気付いてからが、本当の地獄の始まりだった」という言葉は、一度関われば容易には逃れられない、深淵な恐怖の存在を暗示しています。

この美しさとおぞましさの対比は、本作の恐怖表現における重要な特徴と言えるでしょう。真珠という美の象徴が「骨を喰む」というグロテスクな行為と結びつくように、丹邨家の洗練された外面と内に秘めた暗部、大正ロマンの華やかさとその時代の底流にあったであろう退廃が、鮮やかなコントラストを成して描かれているのです。

作者が「絵的に美しいホラー」を志向しているという言葉は、まさにこのような美醜の融合によって、より深く心に残る恐怖を生み出そうとする創作姿勢を物語っています。

北沢陶氏が織りなす「美しくもおぞましい」世界

北沢陶氏の作品世界は、しばしば「おぞましいのに美しい」「和の情緒漂う大正ホラー」と評されます。この独特の作風こそが、多くの読者を惹きつける魅力の源泉と言えるでしょう。氏が影響を受けたと公言しているアニメ『モノノ怪』に見られる「絵的な美しさと怖さの共存」というテーマは、本作『骨を喰む真珠』の世界観にも通底しているように感じられます。

また、「怖いだけじゃなく、絵的に美しいホラーに惹かれます。たとえば映画『シャイニング』のように、後々思い出せるような印象的な場面を盛りこみたい」という作者の言葉からは、視覚的なイメージを重視し、読者の記憶に深く刻まれるような情景描写を目指す創作態度がうかがえます。  

言葉の力:大阪弁と文体

物語にリアリティと独特の情趣を吹き込んでいるのが、大正時代の大阪弁や船場言葉といった、登場人物たちの言葉遣いです。これらの言葉は、単なる時代考証に留まらず、登場人物の性格や社会的背景を浮き彫りにし、読者をあたかもその時代、その場所に誘うかのような強い没入感を生み出します。

作者自身、「昔の大阪弁なので読みにくさを感じる」という一部の読者の声に触れつつも、時代設定と文章表現の一致を何よりも重視し、言葉を慎重に選び、練り上げていると述べています。この言語に対する真摯なこだわりが、作品全体の質を格段に高めていることは疑いようがありません。  

物語構造の巧みさ

『骨を喰む真珠』は、物語が前半と後半で視点や展開が変化する構成であり、読者を飽きさせない構成上の工夫も凝らされています。このような練られたプロットも、物語への吸引力を高める一因です。北沢氏がイギリスの大学院で英文学・英語研究の修士課程を修了しているという経歴は、氏の物語構築術に影響を与えているのかもしれません。西洋文学の多様な物語技法や批評理論に触れた経験が、日本の伝統的な美意識や恐怖観と融合し、氏ならではの洗練された「和製ホラー」を生み出す素地となっているのでしょう。

息を呑むクライマックス

そして何といっても物語後半からクライマックスにかけての怒涛の展開は圧巻です。序盤からじわじわと高められてきた緊張感が一気に噴き出し、クライマックスでは思わずページを繰る手が止まらなくなること請け合いです。

その凄まじさは前作を凌駕するほどの盛り上がりで、本当に息継ぐ間もなく読了したほど。ホラーならではのゾクゾクする恐怖と、謎が解き明かされるカタルシスが頂点で融合し、読後には「いやぁ凄いものを読んだ……!」と思わず呟いてしまうことでしょう。

おわりに

『骨を喰む真珠』は、新進気鋭のホラー作家・北沢陶氏が紡ぎ出す、恐ろしくもどこか哀切な物語です。大正時代の雅な雰囲気に浸りながら、ページをめくるごとに迫りくる不気味な気配にハラハラし、クライマックスでは怒涛の恐怖と感動に打ち震える——そんな濃厚な読書体験を味わえる一冊となっています。

単なるホラーの枠に収まらず、ミステリ好きにも満足できる謎解きの快感や、人間ドラマとしての深みも備えているため、普段ホラーを読まない方にもぜひ挑戦していただきたい作品です。

この作品を読み終えた後には、タイトルの意味するところにきっと戦慄すると同時に唸らされることでしょう。そして、本書をきっかけに北沢陶さんという作家のファンになる方も多いのではないかと思います。実際、私自身も読み終えた直後には「次の作品もぜひ読みたい!」という思いが抑えきれなくなりました。

幸い北沢さんは既に短編などでも精力的に執筆を続けており、ホラー読者から熱い注目を集めています。美と恐怖が表裏一体となった物語を求めている方、背筋が凍るような体験をしつつ心に響く余韻も味わいたい方には、『骨を喰む真珠』は自信を持っておすすめできる一冊です。

ぜひ灯りを少し落とした静かな夜にページを開き、大正ゴシックホラーの世界に酔いしれてみてください。

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この記事を書いた人

年間300冊くらい読書する人です。
ミステリー小説が大好きです。

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