十燈荘は、世界遺産の藤湖を一望できる風光明媚な高級別荘地。
その一角にある秋吉家で、残酷な殺人事件が発生した。
世帯主である秋吉航季を始め、妻や娘がそれぞれ残酷な方法で殺されていたのだ。
息子は一命を取り留めたものの、首を絞められ意識不明の重体。
美しく閑静な十燈荘で、なぜ猟奇的な殺人事件が起こったのか。
この地では十六年前にも妊婦連続殺人という痛ましい事件が起こったが、何か関係があるのだろうか?
県警の深瀬刑事が調べてみたが、見えてきたのは十燈荘のさらなる謎ばかり。
住人専用SNSでの闇、長年積み上げられてきた恨み、ある組織の関与など、捜査するほど謎が深まっていく。
裏で糸を引いている黒幕は一体誰なのか。
なぜ住人の中で秋吉家がターゲットとなり、長男だけが生き延びたのか。
ドス黒くキナ臭い高級住宅地
『アイアムハウス』は、十燈荘で発生した惨殺事件の謎を追うミステリー長編です。
見どころとなるのは、優美で穏やかな土地柄にそぐわぬドロドロ感!
エレガントな雰囲気の裏側で、陰湿なトラブルや血なまぐさい事件がいくつも発生していて、薄気味悪いのです。
そのひとつが、冒頭で描かれる一家惨殺事件。
秋吉家の家長、妻、長女が殺され、長男は重体と、家族全員が何者かに狙われました。
特に目を引くのは殺害方法のむごたらしさで、家長の航季は、喉から胃の奥までゴルフボールをギッシリと詰められて死亡。
妻の夏美は冷蔵庫の中で凍死し、長女の冬加は風呂場でワイヤーで縛られて溺死、長男の春樹は自室でゲームのコードで首を絞められて重体と、家族のそれぞれが趣味にまつわる形で手を下されたのです。
個々の好きなものを使うなんて陰湿ですし、そもそも趣味を知っているということは、犯人は秋吉家の身近な存在、つまり十燈荘の人間なのでしょうか?
警察が調べると、それを裏付けるかのように十燈荘の様々な後ろ暗い部分が見えてきます。
まずは住人専用のSNS。
悪口のオンパレードになっており、「料理は手作りではなく全部買った物だ」とか、「お金に困って働き始めたのか」とか、「自治会費も払えないらしい」とか、とにかく人を悪し様に言う書き込みだらけ。
お金持ち同士のマウントの取り合いみたいな感じで、妬みや軽蔑がひどいのです。
ちなみに十燈荘の自治会費は入会金が100万円、会費が毎月10万円なのですが、自治会があるのになぜか自治会長はおらず、この大金が一体何に使われているのか、そのあたりもキナ臭いですね。
このように十燈荘は、一見平和そうな高級住宅地ですが、内情はかなりドス黒いです。
読むほど疑心暗鬼になっていく
さらに十燈荘を調べる警察側にも、キナ臭い部分が多々あります。
たとえば捜査を担当する深瀬は、「死神」という異名を持つ刑事です。
深瀬は、十六年前に十燈荘で起こった妊婦連続殺人事件にも関わっていました。
この事件は、被疑者が焼死したため一応解決したことになっているのですが、警察内部では「深瀬が犯人を焼き殺した」と噂になっています。
その後も深瀬の周囲では刑事たちが次々に殉職していき、その経緯から深瀬は「死神」と呼ばれるようになったのです。
現在は警察内で孤立しており、今回の秋吉一家惨殺事件も、深瀬は基本的に単独で捜査します。
他にも人間関係のもつれ、内通者の存在、トップも関わる重大な問題などがあって、とにかく警察側もかなりドロドロなのですよね。
そのため読者には誰も彼もが怪しく見えてきて、読めば読むほど疑心暗鬼に陥ってしまいます。
十燈荘の住人や謎の自治会に犯人がいるのか、はたまた現場を調べる刑事やそのバックの警察組織が黒幕なのか、片っ端から疑いながら読み進めるのは、ミステリー好きにとって至福の時間!
容疑者が目まぐるしく入れ替わっていくため翻弄されますが、だからこそ終盤にみるみる謎が解けていく過程はたまりません。
犯人の正体がわかった時には、ものすごい衝撃と納得感とを得られます。
そして最終的には、秋吉家で長男だけが生き残った理由やタイトルの意味も明らかになります。
これが存外にハートフルな内容で、心が温かくなるとともに、愛おしさと切なさとで涙が出そうになるんですよねえ。
ここも『アイアムハウス』の大きな見どころですので、ぜひ味わってみてくださいね。
読者の目を奪い続ける秀作
『アイアムハウス』は、今話題の新人ミステリー作家・由野 寿和さんの二作目です。
デビュー作『再愛なる聖槍』も、新人とは思えないくらい貫禄ある文章と緊迫感あるストーリー展開とで注目を集めましたが、本書はそれを上回る秀作だと思います。
冒頭で猟奇的な一家惨殺事件で読者の目を奪い、複雑な謎かけと疑心暗鬼とで作品に没頭させ、謎を解き終わったらご褒美とばかりにハートフルな展開でホッコリさせてくれました。
これだけでもお見事なのですが、実はホッコリの後に、もうひと波乱待ち構えています。
詳しくはネタバレになるので伏せますが、それまでの展開からは考えられない新要素が出てきて、最後の最後で読者を突き落としてくるのです。
これがまた、ものすごく後を引くラストで。
こんなのを出されたら読了後も気になって仕方がないですし、もしも続編が出たとしたら、読まずにはいられませんよ。
このように読者の気を巧妙に引くところが、由野さんはバツグンにお上手だと思います!
ジャンルとしては、本書は殺人事件の謎を多角的に解いていく多重解決ミステリーに該当します。
でも警察小説がお好きな方にも、ヒューマンドラマがお好きな方にも、そしてどんでん返しが大好物の方にも、かなりおすすめです。
個人的には、「ハウス」や「家族」が持つ意味にズキューンとやられましたし、色々と考えさせられました。
様々な味わい方ができる一冊ですので、ぜひ多くの方に読んでいただきたいです。
